間話7

クウェンこっちはどうだか知らないが、カルマじゃあ戦争にくみしない術師は術師狩りの対象だった。師匠は追手の招来獣しょうらいじゅうに脚を食いちぎられた。これ以上は逃げられないから殺せと言われて、俺はその言葉に従った」


 淡々と話される内容にアンティが小さく息をのむ。ゲルディークはちらりとアンティに左目を向けた。

「だからあいつが弟子を取ったと聞いた時、嫌な気分がした」

「ゲルディさん……」

「あいつも独り立ちする前に師匠と死に別れたって聞いてる。あんな性格だし、もしものことがないようにと思ってついて来たんだが……」

 ため息を吐くゲルディークを見て、アンティは戸惑いながら尋ねる。


「どうして、僕にそれを?」

「そんなの、自業自得だからさ」

 鼻を鳴らしたゲルディークがポケットを探りながら言う。

「あいつに迷惑かけちまったし、お馬さんにも借りを作っちまった。それに俺、お前のことも殺しかけたんだろ。もしそんなことになってたら二度とあいつに顔向けできなかった」


 だから、とゲルディークが防水革の小さな包みと親指の先ほどある水精石すいせいせきの結晶を一つ、アンティの前に突き出した。


つたの花の種。オオカミグマの時より強度を増してある。使い方は知ってるよな、水とトフカ語で発芽する俺の研究成果だ」

 アンティが目を見張った。鳶色とびいろの瞳が真摯しんしな眼差しでアンティを見つめる。

「これと、お前と、お馬さん。それにあいつの篭手を使えば湖周辺は制圧できる。サリエートも”還せる”はずだ。俺の計算ならな」

「でも、ゲルディさんは……」

「俺は結界を張って身をひそめてる。そういうのは慣れてるし」

 心配そうなアンティの気配を察したのか、ゲルディークはやや困ったように笑った。

「お前さ、なんか少しずつ師匠に似てきてるよな。大丈夫だよ、そんな顔されてるより一人で虫にでも這われてた方が気が楽だ」


 ゲルディークがポケットから一粒の種を取り出す。側に置かれた水筒から水を一振りすると軽く息を吸った。


『──目覚めざめ、ばせ、標辺しるべはな


 ゲルディークの手の上で一本の花が咲いた。

 月明かりを受けて淡く輝く、薄紅色をした花だった。ゲルディークはそれをアンティに押しつける。


「あいつの襟に印を付けておいた。この花が示す方向に進めば、夜明け前には追いつけるんじゃないか?」

 アンティは驚いた顔を向けた。ゲルディークは軽く唇に指を当てる。

「ここだけの秘密。あいつには黙っててくれ」

「は、はい」

「危険だなんだとあいつは渋るだろうが、説得するなら思ったことを全部言ってやればいい。お前が真剣に伝えればあいつは絶対に話を容れる。流されやすいやつだからな。……それと」

 ゲルディークはふと思い出したように言った。

「この機会にちゃんと伝えてやれよ」

「何をですか?」

「お前のこと」


 きょとんとしたアンティを、ゲルディークはどこかくすぐったそうな顔でのぞき込んだ。

「あいつは肝心なところが本当に鈍いから、お前から言わなきゃいつまで経っても気づかねえよ。……それでようやく、お前らも師弟として上手く噛み合っていくんだろうな」

 何を思い出したのかゲルディークはおかしそうに笑うと、アンティに向かって言った。


「師匠のこと任せたぜ、アンティ・アレット」

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