九.雇用契約締結

「なになに、ヒムロ=タカナシ。白藍しらあい色の三角耳と尻尾を持つ狐の獣人の男。異国風の衣装を着ている。身長は百七十五センチほど。わあ、報奨金は百万クラウン! すごいですね。四、五年は遊んで暮らせそうな金額じゃないですか」

「……ケイ、やめてやれ。あまりからかうなよ。怯えて逃げられたらどうするんだ」


 ご丁寧にも似顔絵つきの手配書だった。連絡先はゼルス王国の主城、一般人にも開放されているカジノエリアの警備隊が記載されている。

 ということはつまり、これはゼルス国家として直々に出された手配書ってわけで。


 とてもじゃねえけど、現実を受け入れる気にはなれなかった。滑稽にも魚みたいに口をぱくぱくさせていたら、ギルヴェール国王はすぐ目の前でひらひらと手を振ってくる。


「おーい、大丈夫かー? 安心しろ。誓って言うが、俺もケイもおまえを捕まえてあんなマフィアみてえな国に引き渡したりしないからな」

「マフィアって……」


 仮にも隣国に対するこの評価。ちょっと辛辣すぎねえか?

 やっぱりゼルスの国王が闇組織の構成員だからなんだろうか。


「それにしてもこんな手配書が他国に出回るなんてなあ。よほど向こうはおまえが欲しいらしい。一体、ゼルスで何をやらかしたんだ?」

「別に俺はなにもしてない! ただ、取引先を斡旋して欲しくて……」

「おおかた、自分の作品、魔法具や幻薬をうかつに見せたんだろ。違うか?」

「……うっ」


 完全に図星だ。その通りだった。


「おまえ、そんな臆病な性格でよくゼルスで就活しようと思ったな。あそこは獲物を狙う猛獣や猛禽みたいな輩がゴロゴロいるんだぜ? 強力なバックボーンがねえと、おまえみたいなキツネは一生いいように飼い殺されるぞ。魔法具だけじゃなく薬も作れんのならなおさらだ。大して強くなさそうなそんな金のなる木と、誰が対等に契約するんだよ」

「……うう」


 そうか、俺が追い回されたのはそういう背景があったのか。全然知らなかった。


「就職先を探してんだろ? そんな後ろ暗い国なんかやめておけ。ルーンダリアはゼルスと同じく商業国家だが、俺の国はあんな闇にまみれた国とは違う。正々堂々と陽の当たる場所で安全に商売ができる国だ。金が回れば生活が豊かになる、治安も維持できる。俺はな、国王としてルーンダリアを平和で豊かな国にしていきたいんだよ」


 すっと目の前に手を差し出された。

 はっとして見上げれば、ギルヴェール国王はやわらかく微笑みかけていた。雲の上みたいだったあの国王サマという人種が、俺みたいな薄汚いキツネに手を差し伸べている。


「十分な給金は払うし住む場所も与えてやる。俺ならあのゼルスから守ってやれるぜ。ヒムロ、俺とルーンダリアのために力を貸して欲しい。おまえの力が必要なんだ」


 どうしてこの人は頭を下げてまで俺に頼み込むんだ。ギルヴェール国王だって、ゼルスのやつらみたいに俺を捕まえて無理やり従わせることができる地位と権力だって持っているのに。

 いいや、なぜだなんて、理由はもうわかっている。

 従者だけでなく、給仕係のメイドや兵士たちまでが愛称で呼んでフランクに話しかけるくらいに慕われてるんだ。ギルヴェール国王は国民と国を愛する心優しい王サマなんだよな。ぱっと見はこわいけど。


「わかった。どうせ、アテなんてねえしこれもみかどと精霊の導きだろ。ギルヴェール国王、あんたと契約を結んでやる」


 決意は固まった。

 差し出された手を取り、握り返す。国王の手は固くてごつごつしていた。いくつもの修羅場を潜ってきた戦士の手だ。

 国王は雷色の瞳で俺を見返し、機嫌よく笑った。


「だから、ギルでいいって言ってるだろ」

「うるせえ! 国王相手に愛称で呼べるかっ」

「つれないやつだなー」


 こうして俺は流れに流れて商業国家ルーンダリアにたどり着き、不思議な縁に導かれ、ルーンダリアの宮廷魔術師兼魔法具技術師になったのだった。

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