七.第二王子の居場所

 行方不明の第二王子って、もしかしなくてもギルの弟のことだろう。まさかルーンダリアから遠く離れたシーセスで、その手掛かりが掴めるだなんて。

 ギルは目を大きく見開き、身を乗り出した。


「弟の居場所を知っているのか!?」

「これでも俺はこの世界では顔が広くてね。集まる情報は多いんだよ。ルーンダリアの王弟二人が行方不明なのは有名な話だ。……と言っても、掴めているのは第二王子のライカ殿の行方だけで、ノエル殿の情報はないのだけど」


 続けて「ごめんね」とこぼして、アティスは切なげに目を伏せる。

 さっき彼は「第二王子の情報」としか口にしなかったのはこのためだったのか。そりゃもう一人の弟を探し出したいところだけど……。


 姿勢をなおし、ギルは首を横に振った。そのあと、真摯な顔でアティスを見た。


「構わない。実を言うと、ノエルとその母親の居場所は大方あたりをつけている。おそらくルーンダリア国内のどこかにいるはずだ。ただ、ライカだけは、どうしても足取りが掴めなかった」

「そうだろうね。ライカ殿を連れ去ったのは……《闇の竜》なのだし」

「ああ」


 ギルのベッドのそばで、アティスは変わらず椅子に腰をかけたままだ。組んだ足の上に重ねた手を握りしめている。

 やっぱりアティスもギルの前で国を一度乗っ取った闇組織の名を出すことに躊躇っているんだろう。少し固くなったその表情は、どこか緊張しているように見えた。


 ギルは冷静だった。彼の短い返事を受けて、アティスは安心したのかもしれない。穏やかな笑みを浮かべて続けた。


「確証は得られずともギルヴェール国王は予想はついているんじゃないかな。当時、ライカ殿はルーンダリアを乗っ取ったゼルスの《闇の竜》に連れ去られた。であるなら——、」

「やはり、ライカはゼルス王国にいるのか」


 ギルの答えにアティスは頷いた。

 そうか、当時ルーンダリアで貴族たちを扇動した《闇の竜》はゼルス支部の奴らだったのか。だったら、いくら探しても居場所が掴めねえわけだ。


 ふいにアティスは上着の懐に手を差し入れ、丁寧に折り畳まれた一枚の紙を取り出した。それをギルの前に差し出す。


「この紙にはライカ殿の今の名前がフルネームで書いてある。手紙は正式な名前でないと届かないからね。この名前を宛名にして郵便屋メーラーなり風魔法が使える人に頼めば、今度こそ手紙を送れるはずだよ」


 ギルは差し出されたそれを受け取った。紙切れ一枚に記載されたたった一つの情報。それはギルにとって大きな光で、探し求めていたものに違いない。


 世界のどの国でも、手紙を出すには風便りの魔法が必須だ。便箋が入った封筒が小鳥に変化し相手のもとに届けるという魔法なんだけど、最低条件として相手のフルネームが必要になってくる。

 たかがフルネーム一つと思うかもしれねえけど、アティスが手渡してきた手掛かりはかなりでかい。だって、今まで断念していた手紙が届けられるようになるんだ。


「ライカは無事なのか」

「無事だよ。ゼルスでもかなり強力な立場のある人に拾われたらしくてね、今は安全な場所で暮らしている。詳しくは連絡を取って、直接会って聞いてみるといいよ」

「そうだな」


 連絡手段を確保できたのは大きな一歩だ。あのおっかないゼルス王国で安全な場所を確保して暮らしてるなら、さらに希望が見えてくる。手紙のやり取りさえできれば、約束を取り付けて会うことだって可能だもんな!


 顔を上げ、ギルはアティスに笑顔を向けた。


「ありがとな、アティス。恩に着る」

「どういたしまして。弟君に会えるといいね」


 微笑み返したアティスも嬉しそうだった。

 唇を緩ませて、ギルは嬉しそうに笑って手もとの紙を見つめている。そんな彼を見ていると俺まで心が弾んでくる。


「よかったな、ギル! ギルが諦めなかったから、手がかりが掴めたんだよな」


 初めて会ったばかりの時、ギルは俺に弟を諦めるなと言った。あれは今まで自分に言い聞かせていた言葉なのかもしれない。

 俺は落ち込んで背中を丸めてばかりだったけど、いつもギルは気丈に前を向いてがんばってきたんだ。玉座を奪還して、時間をかけて国を復興させて。

 彼のそんな姿勢から俺も諦めないと決めた。どれだけ時間がかかったとしても、前を向いていかなくちゃ。


「俺も、いつか弟に会えるかな」

「きっと会えるさ」


 力強く肩を抱き寄せられ、頭をわしゃわしゃなでられる。手のひらの温もりと間近で見るギルのまぶしい笑顔が心強かった。

 自然と気持ちが浮き立ち、俺は初めて心から笑えた気がした。







「それにしても、アサギの件がこんなにも早くバレるなんてね。まあ、子どもたちは張り切って君たちの世話をしていたし、ヒムロも近くにいたからいつかは……と思っていたんだけれど」

「え? なんで俺?」


 話が終わり退室しようとした寸前、アティスはくるりと振り返って俺にそう言った。

 いきなり白羽の矢を向けられて、意味がさっぱりわからねえ。俺もアサギの近くにいてわからなかったのに。


 けれど、アティスはさらにとんでもないことを言ってきた。


「君は俺と同じタイプ……、天才型だからさ」

「は!? いや、違うって!」


 天才型って、あれだろ!? 魔法語を詠唱しなくてもバンバン魔法が使えるやつらのことだ。

 絶対に見当違いだ。だって俺は、いつも詠唱なしじゃ魔法を使えない。詠唱してても発動率が悪いし。


 けれど、アティスは笑って首を横に振った。


「違わないはずだよ。その証拠に精霊を肉眼で見れるし、対話することも可能だろう? 身体に触れただけで精霊のめぐりを視れるのもその証拠なんじゃないかな」


 そうなのか。あれって、そんな簡単にできねえもんなのか。

 言われてみれば、たしかにクリュウがやってるところは見たことがない。


「和国は鎖国のせいで他国との交流がなく、魔法の文明があまり進まなかったと聞く。魔術書がろくに手に入らないそんな環境で君が魔術師になれたのは、君が精霊と対話できる天才型だからだよ。俺自身も閉鎖された環境で魔術師になったからわかるんだ」

「でも俺、詠唱なしで魔法が使えるわけじゃねえし」

「ふふふ。君ならコツを掴めば使えるようになるかもね。ギルヴェール国王の滞在期間中、機会があれば教えてあげようか」


 マジか。詠唱せずに魔法が使えたら便利だし、なにより隙を作ることはない。

 それにアティスは俺より技量の高い魔術師だ。彼に直接精霊や魔法のことを教えてもらえれば、研鑽を積めるんじゃないか?

 ギルのために、できることが増えるかもしれない。


「おう! ぜひ、教えて欲しい」

「喜んで。その時はギルヴェール国王も一緒に三人で、また話そうか」


 アティスがそう言ったのは、初対面で口説いて軟派してきたからだろうか。そのせいでギルと亀裂が入りかけたのを気にしているのかもしれない。

 顔を綻ばせるティーヤ地区の首領からギルに視線を移すと、彼の心遣いを察したのかギルは苦笑していた。

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