五.深夜に交わした口約束

 星空を見ていると、今でも時々思い出す。

 子どもの頃、一緒によく遊んだ、星の目を持つあの双子のことを。







「だから、深夜に散歩なんてよせばいいと言ったんだ」


 幼なじみの澄晴すばるが苦々しげに不満を吐き出した。怒ったように眉を寄せ、腕を組んでいる。……いや、これは完全に怒っていると見た。


「いいじゃん、深夜に散歩! オレたちにはいつだってミカド様がついているんだ。何が起こったって怖くねえだろ?」

「たしかに帝は俺たち民のために祈りを捧げ、導いてくださる。が、それとこれとは話が別だッ! 一体誰のせいでこうして野宿するハメになっていると思ってんだ、深狼みら!!」

「痛ってぇーよ! ゲンコツはなしだぜ!? 暴力はんたーい!」

「や・か・ま・し・い!」


 獣の遠吠えがする中、二つの影が取っ組み合う。

 こっちは膝を抱えて途方に暮れてるっていうのに、幼なじみの兄弟は喧嘩を始めやがった。どうでもいいから、ちょっとは静かにして欲しい。

 生真面目な方が兄貴の澄晴すばる、へらへら笑ってる方が弟の深狼みら。二人は顔がそっくりな双子で、物心がついた時からつるんでいる俺の友達ダチだ。


「だから朝になるまで待ってばいいって言ってんじゃん! そしたら氷室ひむろにでも聞いて、村までの道のりを教えてもらえればなんとかなるって」

「おまえはまたそうやって、楽天的なことを。氷室ひむろ、本当に大丈夫なのか?」


 おい、こっちに水を向けるんじゃねえよ。


「あ、ああ。聞けばいつも教えてくれるから、なんとかなると思うけど。つーか、トモダチじゃなくて精霊だからな」

「あー、そうだっけ?」

「むぅ、仕方あるまい。夜は獣が出るから火のそばから離れん方がいいしな」


 一応納得したらしく、澄晴すばるは座り直した。その姿勢の良さ、生真面目な性格はさすが村長むらおさの長男というだけある。それに引き換え……。


氷室ひむろ、いつもありがとな! その代わり、お前が困った時はオレが絶対に助けてやるからよっ! 男同士の約束だぜ」

「ははは、あまり期待しないでおくぜ……」


 深狼みらは楽天的でテンションが高い。今回みたいに夜の森で迷子になったって、俺みたいに落ち込んだりしないのがすごいと思う。


 物静かな澄晴すばるは群青色の瞳を瞬かせ、深狼みらは濃い紫色の瞳を楽しげに輝かせた。獣避けのため焚かれた炎の色が映って、二人の目は夜空の星のように輝いていた。


 夜の冒険だなんだと言って連れ出され、挙句の果てには森で遭難するとか最悪すぎると思っていたけど、発案者・深狼みらのへらへらした笑みを見ていると憎めなくなってくるから不思議だ。いつでもどこでも冷静に、なんとかしようとしてくれる澄晴すばるがそばにいてくれたから、不安もすぐになくなったのかもしれない。

 実際、朝になれば精霊たちは村までの道のりを教えてくれて、俺たち三人は無事に帰りつくことができた。親父と村長むらおさにはこってり絞られて説教されたけど。




 絶対、なんて。


 そんな不確かなものどこにもなかったのに、まだ子供だった俺たちは信じていた。それこそ疑いようもなく。

 どれだけ時が経とうとも、バカなことをやったり言い合ったりしながら、俺たち三人はずっと一緒にいるものだと思っていたんだ。


 外から来た海賊どもが、俺の故郷を襲うまでは。




 ❄︎ ❄︎ ❄︎




「…………ん、夢か」


 意識がふいに覚醒した。夢は鮮明に覚えている。ひどく、懐かしい夢だった。

 薄闇の中、身体を起こすと、腹のあたりにひっついて眠る娘の姿が見える。俺の太い尻尾に埋もれながらも、しっかりとその小さな手は俺の服をつかんでいた。規則正しい寝息を立てるその頭に、そっと触れる。


 「絶対」なんて言葉は信じられなくなった俺だけど、今はほんのちょっとだけ、期待してもいいんじゃないかと思っている。

 生き別れになった弟と再会できたばかりか、こうして家族ができたんだ。幼なじみの澄晴すばる深狼みらだって、もしかしたらこの世界のどこかで生きているのかもしれない。

 そう思えるようになったのは、同性なのに俺を伴侶パートナーとして選んでくれた恋人と娘の存在のおかげだ。


(願わくば、一緒にいるなら仲良しな兄弟でいて欲しいけどな)


 当時は軽く絶望したっていうのに、子どもの頃に巻き込まれた夜の大冒険のことを思い返すと笑えてくるんだから不思議だ。

 口約束だから、あいつの「助けてやる」って言葉なんて、もう鼻から期待してねえけど。二人ともせめて無事で、元気でいて欲しいな、と。


 俺はその晩、精霊にそう祈りながら、再び眠りについたのだった。

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