第三章 心の傷と月見酒
一.ヤキモチと『通信珠』制作案
「風便りの効果を持つ『風羽根のペン』に、幻薬の『メディカルハーブ』と。初級魔法を詰めた
「いや、別に大したことじゃねえし。これ全部安価な材料で作れるもんなんだぜ。逆に言えば、国王が材料を調達してくれるから短い期間でこれだけの量が作れるんだ」
ルーンダリア王城の執務室に並べられた俺の作品たちを前にして、ギルヴェール国王は手放しで褒めてくれた。
知り合ってから短い期間だが、国王の人となりはだんだんわかってきた。ひねくれたところはないし、率直な言葉で仕事に対する功績を認めてくれる。今回も純粋に俺の仕事を褒めてくれているんだろう。
けど、その褒め言葉を素直に受け取れるかどうかは別の話で。
「当たり前だろ。ティスティルが王立研究所で魔法具を制作販売しているように、ルーンダリアだっておまえを雇うことで制作にあたってもらっているんだ。材料費を国費から出して当然だろ」
「そう、なのか?」
「ああ。そういうものだ」
長いこと
ギルヴェール国王と正式に雇用関係を結び、宮廷魔術師として、また魔法道具技術師として王城に暮らすようになってから一週間が過ぎた。そう、俺はあれからずっと王城に住んでいる。少し前までは一般人だった、この俺がだ。
俺としては王都に家でも借りられればそれでよかったんだけど(雇ってもらう過程で正式にルーンダリア国民となり、国民証も発行してもらった)、手配書が出回るほどゼルスに狙われている時点でそれも危ないという。
一部フロアは一般人にも開放されているとはいえ、ルーンダリア城の守りはしっかりしている。実力のある魔族の兵士たちが門扉をしっかり警備していてセキュリティーは万全。だから身の安全を確保するためにも王城で暮らすように、と初日からギルヴェール国王に言い渡されたのだった。
王城住まいともなれば、城内の食堂で食事はできる。買い物に行く時には護衛付きだから不便を感じなくもないけど、不満はない。むしろ至れり尽くせりの高待遇だ。
正式雇用の上に衣食住付きとかすごすぎる。さすが雇い主が王サマってだけのことはある。
だったら俺も、全力でルーンダリアに貢献していくしかないだろ。給金がどれくらいの額になるのか、いまいち想像つかねえけど。
「たしかに国王からすればすげえのかもしれないけどさ、『
商品となるものを作るにしても、まずは雇い主にとって需要となるものを作らなくちゃいけない、と思う。
ギルヴェール国王にとって役に立つものはなにか。色々考えて出た結論が、転移魔法の効果を持つ『テレポストーン』と場所が離れていても通話ができる『通信
「は? 『通信
「やっぱりそうだよなあ。でも、俺は国王のためにも作っといた方がいいと思うぜ。『通信
「それは、そうかもしれないが」
「俺はヒムロに賛成ですね」
噂をすればなんとやら。赤髪の従者、ケイのご登場だ。
短い赤い髪に、ルビーのような赤い瞳のこの男は魔族だ。ただ、何の部族なのかは聞いたことがない。少なくともグリフォンではないみたいだけど……。
国王だけでなく誰にでも基本敬語で接するケイは、俺にも丁寧な敬語で話してくれる。初対面の頃は遠慮していたのか俺の名前を呼ぶ時は「ヒムロさん」と他人行儀だったが、この一週間ですぐに呼び捨てへと昇格されていた。
「俺みたいな騎士や兵士たちに替えはきいても、ギル陛下の代わりは一人もいません。陛下の安全を確保することが最優先事項であるわけですから、ヒムロの考えは正しいです。多少費用がかかってでも制作にあたるべきです」
「とは言ってもな……。俺は魔法のことはあんまわからないし参考程度に聞くが。ヒムロ、『通信珠』を作るには何が必要なんだ?」
かかる費用を想定してなのか『通信珠』の制作に浮かない顔をしていたギルヴェール国王だったけど、ケイの進言ひとつで前向きになり始めた。
俺としては助かるし良い傾向なんだけど、それがケイのおかげだと思うと、なんとなく面白くない。
「……主に必要なのは竜石だな。台座に使う結晶石、無属性の魔力を包含する
「なるほど。結晶石はなんとかなるとして、どちらも市場には滅多に出回らない希少な魔石ばかりですね……」
「ま、そうだよな。竜石っていにしえの竜からできる結晶みてえなもんだし」
さすが従者。ルーンダリア市場にも詳しいんだな。
胸のあたりにたまっていくもやもやに気付かないフリをして説明したら、二人ともきょとんとした顔をして固まった。
そういや俺、まだいにしえの竜について説明したことなかったっけ。
「そういえば以前にも言っていたな。その、いにしえの竜というのは何なのだ? 幻獣やモンスターの類いではないのか?」
「全然
「なるほど。まるで在り方は精霊のようですね」
精霊たちは俺たちが生活する上で欠かせない存在だ。
魔法を発動させる時に助けてくれるばかりじゃなく、人体の生命活動を維持するにも精霊たちの力が大きく関わっている。あいつらは基本的に俺たち人族のことが好いてくれているし、その反面世界の管理者から人に危害を加えることを禁じられてるんだよな。
俺たち魔族は魔術の民って言われるくらい、魔法は得意分野だ。当然、精霊に関する知識だってあるだろう。
けど、騎士のケイに精霊のことを語られたのはちょっとむかむかした。
なんだよ。知ったかぶりやがって。
「ふん、精霊とは全然違うけどな! それより、
どうしてケイを見てるとこんなにイライラするんだろ。最初は怖いだけだったのに。
いつだってケイはギルヴェール国王のそばを離れない。国王も国王で、ケイの言うことなら素直に耳を傾ける。
ま、ケイは革命戦争を国王と共に戦い抜いた勇士の一人だって言うし、二百年くらいの付き合いだもんな。そりゃギルヴェール国王だって、知り合ったばかりの俺なんかの提案よりケイの進言の方を聞き入れるに決まってる。
なんかムカつく。
そんなふうに胸中で悪態をついていたら、ギルヴェール国王は雷色の目を丸くして首を傾げた。
「外泊は構わないが、本当にアテなんてあるのか?」
「大丈夫だ。この間言ってた
本当のところ、俺にもいにしえの竜が何なのか正確なことはなにも知らねえ。
けど、この世界で生活するひとつの種族として、俺たちとなんら変わらない存在だと思ってる。
「俺たちが人と人との繋がり——まあ、いわゆる人脈だな——で、情報をやり取りするように、いにしえの竜たちも独自のネットワークを持ってんだ。だから千影に頼めば、
「ヒムロはルーンダリアに来る前はその千影と生活していたのか?」
「ああ。竜の洞窟で生活してたんだ」
「なるほどな。どうりで国民証を持ってなかったわけだ。定住地がないとあれは発行できんからな。よし、決めたぞ」
腕組みをして聞いてきたギルヴェール国王がふいに唇を引き上げた。瞬間、ひとつの予感が胸をよぎる。
椅子から立ち上がり、両手を執務机にのせ、国王は俺の目を見返してこう宣言した。
「竜の巣穴とは面白い。俺もおまえの帰省についていって、おまえの養父に挨拶しようではないか」
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