第8話 若者に大麻が蔓延! 大学生の大麻事件が頻発!

 真里菜の転落死事件から1週間が経過。

 城北大学とはJR山手線を挟んだ反対側にある朝日体育大学のサッカー部員が、大麻取締法違反で逮捕されたことが、新聞やテレビで報道された。

 3年生のサッカー部員の自宅アパートで、酒盛りをしていた4人の学生が大麻を吸い、近くの公園で騒いでいるのを、近所の人に警察に通報され、豊島警察署の生活安全課の刑事に逮捕されたのだった。

 アパートの家宅捜索により、ビニール袋に入った乾燥大麻1.2グラムと大麻吸引用パイプが見つかり、押収された。入手もとを追及したところ、逮捕された3年生部員は、大学キャンパスで声をかけられた男から買ったと供述。


 午前10時、朝日体育大学は、管理棟2階の会議室でマスコミに対する記者会見を開いた。

 大学側からは、学長、学生担当副学長、サッカー部長の3名が出席。

「まず最初に、このたびの本学サッカー部員の不祥事につきまして、関係各所に多大なご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申しあげます」

 中央に座っていた白髪で痩身の学長が、お詫びの言葉を口にし、3人とも立ちあがって、深々と頭を下げた。


「事件の概要につきましては、担当の副学長より説明させていただきます」

 学長は、左側の中肉中背でやや腹の出ている副学長に目配めくばせした。

「新聞等で報道されましたとおり、本学のサッカー部員4名、3年生2名と2年生2名です。一昨日の午後9時頃から、3年生が居住する豊島区雑司ヶ谷ぞうしがやにあるアパートの部屋に、サッカー部員6人が集まり、酒を飲み始めました。

 2時間ほどで、焼酎の2リットルのペットボトル1本を空けた頃、3年生のひとりが、大麻を入手したから、吸ってみないかと誘ったところ、3年生1名と2年生2名が同意し、4人で大麻を吸引したということです。拒否した3年生2名は、大麻を吸わずに自宅に戻ったようです。

 大麻を吸った4人は、酒がなくなったので、近くのコンビニまで酒を買いに行き、アパートに戻らず、近くの公園で酒を飲み続け、騒いでいたところを警察に通報され、逮捕されたということです――」

 副学長は、予め用意された原稿を淡々と読みあげた。暖房がききすぎているのか、ときより額に滲んだ汗を拭いながら、事件の概要を説明した。


「質問、いいですか?」

 大学側の説明が終わるのを見計らって、記者席の最前列に座っているスーツ姿の男が手をあげた。

 学長が、「はい」といって頷いた。

「一緒に酒を飲んでいたのが6人で、そのうち4人が大麻を吸って、逮捕されたということですか?」

「そのとおりです」副学長が答えた。

「なぜ、そのふたりは、一緒に吸わなかったのですか?」記者が質問を続けた。

「そのふたりには、大麻が禁止されている薬物であるという認識が、あったようです」

「とめようとは、しなかったのですか?」

「一応とめたようです。しかし、大麻の吸引を誘った部員が、大麻は身体に害を及ぼすものではないと、いいはったものですから、説得できず、ふたりはそのまま自宅に帰ったようです」


「警察によると、このキャンパスで大麻が売買されているということですが、これについて大学当局は、どのように考えておられるんですか?」2列目に座っていたウインドブレーカーにジーンズ姿の男が質問した。

「その件については、目下調査中で詳しいことがわかっておりません。もしそれが事実であるならば、学問の場としては、由々ゆゆしき事態で、あってはならないことだと、考えております」この質問には、学長自らが答えた。


「最近、大学生が大麻取締法違反で逮捕されるという事件が、頻繁ひんぱんに起こっていますが、具体的な防止策をとってなかったのですか?」最前列の女性記者が質問した。

「入学直後に行われるガイダンスにおいて、薬物乱用については、冊子を配布して注意していますが、それ以降は、特に行っておりませんでした。今回の事件を反省し、今後、機会があるごとに注意を喚起するつもりです。

 とり敢えず昨日より、学内の各所に大麻に関する注意を喚起する掲示を貼っております」副学長が答え、記者会見は、30分程度で終了した。



 最近、芸能人やスポーツ選手などが大麻を吸って逮捕されるという事件が、頻発ひんぱつし、大学生などの若者に大麻が蔓延まんえんする要因にもなっている。

 大麻は、『マリファナ』とも呼ばれ、アサの花・茎・葉を乾燥させ、細かくきり刻んだものを煙草のように紙巻にして吸引するのが、一般的である。

 マリファナは、スペイン語で『安い煙草』を意味する。その語源は、大麻の繁殖力が強く、野草として自生しているため、誰にでも簡単に安価で、手に入れることができるからだ。

 メキシコでマリファナという呼称が一般的になり、これがアメリカに伝わり、世界中にマリファナという呼称が定着したといわれている。

 厳密にいうと、一般的に大麻、マリファナと呼ばれているものは、乾燥大麻のことで、もうひとつ『大麻樹脂』と呼ばれている種類がある。これは、アサの花・茎・葉からとれる樹液を圧縮して固形状の樹脂に加工したもので、『ハッシッシ』もしくは『ハシシ』と呼ばれている。


 どうして若者は、大麻を吸いたがるのか?

 その効用として、大麻がもつ鎮静作用があげられる。心身がリラックスする。時間がゆっくり流れるように感じる。音、色、手触り、味などを鮮明に知覚できる。要するに、心身が落ちつく効用が、若者の大麻吸引を駆り立てるようだ。

 大麻は、アヘンやコカイン、覚醒剤といった一般的な麻薬とは異なり、依存性が低いとされる。例えば、覚醒剤の場合、その吸引をやめると、身体に禁断症状が起こり、その禁断症状が、さらに覚醒剤を求めてほかの犯罪を誘発するケースが多いといわれている。これに対して大麻は、依存性が低く、その面では、一般的な麻薬とは根本的に異なる。


 その依存性の低さゆえ、少量で十分な効果を得ることが可能で、煙草のように長期間にわたり毎日何本も大量に吸うことは、非常にまれである。

 大麻よりも、煙草の方が健康面での被害が大きいことから、大麻の合法化を叫ぶ者もいる。確かにわが国では、大麻をとり締まっているが、外国では、規制していない国もある。有名なのはオランダ。個人の使用目的ならば、所持しても、販売しても、いいことになっている。実際にオランダでは、コーヒーショップやユースセンターなどで、大麻を手軽に買うことができる。


 しかし大麻について、すべてが解明されているわけでなく、医学的にまったく問題がないとはいいきれない。人に迷惑さえかけなければ、なにをしても構わないという論理は、極端な主張で、合法化の根拠とはなりえない。

 他方、大麻が医学的にも活用されていることに配慮し、大麻は、覚醒剤などの一般的な麻薬と区別して、大麻取締法が適用される。それによると、大麻のとり扱いについて、免許制を採用し、無免許で栽培、所持することを禁止している。違反した場合の刑罰は重く、無許可所持は懲役5年以下、営利目的の栽培は懲役10年以下の刑罰が科せられる。薬物に対するわが国の毅然とした態度が伺われる。

 今回の大麻事件を引き起こした朝日体育大学のサッカー部員に対しても、例え魔がさして、一時的な心身のリラックスを求めたものであったとしても、警察・検察当局は、厳罰を要求する姿勢を崩さないだろう。



 朝日体育大学サッカー部員4名を大麻取締法違反で逮捕した豊島警察署の生活安全課では、その大麻の出所を捜査していた。

 禁制品である大麻は、暴力団絡みで取引されるのが一般的であるが、最近では、インターネットで買ったり、自分で栽培するケースもあり、大麻の出所も多様化している。


 豊島警察署の取調室で、生活安全課第二係長の高山たかやま純一じゅんいちは、今回の大麻事件の主犯格で、大麻を入手したとされる朝日体育大学3年の土屋つちやゆたかと向きあっていた。入口近くの机に、記録係として高山の部下の時田ときた洋二ようじが控えている。

「いい加減、正直にいったら、どうなんだ!」高山は、土屋をにらみながら強い口調でいった。

「ほんとですよ。嘘なんか、いってません。信じてくださいよぉ」土屋は、涙目になって懇願した。

 高山が大麻の出所を追及したところ、土屋は、朝日体育大学のキャンパスで大学生らしき男から買ったと供述し、それを繰り返すばかりだった。


「なにをそんなに、ビビってるんだ。ヤクザの仕返しが、こわいのか?」

 高山は、土屋が入手元のヤクザの名を明かせば、仕返しされるのを恐れて、嘘をいっているのではないかと疑っていた。

「そうじゃありませんよ。ほんとにキャンパスで買ったんですよ、あの男から。ほんとです。嘘なんか、ついてませんよぉ」


 土屋は、ひと月前のある日の午後、キャンパス内の学生食堂でひとり遅い昼食をっていたとき、学生風の男から声をかけられ、ためしに吸ってみればと、煙草のようなものを1本もらったという。

 男は、「気に入ったら、いつでも電話してくれ、安くするから」といって、電話番号のメモを渡して去ったらしい。普通の煙草ではないと思い、その場では吸わず、夜自宅アパートに戻って吸ったところ、心身がリラックスして気持ちが落ちついた。ちょうどその頃、サッカー部の公式戦が始まり、ベンチ入りメンバーから外された土屋は、なにもかもうまくいかず、むしゃくしゃしていたので、早速その男に電話をした。


「これはなんだ?」という問いに、その男は、「マリファナだ」と答え、「1グラム3000円で売ってやる」といった。翌日の午後、同じ学生食堂で1グラムを買い、2回に分けてアパートで吸った。

 マリファナだと聞いて、これっきりでやめようと思ったが、リラックスできるのがたまらず、再び電話をかけ、今度は、3グラムを8000円で買い、それを4人で吸ったと、供述していた。


「お前さぁ! こともあろうが、最高学府である大学の中で、こともあろうが、禁制品の大麻が売ってて、それを買ったという話、信じろという方が、無理があると思わないか?」

「でも……。ほんとに買ったんだから……。信じてくださいよぉ。僕も、はじめて声をかけられたとき、まさかとは思いましたよ。でも、ほんとなんですから……」土屋は哀願を繰り返した。


「そんな非常識なことが……」と、いいながらも、高山の頭にひらめくものがあった。

 いくらなんでも、大学のキャンパスで大麻を売りさばくことは、常識的に考えられない。しかし見方を変えると、ヤクザ同士の縄ばり争いが絶えない大麻の密売を、大学のキャンパスで行うのは、非常識であるがゆえに、売る方にしては、安全だということだ。

 ある種の盲点をついた発想で、ヤクザの縄ばりを荒らさず、安全に大麻を売りさばくことができる。


「そうか!」思わず声が出てしまった。

(そういうこともあり得るな。素人が売りさばくには、もっとも安全で、このご時世、需要も多いはずだ。可能性はなくはないなぁ)

 高山は、とり敢えず土屋の供述を信じることにして、買ったという学生風の男の似顔絵をつくるように部下に命じた。



 朝日体育大学の大麻事件から2日後、今度は、新宿区にある帝都大学でも大麻事件が発覚した。

 男子学生4人が、自宅マンションで女子大生3人を誘って、マリファナパーティーを開いたというものだ。この事件は、女子大生のひとりが男子学生に強姦されたと、警察に告発したことから明らかになった。

 警察が家宅捜索を行ったところ、主犯格とされる4年生神崎かんざき尚志ひさしの自宅マンションから、ビニール袋に入った乾燥大麻1.6グラムが押収され、帝都大学の男子学生4人が大麻取締法違反で逮捕されたのだ。


 強姦の被害者である女子大生の告発は、パーティーの最中、つきあっている神崎尚志と同意のもと性交したが、そのあと、もうひとりの学生に無理やり犯されたというものであった。

 酒を飲み始めて間もなく、4人の男子学生が煙草のようなものを吸いまわし始めた頃から、彼らの様子がおかしくなり、妙に馴れ馴れしくなって、異様な雰囲気になったという。その女子大生は、それが大麻だとは知らなかったし、自分は吸っていないと供述していた。

 所轄の歌舞伎町警察では、強姦事件の成否はともかくとして、4人の学生が、大麻を吸っていたのが明らかになったため、とり敢えず大麻取締法違反で逮捕したのだった。

 最近、大学生の大麻事件が続出しているため、大麻の出所と余罪について、追及の手を緩めず捜査を行うと発表された。



 豊島警察署には、地下のドライエリアに喫煙コーナーが設けられている。

 警察官は、普段からストレスが溜まることが多いのか、喫煙率が比較的高い。かつては、署内でも遠慮なく煙草を吸うことができ、捜査会議などは、煙草がつきもので、煙の中で会議をやっているようなものだった。

 しかし、最近の嫌煙ブームの時勢には勝てず、遂に10年ほど前から豊島警察署では、署長命令で建物内全面禁煙になった。それでも煙草を吸いたい者は、署内で1箇所だけ設けられた地下の喫煙コーナーにいって吸うほかはない。


 生活安全課の高山が、自動販売機で缶コーヒーを買い、メビウスに火をつけて一服していると、刑事課の竹内が地下に降りてきた。

「竹さんも、捜査本部の連チャンで大変ですね」2年後輩の高山が先に声をかけた。

「そっちも、大学生の大麻汚染で、忙しそうじゃないか」言葉を返し、竹内も胸のポケットからケントの箱を出し、1本抜き出して火をつけた。

「それで、出所がわかったのか? やっぱり山城組か?」

 竹内は、最近池袋界隈で幅をきかせている暴力団の名をあげた。この暴力団は、1週間前抗争事件を起こしたばかりであった。


「いえ、それがどうも様子がおかしいんですよ。どうやら売人は、大学生に間違いないようです」

「大学生が?」

「そうなんですよ。大学生が、大学生相手に、大学のキャンパスで、大麻をさばいているようで……。一流の大学に通ってる学生が、小遣い稼ぎに大麻を売りさばく。世の中、おかしくなったもんですよ」


「それで、その卸元おろしもとは、山城組なんだろう?」

「それがまだ、売人が特定できてないんですよ。似顔絵を作って、捜しているんですが……。買った方の印象では、どこから見ても大学生で、素人なんですよ。ヤクザが飼ってるチンピラでもないようで……」

「その似顔絵、持ってたら見せてくれないか?」もしやと、竹内の頭をよぎるものがあった。

「ありますよ」高山は、胸の内ポケットから折り畳んでいたA4版の紙をとり出し、広げて見せた。


「井坂、井坂じゃないか!」似顔絵を見て驚いた竹内が声をはりあげた。

「知ってるんですか、この男。誰なんです?」

「2件目の被害者ガイシャだ。西武線の線路に転落して死んだ。1件目の被害者の彼氏で、行方を追ってたら、死体で発見された」

「えっ……。なんで、そいつが売人なんか?」

「わからん。ただ井坂が、なぜ姿をくらましてたのか、これがヒントになりそうだ。悪いが、そっちの大麻の大学生に、確認させてくれないか?」竹内が頼んだ。

「わかりました。すぐ手配します」

 思わぬ手がかりの発見にほくそ笑みながら竹内は、足どりも軽く階段を駈けあがり、捜査本部に向かった。

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