十二.心から礼を言うよ
「ひとまずレガリーは俺の館に連行して。怪我人はイリの診療所に運ぼう。あとはみんなで店の片付けを手伝うように」
「かしこまりました、アティス様」
てきぱきと指示を与えていく声をぼんやりと聞いていたところで、ふと我に帰った。
いつの間にか
「えっと、彼はその、グリフォン……、だね。治療頼めるかい、イリ」
「もちろん承るよ。というか、アティス。いい加減君もグリフォンを見て狼狽えるのはやめなよ。トラウマは克服したはずだろ?」
「いや、そうなんだけどさ。だって彼、あいつと同じ色だし。……うん、ごめん。ちゃんと頭切り替えるよ」
ため息混じりな声と、淡々とした冷静な声。
会話が終わると
そういや、ティーヤ地区の首領、
店舗内で
もともと先に手を出したのはギルだ。いや、先に牙炎が俺に突っかかってきたから、仕掛けたのは牙炎になっちまうのかな。
しかし、どんな理由があろうとも、ここまでの大騒動を起こしたのはルーンダリア国側である俺たち三人だ、と向こうは考えるかもしれない。
もしかしなくても、
「あとは君たちだね。さて」
「あわわわわっ! 悪かった……じゃなくて、すみませんでした。許してくださいっ」
「は?」
こうなればできることは、ただ一つ。誠心誠意謝るしかない。
賠償金とか求められたら払うしかねえけど、大丈夫かな。貯金はあまりない。自信ないけど、ここはできることからやっていくしかない!
抵抗しても俺たちには
「まさかこんなことになるなんて思わなかったんだ!」
「君、一旦落ち着こうか?」
「だから石化光線だけは……!」
「へ? 石化光線?」
え、笑うとこか? 俺はこんな真剣なのに。
おかしなことなんか言ったっけ。
「あははははっ! 石化光線って、何だいそれ。面白いことを言う子だなあ、君は」
なんと
そんな笑うことないだろ!?
文句の一つも言ってやりたかったけど、あいにく俺は首領相手に偉そうな口を叩けるほどの勇気は持ち合わせていない。二人がひとしきり笑い終えるのを待っていたら、
「君、名前は?」
「へ?
「そう。ということは、君は和国出身の妖狐なんだね。ヒムロ、とても良い名だ」
えっと、とりあえず褒められてると思っていいのか?
「俺は君を責めているんじゃない。いや、むしろ感謝しているくらいだ。水属性なのは君だけのようだし、火事を消してくれたのはヒムロなんだろう? 氷精たちはそう証言しているよ」
「お、おう。そうだけど、でも……」
「君が手早く火を消してくれたおかげで被害は最小限におさえられたんだ。ありがとう、ヒムロ。心から礼を言うよ」
なぜか感謝されている。
目の前にはにこにこと満面の笑みを浮かべる
「怒ってねえのか? ここまでの騒動になってんのに」
「どうして君はそんなに憂いた瞳で見つめてくるんだい? 火をつけたのも、乱闘を起こしたのもレガリーだろう。さっきも言ったけど、君たちが悪くないってことは精霊たちも証言してくれるさ。だから、」
不意に言葉を切り、
「そんな顔しなくてもいいんだよ。君の潤んだ瞳は
蕩けるような笑顔でそう言われた。首を傾げた拍子に、絹のような長い金髪が一房、肩から滑り落ちる。
なんかおかしくないか。
さっきから手もめちゃくちゃにぎにぎされてるし。
もしかして。いや、もしかしなくても。
今、俺って口説かれてるのか。
「え、あの……」
「それにしても、君みたいな賢くて美しい毛並みの妖狐は初めて見たよ。君も疲れただろう。俺の館でお茶でも——、」
いや、口説かれてるどころじゃない。これナンパだ!
どんなに優しそうな相手でも、首領とお茶とか緊張するどころじゃない。怖すぎる。つーか、今は緊急事態だし、ギルを病院に連れて行かねえと。こんな火事現場じゃ、治療するにも医療道具がなさすぎる。
ここは丁重に断ろう、と手を引こうにもがっちり両手を握られていた。
逃げ場がない、と気づいたその時だった。突然、獣の唸り声が聞こえたのは。
「え」
大きな影が俺と
黄金の羽毛が照明の光を弾く。それはついさっきまで深手を負い、今はイーリィの診察を受けようとしていたはずのギルで。
「ちょっ、ギル! なにやってんだよ!?」
ギルは声を発しなかったが、どうやら怒っているらしい。頭を下げ喉の奥で低く唸り、血走った雷色の瞳を向け、
「え、なになに。もしかして彼、君のパートナーなのかな?」
「アティス」
周囲がざわめく音に紛れて、イーリィの低い声が凛と響いた。
「患者を興奮させないでくれないかな。止血できないじゃないか」
口ぶりからして、俺が
濁った目で軽く睨むイーリィに対して、
「あはは。ごめんごめん」
「ほんっとに君は息をするように口説くよね。さ、早く撤収するよ。患者を病院に連れていかないと。僕、一人じゃ運べないから手伝ってくれないかな」
さすが本職の医者、と言うよりも名医か。イーリィも俺と同じくここでは治療ができないと判断したようだ。
妖精族は基本的に細身な種族だ。その中でもイーリィはそこそこ筋力があったような記憶があるけど、白衣の袖から見える手首は細く華奢な印象だ。その細腕では一人でグリフォンは運べないだろう。
「あっ、俺も手伝う!」
シーセスで一番の有力者と言われる
どういう受け取り方をしたかはわかんねえけど、イーリィは俺の申し出を気に入ったらしい。
くるりと振り返り、口もとにきれいな笑みを
「そうしてもらおうかな。君が彼のそばにいないと、落ち着いて診察もできなさそうだ」
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