第十七話 誰がための
黒之助は向けられた言葉の意味と、オーナの素性を推し量った。
まず、先ほどイツナが名乗った際に見せた反応。
つまり、イツナが光携者であるという認識は予め持っていたことになる。
ならば彼女は他人の記憶を失っておらず、
これは既にイツナが問い掛け、本人も肯定していたため確定的だろう。
次は、イエミズが強いと言っていた守護。
黒之助は気づかれぬよう一瞬、無心となって彼女を目視してみた。
刀の加護が発するものとは別に、神気が立ち昇っているのが見える。
イツナに匹敵する輝きはないが、粒子の量は多く、確かに強力な守護である。
顔などの露出があるのは、守護が甲冑と障壁の混合型だからのようだ。
これはイツナやイエミズも承知の上、探りを入れていたものと思われる。
ただ、黒之助はもう一つ憶測を抱えていた。
天命で魔界にいるならば、彼女もまた、羅摩と同列の境遇なのかもしれない。
華尊がどのような存在か把握している節があるのも、その説を後押しする。
(……いや待てよ。羅摩さんは裏で皆を助けている感じの立場だったよな。加えて、何らかの制約によりイツナさんには過干渉ができなかった)
一方、オーナは"何人たりともここを通さない"と表明している。
そして彼女の瞳に宿っているのは、誰も門に近づけさせぬという決意。
おそらくイツナも、排除の対象に入っているとみてよいだろう。
しかしこの対峙は明らかに直接的で、意図的な干渉である。
単に羅摩とは目的や制約の内容が異なるのか、それとも。
(
オーナは華尊の出現に伴って門が閉ざされたとも言っていた。
事実であれば、この現状に天界の意向が絡んでいるのは想像に難くない。
――通行を拒んでいるのは、実質的にオーナでなく神々といったところか。
ではその神々が、全ての筆頭たるイツナの帰還を跳ね除ける理由とは何だろう。
(……まだ遂げられていない本懐がある?)
華尊は背負った天命を全うすべく、魔界に転移させられていると聞く。
それが完遂した今、彼らは元の人界に戻るのが当然の成り行きといえよう。
だが復路の転移は起きていないようだし、あまつさえ門は封鎖された状態。
残る可能性は、人界の明日を切り拓くという天命に含まれた、真意の取り零し。
これまでに得た情報を統合すると、繃源の無力化が必須だったのは間違いない。
ともすれば、そこまでは前座で、更にやるべきことがあるのかもしれない。
黒之助がちらと横を見ると、イツナも複雑そうな表情を浮かべていた。
(なんで……? オーナさんはわたしと同じ
天界と繋がる者は、多かれ少なかれ他者を助ける志を持つ。
仮に歩む道が別々だったとしても、同志による争いなど不毛でしかない。
逆に考えれば、彼女の向ける矛には相応の意義が伴っているのだろうか。
とはいえオーナの意志は神のそれを汲むもの。
イツナの意志とも、必ずどこかで繋がっているものだ。
ここで戦いを選ぶのは愚行に他ならない。
「待ってください! 貴女と事を構える気なんて……」
「わたくしとて別段、剣戟を望む謂れはありません。お引取りいただければ、この刀は鞘に収めます」
「それでは埒が明かない。先に申した通り、我々は一刻も早く三次元に戻る必要があるのだ」
「……
「? 藪から棒に、何を仰るのでしょうか」
「魔界の理は、既に正常化しているという話です」
「……いくらなんでも、それは荒唐無稽かと。皆様が転移してから、まだ一ヶ月ほどしか経っていないではありませんか」
「信じがたいのはわかりますが、決して嘘ではないのです。ただ、わたし達にも腑に落ちない点は多々ありまして。ちゃんと確かめるためにも、まずは門を通って天界に行かないと……そうだ、オーナさんも一緒に行きませんか?」
「…………」
彼女は思案顔で数秒間、俯いた。
ところが、構えを解く素振りは見られない。
「イツナ様にも色々と事情がお有りのご様子。ですが、わたくしは賜った神言を貫き、おのが天命を果たすだけです」
「そんな……!」
「イツナ、やむを得ん。某が突破口を開くから、先に戻っていろ。
「でも……」
「天人の対立なぞ誰も望んでおらんよ。それに、クロノスケ殿とギンはあくまで部外者。いま動けるのは某のみだ。わかるな?」
「……はい……」
「そなたらも、イツナに続いて戻られるとよい。いざこざに巻き込む形になってすまない」
「いえ、大丈夫です」
『隙を見て、あっちに行けばいいんだね』
魔に属する相手ならば、力を揮うのも吝かではないが。
オーナは、あくまで誠意で自らの役割を熟しているに過ぎないと見受けられる。
彼女に無心のエネルギーを当ててしまえば、否応無しに守護を剥がす結果となる。
それは多くの尊厳を冒涜し、
黒之助はイエミズの指示に従い、一旦この魔界からの離脱に専念することにした。
ギンは状況の無理解とは関係なく、オーナを攻撃する気にはなれないでいた。
"誰かを傷つけてはいけない"。
悪夢から覚め、隆正と再会した彼にとってその言葉は、もはや呪縛でなかった。
むしろ本当の意味で爺さんのいる場所へ到達するのに、まもるべき誓い。
今後、婆さんの時のように、避けられぬ敵と相対する局面もあるだろう。
しかし牙を剝くのは、不可抗力の悪意を制圧する際に限定するべきである。
そしてその勇気は少なくとも、オーナに対して向けるものではない。
彼女が誇り高き善の心根で立ち塞がっているのは、匂いでわかるのだ。
本能で正邪曲直を嗅ぎ分けたギンの瞳は、かつての曇天を払拭していた。
「イエミズ殿といいましたね。……わたくしを退けるおつもりですか」
「不本意だが致し方あるまい。……その構えと気迫を見るに、ここいらの魔族を一掃したというのはハッタリではなかろう。貴殿のような猛者が門番の大役を担っている以上、後ろには相応の神意も窺える」
「そこまで思い至り、なお仇なすなんて……貴方が信じるものへの造反にはならないのかしら」
「知ったような口を利きなさる。某は腐っても陰陽師だ」
「……いいでしょう。お相手つかまつります」
イエミズが見立てた彼女の力量は概ね正しかった。
直近まで魔界を支配していた理は、魔族間における闘争の規模を抑えていた。
互いに手傷を負わせられぬ攻撃魔法を、彼らは魔力の浪費と弁えていたからだ。
もし何らかの火種が戦いに発展した場合の有効打は、物理的な攻撃に限られた。
(魔界は北に行くほど魔族が強い傾向にある。この一帯に生息している奴らは膂力にも体術にも秀でた歴戦の個体ばかり。神を味方につけているにせよ、それを人の身でありながら根こそぎ討ち取ったのならば、彼女の剣は他の追随を許す領域にあらず……某が対抗し得る手段は決まっているな)
彼は再び懐に手を入れると、血の入った小瓶を取り出して栓を抜いた。
これを扇子の地紙に垂らし、禍々しい紋様を描く。
その赤黒き紋様は宙へと舞い上がって、周囲の空間を歪ませた。
すぐに、
一瞬オーナは鼻白むが、冷静に特徴を捉えて正体を見破った。
「
「ああ、某と同調する物好きな式神だ。尻尾は七つ、簡単にはやられんぞ」
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