十一.赫眼と夜鳶
考えてみれば、
縄張り内で傷害事件を起こした上に火事騒ぎ。地区で一番でかいこの店が炎に巻かれたら、野次馬だって出てくるだろう。ましてや、
初めてこの目で見るティーヤ地区の首領は猛獣みてえな牙炎とは正反対のタイプだった。
やわらかい微笑みを浮かべる甘いマスクの優男。虫も殺せないような顔って感じ。黒のタートルネックの上にワインレッドのジャケットを羽織っていて、おしゃれな印象だった。
その手には黒塗りの杖を持っていて、また帯剣もしていた。たぶん
その真紅の瞳はまっすぐ牙炎に向けられていて、ゆっくりと靴音を立てながら簀巻きになった狼に近づいていった。
「アティス! テメェ、なんでここにいやがるんだ!?」
「それはこっちの台詞なんだけどなあ。レガリーこそ、うちの地区で何してくれてるんだい?」
アティスというのは、本名なんだろうか。そういや
牙炎と
横たわる狼を見下ろしたまま、
なんでだろ。すげえきれいな顔で笑ってんのに、見てるこっちは寒気がするんだけど。
「俺が懇意にしていて目をかけている地区一番の魔道具店に火を放ち、真っ黒焦げにしといて、その言い草は何? 君、何様なのかな。俺は号泣する店主から通報を受けたから、ここにいるんだけど?」
前言撤回。こいつは虫なんて易々と殺せる男だ。
まだなにもしてねえのに笑顔を浮かべる
幻でもなんでもない。これは現実だ。
俺たち魔術師や精霊使いといった魔法職には二つのタイプに分かれる。
緻密な
俺はありふれた前者で、
口ぶりからして、
あ、でも強運体質の牙炎に
「はっ、何を言うかと思えば! そんなの俺サマに決まってンだろうが」
「あー、はいはい。もうその台詞耳タコだから。そんな簀巻き状態で威張られたって威厳も何もないからね? なにより美しくないよ。どんな人にでも平等に挨拶を欠かさないのが俺のモットーだけど、単細胞な君には口説く気も
結果的に、石化光線を拝むことはできなかった。
杖を振るって魔法を唱えることもせず、
入れ替わるように表れたのは、
やたら長い耳をしているから、たぶん妖精族なんだろう。白い霧に紛れていても、彼の黒銀の髪は目立っていた。肩につくかつかないくらいの長さで切り揃えられたその髪と、切長の瞳は濁った銀。
あれ。あいつ、どこかで会ったことがあるような。
そんな疑問が頭の中でもたげた時、クリュウがぼそりとつぶやいた。
「……イーリィ=ライローズ? あいつ、
あっ、思い出した。
イーリィと言えば、シーセス国内でも数少ない医者で、しかも世界一と言っても過言じゃねえくらいの名医! 医学雑誌でもよく名前が取り上げられてるし、俺はガキの頃、あの人に会ったことがある。
どこかの地区を治めているわけじゃねえけど、実のところ首領クラスの実力を持っていて、シーセスみてえな裏社会とは切っても切れねえ人物だ。
それもそのはず。闇
「てめ、
俺みたいな下っ端が知っているんだ。首領クラスの牙炎がイーリィのことを知っていて当然だ。
文字通り吠える牙炎にイーリィは怯むことなく近づいていった。
「君はいつも人騒がせな狼だな、レガリー。先週は誘拐拉致未遂に器物破損、今度は放火か。君が破壊魔のごとく暴れるから僕まで駆り出されるんじゃないか。まったく、歩く災害とはこのことだね」
「うるせー!」
濁った銀の目を持つイーリィはたしか、極度の弱視だったはずだ。
なのに、吠えた拍子に牙炎が炎の息を吐き出しても、ひょいと難なく避けちまった。
たしかに妖精族は、霊視という精霊と魔力の流れが見ることができる潜在能力がある。けど、それを抜きにしても軽い身のこなしだ。
「もう終わりにしよう、レガリー。さあ、『僕を見ろ』」
口元に綺麗な笑みを
「もう十分暴れて君も疲れただろう。あとはうまくやっておくから、『レガリー、さっさと眠ってしまえ』」
「……お、う」
あんだけ好き放題暴れまくってたっていうのに、牙炎は左右にゆっくりと揺れるイーリィの指先から目を離せないようだった。
見開いていた瞼がだんだんと降りてゆく。
そうしてぐらぐらと牙炎が船を漕ぎ始めたところで、イーリィの指が鳴らされ、ついに赤狼はがくんと眠り込んでしまった。
うっわ、初めて生でみたぜ。イーリィの暗示!
あれは手品でも魔法でもなく、『催眠法』と呼ばれる医療技術だ。医者だからといって誰もが習得できる代物じゃない。習得するにはある程度の練度が求められるって言うし、なにより使いこなすのはもっと難しい。かなり熟練した医者じゃないと無理な特殊技術なんだよな。
「捕獲完了っと。ありがとう。助かったよ、イリ」
「お疲れ様。……まあ、僕としてもこれ以上、息子に手を出されたら困るからね」
簀巻き状態のまま眠り込んだ狼を目の前にして、
対するイーリィも満足そうに笑っている。
口にする言葉もそうだし、笑い合う雰囲気は主従と言うより対等な立場、友人って感じだ。
クリュウはイーリィが
むしろ、俺の目には二人が
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