助言
間話6
浅い眠りについていたアンティは、トレンスキーたちが川辺を発つ音にはっと目を開いた。次第に遠のいてゆく蹄の音が完全に聞こえなくなると、そっと起き上がって暗い川の向こうに目を向ける。
その顔には抑えきれない不安ともどかしさが浮かんでいた。言葉にならない思いはやがて深いため息へと変わった。
「……子犬ちゃん」
少し離れた先で横になったままのゲルディークが声をかけた。寝起きの揺らいだ声ではない。しばらく前から起きていたのだろう。
「ゲルディさん、……具合は大丈夫ですか?」
「ちょっとはましになったが、相変わらずだ。それより……」
「どうして言わなかったんだ?」
「え……?」
「お前の師匠にだよ。自分は大丈夫だから、一緒に連れてってくれって」
アンティはぎゅっと両手を握って黙り込む。ゲルディークは小さく息を吐くと、右手を支えにしてゆっくりと体を起こした。
「ゲルディさん、まだ起き上がらない方が……」
「それじゃお前、いつまで経ってもあいつらを追いかけられないだろ。……ああ、頼りの綱がこんな子犬ちゃんだなんてな」
上体を起こしたゲルディークが気だるげに懐を探る。革袋から青く澄んだひとかけらを取り出すと無造作に口に含んだ。
「ゲルディさん、それは?」
「
その言葉にアンティはびくりと体を固める。少し迷った後でそっとゲルディークに問いかけた。
「その、どうしてゲルディさんは、……そんなことをしたのですか?」
なぜ自分と植物を混ぜたのか。聞かれたゲルディークは不快そうに眉を寄せたが、
「……そうしなけりゃ生き延びられなかったってのもあるけど。やっぱり、お花さんは俺の理想だからだよ」
アンティは困ったように首をかしげる。
「理想、……というのは。そんなにも大事なものですか?」
「人による。俺は、どうでもいい他人のどうでもいい思惑に飼い殺されるくらいなら、自分の理想に生かされて死んだ方がましだと思った。今だって後悔はしてない」
言ったゲルディークは小さく鼻を鳴らした。
「……まあそうは言っても。結局俺は焦がれるだけで人にも花にも、竜にも成れねぇまがい物なんだけどな」
アンティはきょとんとした目をゲルディークに向けた。
「竜、ですか?」
「子犬ちゃん、もしかして
意外そうに問われたアンティは戸惑った顔で言った。
「知らないです」
「そっか、けっこう有名なんだけどな」
「ゲルディークってのはさ、昔話に出てくる邪竜の名前だよ。世界を滅ぼそうとした悪しき竜。自らの師匠を殺してその知識を奪った、師殺しの竜の名前だ」
金色の目を見張ったアンティにゲルディークは苦笑してみせる。
「師匠もさ、よくそんな名前を弟子の俺にわざわざ付けようと思ったよな。本当に、
「ゲルディさんの、
「俺が殺した」
苦い笑みを浮かべたまま、ゲルディークは言った。
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