第十五話 ・これからのわたし
暦の上ではもう初夏に当たるらしく、日が昇るのも随分と早くなってきたと思える今日この頃。
自己主張の強い朝日に、若干の鬱陶しさを感じつつも、新居の庭先で私は最近の出来事を整理していた。
ここ数ヶ月の事で、一番の衝撃といえばやはりこれだろう。
まさか、先生が既婚者だったとは……いや、まぁ、別にそれがどうしたって話なんだけどさ。
別に、私におじ様属性とかないし、先生に対する感情は親愛とかそんな感じだし。
しかし、私生活には特に影響はないらしいが、もう剣を振るうことは出来ないという先生の今後を心配して、私なりに就職先を考えたところで否定されちゃったからビックリしただけだし……就職先とは言っても別に永久就職とかの話じゃないからね。
とにかく、先生は私のもとを去り、私の日常は随分と様変わりした。
先生がいなくなってしまったからって、剣術の修行をさぼるつもりはないが、やはり以前と比べれば、効率面は落ちてしまっているように思う。もう以前のような集中力で修行に取り組むことは叶わないだろう。
その代わりというわけではないが、魔物狩りの方はかなり順調である。
ダメもとでお父様に『魔物の脅威に怯える人々の役に立ちたいのです』と、言ってみたところお父様は意外にもコレを快諾。最近はアクアと共に、各地に飛び回り魔物狩りに精を出しているのである。
お父様によると、ここ数年、魔物の被害が増加しているらしいので、人手は多いに越したことないらしい。おそらく、魔王出現の予兆である魔物の活発化が、私の糧になり結果的に魔王の首を絞めることになるのだから皮肉な話だ。
まぁ、魔王に同情するつもりはさらさらないので、今のうちに大量の経験値を溜め込ませてもらけどね。
今回始まった魔物狩りは、今でのものとは違い大幅に効率化されたものとなっている。
その一番の理由は、やはりアクアの存在が大きいだろう。
私達は冒険者ギルドと連携することにより、魔物の活動が活発な地域を調べ、そこに到着すると現地の冒険者達が魔物の誘導を行う。
この際、魔物を誘き出すのに使用される特殊な秘薬(魔力のこもった薬品)は全てアクアのお手製である。
水と闇を司る守護精霊であるアクアが制作する秘薬は、市販の秘薬とは比べ物にならない効果を発揮し魔物の正気を奪う。
それにより、灯に集まる羽虫の如く魔物が集まったところを私が魔術で一掃する。
ここから魔結晶の採集が行われ、採集された魔結晶のおおよそ三割が冒険者ギルドに渡り、そこから参加した冒険者達に再分配されるらしい。尤も、そのへんの交渉は全てお父様に任せているので私は余り詳しくは知らない。
一つ言っておくとすれば、採集された魔結晶の内一割は換金された後、私のお小遣いになっているらしいんだけど、結構な金額がたまってきている。アクア曰く、そろそろ市街地に立派な一戸建てが立ちそうな金額らしい。
昔の私は魔結晶の存在を知らなかったので、回収していなかったが、随分ともったいない事をしていていたものだと思う。まぁ、今後幾らでも集められそうだから別にいいんだけどね。
それはそうと、アクアは私の想像以上に優秀であった。
彼女には秘薬の作成だけではなく、戦闘のサポートもお願いしてるんだけど、正に完璧というに相応しい活躍をしてくれている。
まるで私の考えが分かるかのように、絶妙なタイミングで援護してくれる。
その上、防御面は殆どアクアに依存しているんだけど、私が魔物狩りの途中に負傷したという事は一度もない。更に守護精霊である彼女は、魔法が使えるのだ。
魔法は魔術とは違い、体内の魔力と大気中のマナを混ぜて発動させるハイブリッドなので大変燃費がいい。純粋な魔力総量では、私達の間で相当な開きがあるようだけど、アクアも私のペースに十分ついてくることができている。それは体力面でも言えたことで、水の回復魔法を使える彼女は息切れ一つせずに戦闘に参加している。
戦闘面の優秀さも然ることながら、アクアはメイドとしても大変優秀である。
痒い所に手が届く女とでも言っておこうか、欲しいものが欲しいときに用意されていのだ。
いや、現在進行系でアクアはその優秀さを発揮している。
一人で庭に出たはずだったんだけど、いつの間にか私の座る椅子の側には日除け用のパラソルが立てられており、まるで初めから用意されていたかのようにテーブルにはアイスコーヒーが注がれている。一口コーヒを口に含むと、独特の風味を持った苦味が口の中に広がり意識の覚醒を促してくる。
うむ、美味い!
アクアは気が利くだけでなく、料理の腕も抜群であるのだ。
彼女の作ったものは何でも美味い。
それこそ紅茶やコーヒーなどの飲み物から、シチューやパスタなどの家庭料理に、果てはケーキやクッキーなどのお菓子類まで、頬が蕩けそうになるほどに美味い。
これはもうあれだな、アクア蕩れだな。
私の見立てによると、その秘密は彼女が開発したと思わしき万能調味料『アクア汁(メルル命名)』にある。
香水を入れておく瓶のような容器に入ったそれひとふりすると、あら不思議。素材の味が一段と引き立ったり、後味がまろやかになったり、なんでも有りなようだ。
ここで一つ勘違いしてはならないのは、あくまでアクア汁は料理の味を引き立てるものであり、アクアは純粋な料理の腕も超一流クラスであるということだ。
普通に、そのへんの草にアクア汁をかけて食べた事があるんだけど、とても食えたものではなかった。
そこはかとない憤りを感じた私は、雑草を美味しく料理するようにアクアに無茶振りをしたところ、彼女は雑草を見事なパスタにしてみせたのだ。緑色の麺に戦慄を覚えたものの意外に美味しかった。
今では、雑草パスタも私のお気に入りメニューの一つである。
ほんと、アクア汁の正体は何なんだろう。
多分秘薬の一種になるんだろうけど、その製造方法は私にはわからない。秘薬の調合とかは水系統の分野だしな。
私がいくら頭をひねってもわからなそうだし、直接本人に聞いてみるか。
「ねぇ、アクアがいつも料理にかけている。アレって、何でできてるの?」
「愛です!」
そうか、愛か。
アクア汁は随分と哲学的なものでできているらしい。
「えっと、具体的に原材料を教えて欲しいんだけど」
「……私です。私で、できています」
「うん、ありがとう。もういいわ」
アクア汁の製造方法は企業秘密らしい。
なに、誰にだって秘密にしておきたいこともあるさ。
俺氏が視ていた料理番組でも、頑固なラーメン屋のオヤジが『このスープの秘密だけは教えられねぇ!』とか言っているのを見たことがある。アクアほどの料理人になると、何らかのこだわりだってあるのだろう。
とりあえず、アクア汁のことは放っておいて、秘薬繋がりで思い出した魔導触媒のことでも考えよう。
私は、例の魔導触媒を要求する。
「アクア、あれとって来て」
「かしこまりました。不死王冠はこちらに」
「あら、もう持ってきてたの、流石はアクアね」
「恐れ入ります」
アクアが胸元をまさぐると、明らかに物理法則を無視したかたちで不死王冠が取り出され、机の上に置かれる。これが彼女の闇系統の能力、彼女は異次元空間を創りだすことが出来るらしい。
そして、アクアが創り出した異次元空間は人の死角になるところであれば、どこにでもゲートを開けることが可能である。前回はスカートの中、今回は胸の谷間。
よし、次回は脇の下から出してもらおう。
ちなみに、特にオーダーをしていなかったら、掌から物を取り出してくるのであまり面白味はない。
悪ふざけも早々に、本題に移るとしよう。
机の上に置かれた不死王冠に両手をかざし、魔力を込める。とは言っても、手をかざすだけで勝手に魔力が流れ込んでくれるというわけではない。
感覚としては、無詠唱で魔術を発動させるときに近い。
体内の魔力の流れを知覚し、それを敢えて意味のない形のまま体外に送り出す。
これは、私なりの解釈だが、例えるなら魔術は一枚の絵だ。
魔力が絵の具で、詠唱が下書き、無詠唱は下書きなしの一発書き。
魔力には属性にあわせて、それぞれの色がある。
しかし、体内を流れる純粋な魔力は無色透明で、だからこそ何色にも変化させることが出来る。また、大気中のマナにも同様のことがいえるらしいが、私はマナを知覚できないために、その感覚はいまいち理解できない。だから魔法が使えないわけだ。
ちなみに、人が色に好き嫌いを覚えるのと同じで、魔力の色にも好き嫌いがある為に苦手属性や得意属性が人それぞれ存在する。
まぁ、解釈は人それぞれだろうが、確実に言えることは魔術にしろ魔法にしろ、決められた型が存在し、それに則った形で魔力を放出することにより初めて世界に影響を現す。
だが、今回のように物に魔力を込めようとするときは勝手が変わってくる。
何しろ型は、物質として既に存在しているのだ。
ならば、どうすればいいか、答えは簡単だ。
魔力に好きな色だけをつけて、送り出してやればいい。
絵を描くのではなく、絵の具を原色のままぶちまけてやるのだ。
この作業は人によっては、いまいち感覚が掴めず大変難しいものに思えるらしい。
特に一つの属性を決めて、その属性だけを混じりけなしに込めることが出来るのは、一国に数人程度しかいないのだとか。それこそ、私にはピンと来ない話である。
今回込める魔力は闇系統だから、アクアのパンツの色でも考えながら流しこんでいこうと思う。
きっと彼女の下着は黒で統一されていると思うのだ。
キリッとした顔立ちの美人さんには、黒色の下着こそが至高である!(断言)
私の掌から黒色の『闇系統』の魔力が溢れ出し、不死王冠に流れ込んでいく。
色あせていた不死王冠が、徐々に黒く染まっていくのがわかる。
暫くの間魔力を送り続け、倦怠感を感じ初めたらやめる。
今日で不死王冠に魔力を込めるのは三度目になるが、まだまだ入りそうな様子だ。
聞いた話によると魔導触媒には、その物に合った系統の魔力であればある程、よく馴染み、より多くの魔力を注ぎ込む事が出来るらしい。
たまたま、私の得意系統が闇だっただけなんだけど、どうにも相性は抜群のようだ。
もしかして、これが運命というものなのかも知れない。
いやいや、リッチロードが運命の相手だとか、誰得なんだ。
やはり、私の運命の相手といえばフェイちゃんとか……フェイちゃんとか! フェイちゃんだろう。
彼女とは約束どおり、手紙でのやり取りを続けているんだけど、正に運命を感じずにはいられない出来事が最近あったのだ。
話によると彼女は、とある学園に入学する予定であるらしい。
「アレ、持ってきてアレ!」
「かしこまりました、推薦状ならこちらに」
「ありがとう、ひたすら仕事が早いわね!」
「恐縮ですよ、お嬢様」
一通の手紙が、私の手に収まる。
この手紙は、かの高名な『ブルスベル魔導学園』から私宛に届いた推薦状だ。
もともと学園自体には興味があったが、そんな暇はないと、諦めていた私だがブルスベル魔導学園だけは別である。
なにしろ、ブルスベル魔導学園には私が尊敬する人物が二人もいるのだ。
一人は魔の道に於いて私の先をいき、一人は武の道に於いて私の先をいく。
二人はプリキュア! ……じゃなかった。
二人は生きる伝説『大魔導師デモン・ハルバート』と『竜殺しガイル・ハルバート』この二人に教えを請えるというのであれば、それは大変有意義なものになるだろう。
更に私は、特別生扱いになるらしく、授業料免除に授業免除のおまけ付き。
つまり、学園に通いつつも魔物狩りは継続できるのだ。
ブルスベル魔導学園の整った設備は使い放題。
授業は受けたいものだけ受け放題。
魔物も狩りたい放題。
同世代の女の子達と、キャフキャフし放題のやりたい放題。
天は我に味方しせり、早くも学園生活に対するモチベーションは有頂天だ!
珍妙な言い回しも早々に、私の学園生活は実際、まだまだ先のことである。
約三年後、私はブルスベル魔導学園に入学することとなる。
手紙には今すぐにでもと、大変熱意溢れる言葉が添えられていたんだけど、私の学園生活は三年後に決定した。
なんでかというと、本来の受験資格は十一歳かららしい。
特別生には、そんなことは関係ないらしいが、それでは一般入試で入ってくるフェイちゃんと、同級生になれないじゃないか。
それに、変に飛び級的な感じで入学したら、いじめられそうだ。
面と向かって文句を言ってくる相手ならば、話し合いか殴り合いで解決できそうだけど……。
私は知っている。
女子のいじめは陰湿で悪辣なのだ。
きっと、トイレに入っていたら牛乳をかけられたり、机の上に猫の死骸が置かれたいするんだ。
ソースは、前世で見たテレビドラマ。
気の弱い主人公はどんどん追い詰められていき、やがてーー。
うぅ、欝になってきた、もうやめよう。
私には、フェイちゃんがついている。
きっと大丈夫だ、あのパーフェクトロリと友達なら、いじめられたりはしないさ。
不安はある。
でも、それ以上に楽しみでもある。
学園、つまりは学校。
前世では碌な思い出はないものの、今の私なら上手くやれそうな気がする。
学園生活を通して、私は一つ前に進めそうな予感がするのだ。
ちなみに、アクアも特別生としての入学を狙っているらしい。
四十二歳だけど、大丈夫かしら。
「勿論ですよ、お嬢様!」
な、心を読みやがった!?
こうして、私と不思議なメイドの時間は楽しくも確実に流れていく。
三年後の自分がどうなっているかなんて、分からないが、今確実に言えることが一つだけある。
ーー拝啓 神様。
おかげさまで誰も死なずに済みました。
セバスも、先生も、そして私も、今日を生きる事が出来ています。
それだけで、私は幸せです。
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