六.アンラッキーセブンの予告状

 ヒムロ=タカナシ様


 満月の夜、あなたの大切なものを頂きに参ります。


 アンラッキーセブン








「————は?」


 手紙を読んだ瞬間、自分でも声が低くなるのがわかった。

 まるで隣国ゼルスにいる怪盗が出すような予告状だった。



「満月の夜、あなたの大切なものを頂きに参ります」



 便箋の代わりにしたんだろう。真っ白な見開き型のカードには、そう簡潔に書かれていた。差出人の名前の横には小さな狼のイラストが描かれている。なんて不吉な。

 念のために言っておくけど、知り合いには「アンラッキーセブン」なんつーふざけた名前のやつはいない。


 なんだよ、アンラッキーって。不運体質な俺のことをバカにしてんのか。つーか、「アンラッキー」と「セブン」……数字の七を組み合わせる意味がわからねえ。

 無属性を含め世界に存在する七つの属性か。それとも世界に魔力を満たすために存在する七人の精霊王か。「七」から連想するのは、せいぜいそれくらいだ。アンラッキー関係ねえし。


 まあ、日取りを「満月の夜」に決めたのは、褒めてやってもいい。

 俺たちにとって月や黄金の色は、和国の民を守り導くみかどを想起させる。いつまでも変わりなくあり続け、どんなに離れていたとしても月は俺たちを見守っている。

 そういうわけで和国ジェパーグの民にとって満月の夜は吉日だし、魔術師的にも月の魔力が高まる都合のいい日だ。前にいにしえの竜絡みで儀式を執り行う時には、できるだけ成功率を高めるため満月が出る日を選んだっけ。


 壁掛けカレンダーを見て暦を確認すると、その日は弟リュカと約束している日だった。なんでも俺に会わせたい人がいるらしく、どういうわけかここルーンダリア城の応接室までわざわざ出向いてもらうことになっている。

 会わせたい人って誰なのか、まるで見当がつかない。一番に思いつくのはリュカの恋人だけど、彼女には会ったことがあるどころか、身寄りのない彼女の身元保証人はこの俺自身だし。あっ、でも弟の義兄たちという線もあるか。リュカも「当日を楽しみにしていてください」としか言わねえしな。

 まあ、約束の日のことはいい。今考えなくちゃいけないのは、この予告状だ。


「それにしても、なんで俺のフルネームを知ってるんだ?」


 俺は普段、自己紹介する時は「ヒムロ」としか名乗らない。それは名前が魔術的な意味で重要な情報源であることを知っているからだ。

 たとえば、この手紙。俺の手元に届いたのは風頼りの魔法によるものだろう。その魔法は宛名をフルネームで記載することにより届けることができる。けど、それは名前さえ分かっていれば居場所を知らなくても連絡が取れるんだよな。


 予告状を出した相手が誰なのかはまだわからない。けれど、俺のフルネームを知ってるみてえだし、顔見知りなことは間違いないだろう。

 こんなふざけた差出人の予告状なんて、ただの悪戯だろうけど、万が一なにかあってからでは遅い。俺には大切な人がいるし、守るべき娘だっているんだ。

 リュカには悪いけど、事情を話して約束の日を別の日程にずらしてもらおう。




 * * *




「心配しなくても、ただのイタズラだから大丈夫ですよ」


 予告状見せたら、弟はそう言った。

 いや、まあ……うん。俺も悪戯だとは思ってたけどさ。そう、爽やかな笑顔で切り捨てられると逆に心配だ。


「本当に大丈夫なのかよ」


 謎の「アンラッキーセブン」なる人物は大事なものを貰い受けるという。

 俺の大事なものと言えば、恋人のギルや愛娘の氷芽ひめ、そして弟のリュカだ。金銭目当てっていう線も捨てきれねえけど、そのどれかを奪いに来るならお気楽に構えていていいのだろうか。

 なのに、弟はまたも「大丈夫です」と念押ししてくる。


「内容が抽象的過ぎますもん。それに、王城には見張りの兵士たちだけでなく、いにしえの竜たちもいますから、変な人はまず侵入できません」


 そういえば、創世の時代から生きているいにしえの竜たちは、俺たちよりも敏感に人の気配を察知するのが得意なんだっけ。なにより人でないから、彼らは睡眠を必要としないらしい。眠らずの番をしてくれるんなら、セキュリティーはばっちりだ。

 それなら俺はリュカの言う通り、満月の夜を待とうと思う。一体なにが起こるのかわからねえけど。




 * * *




 娘はギルが一晩見てくれることになっているし、当日は準備万端だ。

 俺はリュカと一緒に応接室で待機していた。


 いくら聞いても誰が来るのか弟は教えてくれないまま。誰が部屋に足を踏み入れるのかわからないまま待つこと数分。やにわにかちゃりと扉が開いた瞬間、尻尾の毛がぶわっと逆立つのを感じた。


 部屋に入ってきたのは細身の男だった。背丈は俺とそんなに変わらない。

 彼の尖った耳は同じ魔族の証。艶やかな紫紺の髪は長く、うなじのあたりでひとつの結んでいる。歩くたびにそのひと束は揺れていて、まるで狼の尻尾のようだった。つり気味な両眼は深い紫色。その瞳の中に宿る光は室内の照明を弾き、まるで星のようにきらめいていて——、って、あれ?

 こいつ、どこかで見たような……。


「待たせたな」

「ミラさん、お久しぶりです。お元気そうですね」


 下はジーンズと厚底のブーツ、上は皮ジャケットというラフな格好のそいつの名を、リュカは親しげに呼ぶ。懐かしすぎるその名前は忘れもしない。

 けれど、なんで幼少時代の記憶を失っている弟がこいつを知っている?


「……えっ、まさかお前、深狼みらなのか?」


 ソファから立ち上がり、俺はそう声をかけた。すると、そいつ——深狼みらはにぃっと唇の弧を描き、悪戯っぽく笑う。


「そ。おまえの大切な〝時間〟をもらいにきたぜ☆」


 人差し指と中指を立ててピースサインを作り、いい笑顔でウインクしやがった。


 忘れてた。最近まで夢にまで見ていたのに、久しぶりすぎる再会で頭から抜けていた。この幼なじみは脳天気でトラブルメーカーで、大の悪戯好きな妖狐なんだった。


 ぶちん、と。

 頭のどこかが切れる音がした。


「あの手紙の悪戯はてめえかーーーーーーーー!!」

「なんだよー、怒るなよー! 時間は有限だろ? 大事なモンじゃん」

「うるせー! なにが『アンラッキーセブン』だ! いい年していつまでも悪戯ばっかすんじゃねえええええ!」


 胸ぐらをつかんで怒鳴ったら、深狼みらはへらりと笑ってすぐに白旗を上げた。

 そのふざけた態度を取る幼なじみが、かなり前からリュカと共通の知り合いを通して知己になっていたことを知るのは、だいぶ後になってからだった。

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