第11話 陣内が自宅マンションで密かに大麻を栽培?

 JR山手線目白駅より徒歩5分。目白庭園の近くで、都心の真ん中とは思えない閑静な住宅街の一画にある瀟洒しょうしゃな5階建てのマンション。陣内雅彦は、そのマンションの3階に居住している。

 2LDKの間どりは、書斎替わりに使っているリビングとダイニングキッチン以外に、寝室ともうひとつ、厳重に鍵がかけられた6畳の洋間。その部屋で、陣内は、園芸用に用いられる家庭用水耕栽培の装置を使って、密かに大麻草を栽培していた。

 水耕栽培とは、土を使わず、肥料を溶かした養液を使って植物を栽培する方法。土がなくても、陽があたらなくても、植物を育てることができる。水耕栽培装置は、ホームセンターなどで販売されており、インターネットの通信販売でも、購入することができる。


 大麻草の場合、養分を均等に与えるための養液を循環させる装置、日照替わりとなる特殊電灯を備えた人工照明装置、さらに室内の換気をよくする装置をとりつければ、日照が得られない密閉されたマンションの1室でも、栽培が可能である。室内で栽培する場合、大麻草は開花時に匂いを発するので、換気装置は必需品になる。

 栽培装置の周囲を反射素材でできたグローハウスで囲うことで、照明の効率をあげ、保温性を高め、より成長を促進することができる。

 効果的な養液をつくるには、肥料の配合にひと工夫必要であるが、それも、試行錯誤を繰り返すことでどうにかなる。大麻草の栽培は、それほど難しいことではない。

 室内で栽培された大麻草は、屋外で育てられたものに比べると、小さくひ弱そうに見えるが、主成分であるTHCの濃度は、室内の方がむしろ高くなるという。


 唯一の難点は、発芽力のある大麻草の種子を手に入れること。

 現行法令では、発芽力のある大麻草の種子は、免許をもつ栽培農家によって管理されており、産業用として外国から輸入されるものは、発芽しないよう処理した上で通関するように義務づけられている。従って、発芽力のある大麻草の種子が、一般に出まわることはあり得ない。

 ところが、あり得ないはずの種子が、インターネットで半ば公然と販売されている。しかも室内栽培用に品種改良された種子が、である。禁制品である大麻草は、秘密裏に室内で栽培されることが多いからだ。


 大麻草には、雄株と雌株がある。雌株は受粉によって種子をつけるが、THC濃度の高い大麻(『シンセミア』と呼ばれている)を収穫するには、雄株を除去して受粉させない状態で、雌株のみを栽培する方法がとられる。

 開花前に雄株だけを除去することが難しいことから、シンセミアを収穫するために、雌株だけを発芽させる『フェミナイズド』と呼ばれる新しいタイプの種子が開発され、市場に出まわっている。このフェミナイズドは、確実にシンセミアを収穫しようとするために特化した種子である。


 植えつけから約10週間で、大麻草は花穂かすいをつけ、収穫できるようになる。人工照明装置を調節することで、季節に関係なく、開花させることができ、発芽やし木を計画的に行うことで、1年に5回程度の収穫が可能となる。収穫した大麻草は、そのまま放置しておくだけで乾燥し、乾燥大麻、すなわちマリファナが完成するのである。

 もちろん陣内がネット販売で手にいれたのは、このフェミナイズドであった。ほかの種子に比べると、かなり割高ではあったが……。


 循環式の水耕栽培装置、人工照明装置、換気装置など、栽培に必要とされるすべての機器は、ホームセンターで簡単に入手できる。あわせてかなりの出費になるが、これらから生じる果実を売却することで、直ちに回収でき、さらに利益が得られることは確実だ。ただし、警察に見つからなければ、の話である。

 なぜ、陣内は、禁制品である大麻を栽培するようになったのか?

 それは、半年前に遡る。大麻草の水耕栽培を始めてからは、栽培用の部屋を厳重に施錠し、決して他人を自宅に招き入れることはしなかった。



 真里菜の転落死事件の約半年前。

 池袋の洋風居酒屋で、陣内ゼミのコンパが開かれた。春学期の開講からふた月が経ち、ようやく学生たちも、互いの名前と顔を覚えた頃、より深く親睦を図ろうと企画された。

 もちろん担当教員の陣内も、出席することになるが、学生にとって教員は、教室であれば我慢もできるが、このような宴席に長く同席するのを煙たく感じるものである。陣内自身も、公共の場で見境なく騒ぎ立てる学生のマナーの悪さに耐えがたいと思っていたので、過分の会費を払い、1時間ほど同席しただけで、早々に退席した。


 店を出て、陣内が駅に向かって歩いていると、背後から呼びかけられた。

「陣内じゃないか?」

 振り返ると、紺のTシャツにジーンズの長身の男が立っていた。陣内は、無視するようにきびすを返し、再び駅に向かって歩き出そうとした。

「坂上だよ。坂上和也だよ」その男が名乗った。

「坂上?」再び振り返り、男の顔をよく見ると、学生時代、主席を競った坂上和也だった。

「久し振りだなぁ。急いでなければ、少し俺につきあってくれないか?」言葉は下手したてに出ていたが、どこか強引さが感じられた。


「法学部の准教授に出世したって?」駅とは反対方向に歩きながら坂上が話しかけてきた。

「ああ、去年の4月、昇進した」

「いい給料、もらってんだろ?」

「それほどでもないよ。私大の教員だから……」陣内は素っ気なく答えた。

 坂上が数年前に銀行をクビになったことを知っていた陣内は、坂上が声をかけてきたのは、おそらく金の無心だろうと思っていた。


「どこへ行くんだ?」歩き始めて数分が経っても、歩き続ける坂上に向かって、苛立いらだった陣内が尋ねた。

「この先に知りあいの店がある。もう少しだ」

 ロマンス通りのロサ会館の前を通りすぎ、池袋郵便局の脇の路地を入ってすぐのところで、坂上が立ちどまった。入口の前に『タイム』という紫色の小さな電飾看板を出しているバーだった。

「ここだ。高い店じゃないから、安心しろ!」相変わらず固い表情をしていた陣内を促した。


 坂上がドアを開けると同時に、「いらっしゃいませ」という女性の声がした。坂上に続いて陣内が店に入ると、右側に6人ほどが並んで座れるカウンター席がしつらえてあり、椅子の後ろに、かろうじて人がひとり通れるスペース。

 間口が狭く、奥に細長い小さな店だった。

 カウンターの中にいた丸顔で目の大きい、この店のママと思われる女が、もう一度、「いらっしゃいませ」といって、陣内に会釈した。客は、カウンター席に中年の男がひとりいるだけだった。


 坂上は、その客の後ろを通り、奥にひとつだけあるテーブル席に腰を降ろした。陣内が向かいに座ると、「ビールでいいか?」と尋ね、陣内が頷くと、「ビールを頼む」と、ママに声をかけた。

 しばらくすると、ママが、瓶ビールとグラス、ピーナツの入った小皿をテーブルに運んできた。カウンターにいるときは気づかなかったが、背の高い大柄の女性だ。

「大学時代の同級生の陣内だ」坂上が紹介すると、ママは、陣内のグラスにビールを注ぎながら、「響子です。はじめまして」と簡単に挨拶しただけで、すぐにカウンターの中に戻り、再びカウンターの客の相手を始めた。


 坂上とは3年振り。学生時代、世話になった教授の還暦パーティーで、顔をあわせたとき以来。その頃は、洒落しゃれたスーツを着こなし、見るからにエリート銀行員だった。

 その坂上が、見るも無残に落ちぶれていた。ふっくらしていた顔の頬がこけ、とても陣内と同じ齢には見えない。髪と髭を伸ばし、目つきも鋭くなり、Tシャツにジーンズというラフな服装に、元銀行員の面影の欠片かけらもない。


 学生時代、陣内と坂上はよきライバル。結果的に卒業したときの成績は、陣内が主席、坂上は次席だったが、差は僅か。

 陣内は、坂上も進学するものと思っていたが、坂上はあっさり就職した。指導教授も、ずい分と進学を勧めたようだが、坂上は、もともと勉強は好きでなく、都市銀行に就職するために勉強したのだといっていた。

 その坂上が、こんなに変わってしまうものか? 驚きを隠せなかった。坂上の方から声をかけてこなければ、陣内は、おそらく気づかなかっただろう。


 ビールを飲みながら坂上は、陣内の近況を探るためか、どこに住んでいるのか、どこで飲んでいるのか、給料はどれぐらいなのか、大学のほかに収入があるのかなど、矢継ぎ早に質問した。まるで警察で事情聴取を受けているように。

 陣内は、適当に答えていたが、この店に誘われたのがおそらく金の無心だと推測していたので、店を出るタイミングを計っていた。


 ビール1本が空いたときを見計らってきり出した。

「これから用があるから、そろそろ失礼するよ」

 坂上は、「まだいいじゃないか」といいながら、カウンターを一瞥した。響子は、客に冗談をいわれたのか、声をあげて笑っている。

 響子に聞かせたくないのか、坂上は、声を押さえていった。

「実は、お前に頼みたいことがあるんだ」

(いよいよきたか)陣内は覚悟を決めた。


「大麻を栽培しないか?」坂上は、さらに小さな声でいった。

「……?」陣内は、坂上がなにをいっているのか、瞬時に理解できなかった。

「お前に、大麻を栽培してほしいんだ!」

「大麻って……? マリファナだろう。そんなことしたら、手が後ろにまわるじゃないか」

「もちろん大麻の栽培は、法律で禁じられているが、今は、室内で簡単にできるんだ。家の中でやれば、誰にもわからない。警察に捕まることもない」

「ちょっと待ってくれ。僕は、大学の教員だ。しかも法学部で刑法を教える教員なんだよ。その教員が自ら法を破ることなんか、できるはずないじゃないか!」陣内が声を荒立てた。

 すぐに坂上は、カウンターに目をやったが、響子がこちらを向くことはなかった。


「お前も、金がほしいんじゃないのか? 大学からもらってる給料以上の生活してるって、感じだぜ!」

「余計なお節介せっかいだ。人のことは、ほうっておいてくれ!」

「大麻を栽培するのにも、金がかかるんだ。さっき室内で栽培が可能だといったが、それには、循環式の水耕栽培装置や人工照明装置、なんかの機器を揃えなきゃならない。それに種だ。けっこうな額の投資が必要なんだ。けどな、栽培自体はそれほど難しくないんだ。

 お前が栽培して、モノは俺が売りさばく。金を出さない替わりに、ヤバいところは俺がやる。なに、ヤクザの縄ばりを荒らさずにさばく方法は考えてある。

 利益は、五分五分の折半だ。相場よりも安くさばいたとしても、仕入れがない分、十分に儲けることができるはずだ。どうだ、やってくれないか?」


「……そんな、そんなことができるはず、ないじゃないか」陣内は立ちあがり、隣の席に置いてある鞄に手をかけた。

「待ってくれ!」坂上は、陣内の肩に手をかけ、座るように促した。

「返事は、今すぐじゃなくていい。よく考えてくれ」

「考えるもなにも……」

「携帯、持ってるだろう。ちょっと貸してくれ」

 坂上は、陣内が鞄の中からとり出したスマートフォンに番号を打ちこみ、発信ボタンを押した。坂上のズボンのポケットにあるスマートフォンが震えた。

「これが俺の番号だ。気が向いたら、電話をくれ!」スマートフォンを陣内に返しながらいった。



 陣内雅彦は、静岡県沼津市に生まれる。普通のサラリーマン家庭に育った陣内は、幼い頃から頭がよく、成績も優秀。地元の中学校から、県下でも有数の進学校に進学する。

 高校に入学して間もない頃、突然父親が過労によるくも膜下出血まくかしゅっけつで急死したことで、順風満帆じゅんぷうまんぱんだった陣内の人生が、大きく狂い始める。猛烈な営業マンだった父親は、休みなく夜遅くまで働いた。そのお陰で昇進は早く、人並み以上の高給をとり、裕福な生活を送ることができた。その父親が、呆気あっけなくこの世を去ってしまったのだ。


 大黒柱を失った陣内家が生活にいき詰るのには、それほど時間がかからなかった。家のローンは、父親の保険金と退職慰労金で清算したが、多くは残らない。

 専業主婦であった母親が勤めに出ることになるが、これといった技能もない高卒の中年女性が働きに出たとしても、稼ぎはたかが知れている。陣内が高校3年の頃には、日々の生活費を工面することもままならない状態に陥っていた。

 母親は、家の売却をいい出したが、死んだ父親が残してくれた唯一の形見ともいえる家を手放すことには、陣内が反対した。父親との思い出までも、母親からとりあげたくなかったからだ。


 陣内が城北大学に進学したのは、学費が免除される特待生試験に合格したからだ。もうこれ以上、母親を頼れない。将来は自分できり開くしかないと、高校3年の陣内は決心した。

 本来ならば一流の国立大学を狙える学力があり、高校の担任からは、東大の受験を勧められたが、国立大学は、私大に比べて学費は安いが、タダにはならない。少しでも母親の負担を軽くするため、国立よりも私立の学費が免除される特待生を選んだ。

 アパートを借りるよりも、大学の寮に入った方が安くあがるので、躊躇ちゅうちょなく寮に入った。生活費は奨学金を借り、足りない分はバイトで稼いだ。


 大学の4年間をほとんど母親からの支援を受けずに乗りきった。そして、陣内は懸命に勉強した。少しでも成績が下がると、特待生をとり消される恐れがあるからだ。大学の授業が終わると、バイトがない限り、勉強するという生活を送った。そのお陰で卒業するときは、学年で1位の成績を修め、総代に選ばれた。

 母親のことを考え、卒業後は就職するつもりであったが、指導教授の勧めで、法科大学院に進学した。経済的に負担がかからないよう指導教授が、給付奨学金を受給できるよう骨を折ってくれた。そのお陰で、学習塾でバイトするだけで、どうにか生活できた。そして、学部時代と同様、懸命に勉強し、法科大学院の2年コースを修了した年、一発で司法試験に合格したのだった。


 今度こそ、司法修習を受けて法曹実務家になろうと思ったが、またも指導教授に博士課程に進学することを勧められた。通常博士課程の修業年限は3年。すでに法科大学院を修了し、『法務博士』を取得していた陣内は、修業年限が2年に短縮された。

 指導教授は、博士課程の満期までに博士号を取得するのを条件に、ちょうど2年後に定年を迎える教授の後任に推薦するとまでいってくれた。

 この期待に応えるべく陣内は、寝る間も惜しんで勉強した。博士論文の執筆のため、ふた月という短い期間であったが、アメリカの大学に留学することもできた。


 その努力が実り、陣内は、2年後、見事に博士号を取得し、城北大学法学部の専任講師に採用された。このとき、陣内は27歳。

 陣内の血のにじむ努力を知らない者は、まれに見る秀才だと、もてはやしたが、想像を絶する努力なくしては、成し遂げられなかった足跡そくせきだったといえる。

 陣内にとって勉強が仕事だった。いや生きるかてであった。学部の4年間、法科大学院の2年間、そして博士号を取得するまでの3年間、計9年間、身をにして勉強した。その成果が、総代であり、司法試験の合格であり、博士号だった。


 城北大学の専任講師に採用され、経済的不安が解消されてはじめて、陣内は、失くしたものが多かったことに気づいた。楽しいはずの青春をすべて犠牲にしていた。今からでも遅くない。青春をとり戻そうと。

 生活は一変した。普段まったく飲まなかった酒を飲むようになり、繁華街に繰り出すようになる。居酒屋では満足しなくなり、ショットバー、キャバレー、クラブと、だんだんと金のかかる遊びをする。

 そして、女も買うようになる。風俗さえいったことがなかった陣内は、27歳まで女を知らなかった。数ヵ月風俗通いをすると、プロの女を買うことに虚しさを覚え、水商売の女とつきあい始めた。


 女と遊ぶようになると、身につけるものも変わる。スーツ、靴、鞄、時計などは、ブランド品が自分のようなエリートに相応しいと思いこむようになる。そうなると、金がかかる。アルマーニのスーツやロレックスの時計、とても陣内の給料では買えない高級品がほしくなる。

 女と遊ぶのにも、見栄をはる。高級レストランでの食事、スカイラウンジバー、演劇や歌舞伎の鑑賞、情事を行うにもシティホテル。デートをするたびに、軽く片手の万札が飛んでいく。


 交遊費を工面するため陣内は、バイトをするようになった。他大学の非常勤講師は、特に問題ないが、そのほかに司法試験の専門学校でも講師を務めた。割のいいバイトだが、城北大学では禁止されているので、大学には内緒にしておくほかはなかった。

 陣内が内緒にしていたとしても、城北大学の学生が受講する可能性がある以上、いつかは、大学に発覚する恐れがある。そうなると、免職にならなくても、それなりのペナルティを科せられる。いつまでも続けられるものでなく、そろそろ潮どきだと思っていた矢先、坂上から儲け話を聞かされたのだった。

 陣内自身、違法行為をすることに躊躇したが、この急場を乗りきるのに、渡りに船であったことも確かだった。


 刑法学者である陣内は、大麻取締法について疑義を感じていた。大麻は、アヘンや覚醒剤といった麻薬とは異なり、依存性が低く、公然と売られている煙草よりも低いとされる。健康面でも、煙草よりも被害が少ないことから、煙草が許されて、大麻がダメだと規制するのは、基本的人権を保障する憲法の趣旨からも、合理的な理由がないと考えていた。現に外国では、規制していない国もあるのだから……。

(害にならないものを売って、なにが悪いんだ。規制する方が間違ってる)

 坂上からもちかけられた大麻の密売計画を受けるにあたって、陣内はこのように考え、自分にいい聞かせることにした。



 池袋で再会した数日後、陣内は、坂上に電話を入れた。

「もう一度、話を聞かせてくれ!」と。

 坂上もすぐ反応し、ふたりは、西口の喫茶店で会うことにした。

「この話を受けるにあたって、確認したいことがある」陣内がきり出した。

「この話を誰かに話したことがあるのかどうかだ。もしほかの誰かに話してるのであれば、なかったことにしたい」

「いや、それは大丈夫だ。俺もいろいろと調べていたところで、まだ誰にもいっちゃあいないよ」

「じゃあ、今後、一切他言はしないことを約束してほしい」

「わかった。約束しよう」坂上は頷いた。


「僕の方から、条件がいくつかある。

 まず、これで、君に会うのは、最後にしたい。万一発覚すれば、手が後ろにまわる。互いに身を護るためには、今後、直接会うことは避けよう。いいね!」

「わかった。こっちも好都合だ」

「次に、大麻草の種子をネットで買うのに、送り先が必要になる。君の名前で、郵便局に私書箱をつくってもらいたい。そこで受けとることにする。僕がつくる乾燥大麻もそこに送ることにするから、そこで受けとってもらいたい。いいね?」陣内が確認するように坂上に目を向けた。

「ああ、いいよ」といって、坂上は頷いた。

「3つ目は、互いの連絡は、専用のスマホを使うことにしたい。僕との専用にプリペイド式のスマホを持つようにしてほしい。了解してくれるかね?」

「わかったが、えらい慎重だなぁ」

「こういうことは、慎重に慎重を重ねないとね。

 最後は、利益は、君のいったとおり折半でいい。売上の半分を、この銀行口座に振りこんでほしい」といって、メモ用紙を渡した。


「ところで、この前、ヤクザの縄ばりを荒らさずにさばく方法を考えてあるといってたが、どうするつもりなんだ?」陣内は、坂上の表情を伺いながら尋ねた。

「大学のキャンパスで、さばくのよ!」

「大学で?」

「そうよ。この辺りで大麻が出まわれば、山城組が黙っちゃあいないよ。すぐに出所がバレてしまう。捕まればヤクザは、警察よりも怖いからなぁ」

 池袋界隈では、麻薬のたぐいは、関西の広域暴力団系の山城組が仕きっていた。組が扱っていない大麻を少しでも繁華街で売りさばくと、すぐに足がついてしまう恐れがあったのだ。


「それで、大学か。いいところに目をつけたな」

「今の大学生は、金をもってるし、好奇心も旺盛だ。マリファナと聞きゃ、飛びついて買いにくるはずだよ。

 これだと、ヤクザの縄ばりを荒らすこともなく、ヤクザからも追いまわされることもない。さすがのヤクザも、最高学府まで出張でばってこないからなぁ」

「それで、いくらで売るつもりだ?」

「相場は、グラム5000ぐらいだから、3000から4000ってとこかなぁ。それでも十分に利益が出るさ。なにかほかに、考えでもあるのか?」

「いや、さばくのは君に任せたから、それでいい」


 30分ほどで打ちあわせをきりあげた。こうなれば長居は無用。坂上と一緒のところを誰かに見られてはまずいからだ。

 自宅に帰り、陣内は、大麻草の栽培の準備にとりかかった。インターネットで、循環式の水耕栽培装置や人工照明装置を販売しているホームセンターを調べた。大麻草の種子の販売元は、目星をつけてあるから、坂上からの送付先の連絡待ちだった。

 こうして着々と準備を進めた陣内と坂上の大麻の密売計画は、3ヵ月後、製品化に成功し、世に出まわることになった。

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