二.ルーンダリアの自由騎士

「リュカが一緒なら、護衛はいらないだろ」


 その日の夜。夕飯の後、ギルにリュカと買い物に行くから護衛が必要かと尋ねたら、彼は見事に首を横に振った。


「えええっ、なんでだよ! 俺たちより年下だし、弟なんだからリュカも守ってやらねえといけねえだろ!?」


 背が伸びて大きく成長したと言っても、あいつは俺の弟だ。

 俺の不運に巻き込まれて怪我でもしたら……。そんな最悪の想像をしただけで尻尾のあたりが震えた。

 けれどギルは、そんな俺のネガティブな考えを取り払うように、明るく笑い飛ばす。


「心配はいらん。たしかに俺たちよりは経験では劣るだろうが、リュカはもう成人してるし一人前の剣士だろ。おまえの気持ちはわからなくもないが、あれであいつはなかなかの手練れだぜ? なにしろケイがぜひ騎士にと推すくらいの人材だしな」

「……あっ、だからいつのまにか自由騎士になっていたのか」


 ルーンダリアにおいて、本来は自由騎士という役職は存在しない。

 けれど、万年人手不足に悩まされていたの王城ウチの事情と、学園に通う彼女のため教師になりたいという弟の意思をすり合わせた結果、有事の時のみに動く騎士という特別枠を設けた……らしい。


「いや、その理屈が通るんなら俺だって弱くねえだろ」


 リュカが一人前の騎士なら、俺だって一人前の魔術師だ。剣だって振るうことができるし、自分の身は自分で守れる。

 眉に力を込めて主張したら、ギルは眉を少し寄せて不安げな顔になった。 


「ヒムロはいつも間が悪いから、心配なんだよな……。その点で言えば、リュカは精霊の加護が強い幸運体質だから、色々と安心だし」

「うう、たしかに……」


 俺が不運体質なことは抗いようもない事実だ。実際、未だにゼルスでは指名手配中の身なんだし。つーか、護衛が必要なのも不運体質のせいなんだし。

 それに引き換え弟は牙炎がえんほどじゃないにしても、精霊の加護が強い。やることなすこと全部思い通りになることが多いって、前にも言ってたっけ。実際、和国にいた時も、一度たりとも俺の不運に巻き込まれたことはないもんな。


「せっかく兄弟で出かけるんだから二人で楽しんでこいよ」


 ギルの逞しい腕が俺の身体を引き寄せる。隣から伸びてきた手が頭を優しく叩いてくれた。柔らかく低い声は胸の奥を熱くして、ささくれ立った心の棘を取り払ってくれる。俺にしては、素直に頷くことができた。

 二人並んで腰掛けた革張りのソファは、柔らかく弾力があって座り心地がいい。揺れる尻尾の擦る音が絶えず聞こえてくる。


 弟と再会できた時、ギルはまるで自分のことのように喜んでくれた。リュカと今でも顔を合わせることができるのは、城に迎え入れてくれたギルのおかげだ。

 でもその一方で、時たま胸が痛くなることがある。まだギルは弟に会えていないんだ。ライカとは手紙のやり取りを続けているらしいけど、未だ第三王子ノエルの消息は掴めていない。

 俺になにか力になれたら、いいのだけど。


「あ、そうだ。三日後の夜は予定空けとけよ」


 不意に顔を上げたと思ったら、ギルは今思い出した感じでそう言った。

 三日後はもしかしなくても、恋人の記念日だ。


「わかった。……って言っても、夜はいつも一緒にいるじゃん」

「そうかもしれないが、念のためだ。今はリュカも城にいるしな」


 お互い日中は仕事に追われているから、二人きりになれるのはこうして夜が更けた時間になる。毎晩、一緒に時間を過ごしているのに、約束を取り付けようとするってことは、だ。

 ギルは今年も贈り物を用意しているに違いない。


 本番は三日後。さすがに手作りってわけにはいかねえけど、俺も事前に準備しておかなければ。

 なに、問題はない。首都には規模のでかい繁華街があってスイーツショップが多いと聞くし、幸運体質のリュカと一緒ならいい買い物ができるはず。

 今年こそはギルにぴったりなチョコレートを贈って、最高の記念日にしてやるぜ。

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