八.雇用の話と撃沈する国王陛下

「はぁあああああああ!?」


 国王が予想の斜め上すぎることを言うもんだから、俺は素っ頓狂な返事をした。思わずテーブルにのせた手を引っ込め、国王と距離を取る。

 いやいやいや! なにをいきなり言い出すんだ、この国王! 大丈夫か。気は確かか!?

 

「なんだよ。そんな大声出すことかよ」

「当たり前だろっ! おまっ、こんな公衆の面前で、そんな恥ずかしいこと……!」


 俺が欲しいとか。誰にも渡したくないとか。

 挙句の果てには俺のものにならないか、とか。

 まるで愛の告白じゃねえか!


 羞恥心からなのか、顔に熱が集まっていくのを感じた。

 なのに、ギルヴェール国王ときたら、きょとんとした顔をしているだけだ。


「俺は正直な気持ちを言っただけだぜ?」

「正直に言い過ぎだろっ」

「他に取られるのは嫌だからな。俺はおまえが気に入ったんだ。おまえほどの逸材、手に入るチャンスはそう滅多に——、あ? なんだよケイ」


 ふいにギルヴェール国王の背後に誰かが立ったかと思ったら、とんとんと国王の背をつつき始めた。

 主君が振り返って尋ねているっていうのに、突然現れた赤髪の従者は国王ではなく俺にまっすぐ目を向けてくる。

 思わず俺もそいつを見返したら、にこりと笑いかけられた。


「陛下、言葉が足りなさすぎです。はたから見たら、雇用の話ではなく愛の告白になっていますよ?」

「そうかあ?」

「ええ、そうです。ですよね、ヒムロさん」


 宝石みたいな赤い瞳に問いかけられて、ドキリとした。

 口調や俺に向ける態度も丁寧で明確な悪意なんかどこにもないのに、なんでこんなにも心臓が縮み上がっているんだろう。やっぱり赤いからか。


 赤は苦手な色だ。千影に会うまでの、奴隷だった頃を思い出すから。


「ヒムロさん?」

「うえ!? な、なんだよ?」

「誤解を招くような表現な上に陛下の言葉が少しばかり足りなかったせいで勘違いされていると思いますけど、陛下はヒムロさんに雇用の話をしたいだけなのです」

「へ? 雇用?」


 朝食という名目で食堂までわざわざ連れ出したのは、なにかの目的があると思っていた。

 こんな城の関係者が行き交う中で話をするのも、衆人環視の中で俺を見張るためだと。

 だって、そもそも俺が城の中にいるのは、アヤシイ人物として国王自らの手で捕らえられたからで。


「……俺、処刑されるんじゃねえの?」


 ずっと心の中にあった不安をそのまま口にしたら、ギルヴェール国王は一瞬固まった。そのあと国王の口から出てきたのは、深い深いため息だった。


「なあ、ケイ。俺ってそんな怖い国王様か?」

「怖い印象を植え付けてしまうのは仕方ないですよ。陛下はグリフォンなんですし」

「だってよー、俺だって好きで怖がらせてるわけじゃねえんだぜ? これでも優しく言葉をかけて親切にしていたつもりだし、一対一じゃ怖いだろうから食堂で仕事の話をしようとしてんのに」

「え。そうだったのか?」


 国王はついに頭を抱えてしまった。

 ずっとわからなかった俺を食堂へ連れて来た意図を本人からの口から聞いて、びっくりした。だって、普通メイドに扮した怪しい人物に善意で近づくなんて思わねえだろ。


「ヒムロさんは、なぜ自分が処刑されると思ったのですか?」

「俺はそんな暴君な国王様じゃないぞ。探られて痛い腹があるわけでもないだろ」

「……う」


 痛い腹がないどころか、俺は叩けば埃まで出てくる後ろめたいことがありまくりな男だ。

 なのに、ギルヴェール国王も赤髪の従者も澄んだ瞳で俺を見つめてくる。めちゃくちゃきらきらしてる。

 もういつまでも隠し通せることじゃない。さっさと吐き出してしまいたいというのが本音だった。


「だって、闇竜……」

「あ?」


 一瞬、雷色の目が鈍い光を放った。

 こわい、こわすぎる! だからと言って、もう後には引けねえ。ここでだんまりを決め込んだら、それこそ即刻処刑される。


「国王が《闇の竜》嫌いだって、聞いたから……」

「はあ? たしかに俺は《闇竜》が嫌いだし、身内の仇でもある相手だが。おまえみたいな臆病で不器用なやつが《闇竜》の構成員なわけないだろ」


 臆病で不器用なやつ。歯に衣着せない言葉が、矢のようにぐさぐさと俺の身体に突き刺さる。


「悪かったな! って、そうじゃない。たしかに俺は《闇の竜》じゃねえけどっ、少し前まではライヴァンの《闇竜》支部に魔法具や幻薬を卸してたんだよ! だから、俺、それがバレたら捕まると思って……」


 ああ、ついになにもかもぶちまけてしまった。もう終わりだ。

 故郷の島国からさらわれて、身柄を物みてえに売り買いされて。最後に見知らぬ土地で、誰に知られることもなく死ぬんだ。


 国王と従者、二人の顔を見るのが怖かった。二人とも革命戦争を戦い抜いた歴戦の勇士だ。殺気立った顔なんて、こわすぎる。見たくない。

 震える手を押さえながら下を向いていた俺だが、頭上から吹き出す声が聞こえた。

 続けて、盛大な笑い声が。

 この声は国王じゃない。たぶん、そばに控えていた赤髪の従者だ。


「昨日からなにを怖がっているのかと思っていましたが、そんなことですか。要するにただの業者でしょう? ヒムロさんは《闇の竜》と関係ないじゃありませんか」

「ちょっ、笑うなよ! そんなことじゃねえだろ。俺が魔法具、魔法の加護を付けた武器を卸してたのは事実だしっ」


 顔を上げたら、国王まで笑うのをこらえたように、口もとを手で覆っていた。が、ぷるぷる身体を震わせているせいでちっとも顔を隠せてねえし。なにお前までにやにや笑ってんだよっ!


「ヒムロ、今から二百年ほど前、……正確には今から百九十七年前だな。どこでなにをしていた?」

「えっ、それは……、海の上にいた、と思う。たぶんまだ海賊に捕まってた頃だろうし」

「だろ? 革命戦争が起きた時、おまえは大陸にすらいなかった。《闇の竜》が俺の国を奪ったのはそれよりもずっと前のことだ。だからおまえは無関係なんだよ。ヒムロは大陸にいなかったし、《闇の竜》の構成員たちが持っていた武器におまえが作ったものはなかったんだから」

「…………あっ」


 国王の言わんとしていることがわかってきた。

 ギルヴェール国王が仇としている人物はすでに処刑されている。当時使われた武器は俺が制作したものじゃない。なぜなら、俺はその頃千影と出会う前だし、魔法具の制作だって始めていないんだ。


 たぶん、国王は俺の表情や耳と尻尾の動きを見て、気持ちが落ち着いてきたのがわかったんだろう。

 余裕の笑みを称え、「それにな」とさらに続けた。


「闇組織の構成員ならともかく、組織に物資を卸していた業者まで断罪していたのではキリがない。民衆がますます俺のことを怖い国王様だと噂するだろ。たしかに俺は《闇の竜》は憎いし今も大嫌いだが、仕事で関わったくらいで殺さねえよ」

「そう、なのか?」


 じゃあ俺は殺されねえってこと?


「ま、ケイの言う通り俺の言葉が足りなかったのは事実かもな。だがさっき言ったことに嘘偽りはないぜ? 俺はおまえの技術者としての手腕が欲しいし、他のどの国にも渡したくない。こんなものが隣国ゼルスから届いたとなっては、余計にな。勧誘してでも手に入れたいって思うだろ。国王様としては」

「こんなものって……」


 嫌な予感がした。

 懐に手を差し入れギルヴェール国王がテーブルの上に置いたのは一枚の紙切れ。よく見えるよう俺に向けられたその紙を見た瞬間、雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。


 でかでかと大きく書かれた俺の名前と高額の値段。その中央には特徴をとらえて本物そっくりに描かれた似顔絵。

 つまりそれは、俗に言う指名手配書というやつだった。

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