第8話 ぎんの髪の少年②

 町に並ぶしっかりとした造りの建物と比べると、素朴な木造建ての一軒家は、周りの風景に溶け込んでいて温かみを感じます。


「入って。いま明かりをつけるね」


 足元を確かめながら階段を三つほどあがって扉を開きます。今しがたまで火をいていたとみえて、ほんのりとした温もりが室内に残っていました。


 天上から吊り下げられたランプに火を灯すと、その下にあった大きな木のテーブルを中心に、部屋が見渡せるほどには明るくなります。


「可愛いおうちだね」

「そう? ありがとう」


 三人が入室したところで、夜の冷気から逃げるように入り口を閉じ、そちらにかけられたランプにも火をつけます。

 料理場にも同じようにして最後に暖炉に熱をともすと、ぐっと視界が広がりました。どうやら奥にもう一部屋あるようです。寝室でしょうか。


「どうぞ」と椅子をすすめられ、ミモルはエルネアと隣り合って座りました。

 ここに着くまでに、驚いたことに彼が一人暮らしだと聞いていたので、余分な椅子いすがあるのは不思議に思えます。


 疑問を口にすると、「時々お客が来るから」という応えが返ってきました。エルネアが言います。


「そういえば、森で迷った人が来るって言っていたものね」

「うん。この森はそれほど深くはないけど、似たような場所も多いし、慣れないと混乱するからね」


 ニズムは暖かい紅茶を振舞ふるまってくれました。口元へ近づければ、明るい色のお茶からはふわりと花のような甘い香りがします。


「良い匂い。……うん、美味しい」

「気に入ってもらえたみたいで良かった」


 向かいにもう一脚ある椅子に腰をおろしたニズムが、テーブル上のミルクつぼと、黒い角砂糖を載せた皿とを差し出してくれます。


 ストレートも美味しいのですが、ミモルはミルクティーでも味わいたいと、どちらもそれぞれ少量ずつ貰いました。

 四角い砂糖をスプーンの先でつつき、溶けていくのを眺めるのは心地良い気分です。


「紅茶、好き?」

「うん。いろんな香りや味がするのが楽しいよね」


 お茶請けに添えられたクッキーにも手を伸ばします。かりっとしたこの食感は手作りでしょうか。控えめの甘さが紅茶によく合いました。

 隣では、エルネアがその様子を暖かい眼差しで見ています。


「エルネアさんもクッキーをどうぞ」

「……いえ、せっかくで悪いけど私は遠慮するわ。紅茶はありがたくいただくわね」


 はっとして、ニズムは差し出した手を引っ込めました。


「もしかして……水、出しましょうか?」


 どうして、という言葉を二人とも発することが出来ませんでした。

 ミモルも初めはとても驚いたものですが、天使は人間にはない優れた感覚と能力を持っている代わりか、五感のうちの「味覚」だけが欠如しているのです。


 口にするのは水分だけ。彼の科白せりふは「エルネアの正体を知っている」という意味に違いありませんでした。


「実は、僕もミモルと同じなんです」

「同じって……」


 三人分の紅茶から立ち昇った湯気で、室内は花の匂いに満ち始めていました。

 ニズムはカップを両手で包み込むように持ち、落ち着いた口調で言います。ちょっとした告白を楽しんでいるかのようでもあります。


「じゃあ、どうして一人でここに?」


 答えの代わりに、ニズムはおもむろに立ち上がると、奥にあった扉に手をかけます。

 ミモル達も誘われるように覗き込めば、そこには確かにベッドがあるにはあったのですが、およそ寝室とは呼べない部屋でした。

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