第二十章:最後の晩餐
決戦後の社長の家で、パーティーが行われた。
「わあぁあぁあぁあぁあ」
「ダメです、お姉様を隔離してきます!」
ベルンさんと社長が席を立って三十分が経った。
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ」
私とエトさんの会話を聞いて、未紅が振り向く。
「ルディアとエトさんって声似てるわよね。どっちか分からないわ」
「声じゃなくて喋り方が似てるんじゃないですか?」
「たしかに」
夕ご飯は豪華だった。まだ全然残ってるし、未紅もまだまだ食べるだろうから、しばらく楽しめそうだ。
「シンさんはどれくらい食べました?」
と、聞いたところで少し手を引いてしまった。
シンさんは、目前父親を失った。
一瞬の敵だったからだろう。私たちにとってはほとんど”死の実感”がなかったが、彼はかけがえのない家族を失っている。それで特に未紅は神経質になっているんだろう。
天井を見上げたまま答えた。
「いいんだ。バカ親父だし」
「いいんですか」
「俺が社長側についた時点で、覚悟はしていた。まあ、ちょっとだけ、情が湧かないでもないが」
シンさんはグラスのビールを飲み干した。
「俺たち、昔は劇団だったんだ。俺は機材系を丸々担当しててさ。そもそもここに来た理由も、家出だったんだ」
「家出ですか」
「あたしも今家出中よ!」
「おう、仲間だな」
シンさんにしては珍しい、おぼろげな瞳だ。あの覇気のある声は、今だけはなかった。
「後悔もしてねえし悔しいとも思わねえ。でもな、昔亡くなった母さんのことを思うと、なんで家族でこんなことしてるんだろうって思うんだ」
「大丈夫よ!お父さんもお母さんも仲良くやってるわ!」
「そうか?」
「多分!」
未紅はピザを頬張りながら必死に慰めている。彼女なりの思うところで、彼女なりの方法で。
「そうかもな」
報われないような気がしなくもない。でもそれは私の杞憂に過ぎなくて、現に彼は今、未紅の姿を見て、笑っているのだ。
「嬢ちゃん、家族は大切にしとけ」
「うん…そうだね」
ベルンさんが復帰した。
「お姉様、寝ました」
「そうか」
エトさんがさっきから何も食べていないことに気づき、おひとつどうですか?と誘ってみたものの、
「あんまり普段からご飯を食べないもので。皆さんご自由に食べてもらって構いませんよ」
「へえ。普段はどんなものを?」
「うーん…血とか?」
「血ィ!?」
未紅が飛び上がる。
「嘘です」
「はあぁあぁ」
エトさんは、すごく素敵な人だ。私もあんな風になれたら、なんて思う。
私とそう歳が変わらないはずなのに、ずっと大人で、物知りで、強い。
もし私が最初から、もっとしっかりしていたら?
「ルディアさん、ちょっと外の空気吸いに行きません?」
「…もしかして、気遣ってくれてますか?」
するとエトさんはこほん、と咳ばらいをして、わざと大きい声で言った。
「ああー私、外の空気吸いたいなー」
「すいません、行きますよ」
屋上に出た。社長の家の屋上に来るのは初めてだ。
「エトさんって、意外と愉快な方なんですね」
「そうですか?うれしいです」
あんまり褒めてませんよ。ひやひやします。
「ここ、普段は夕日が見えるんです。昔いた劇団の事務所の屋上からも、綺麗な夕日が見えて。覚えてますか?あなたがひとりで宇気比町を彷徨っていたとき、夕日を見たでしょう?」
「はい」
「あそこ、オーナーはあなたのお師匠さんですよ」
「そうなんですか。なんだ、意外と満喫してるんですね」
「はい。楽しそうでした。でも、私は彼の全てを理解しているわけじゃない。おそらく、あなたほど理解してないです」
「でも、いた時間はエトさんたちとのほうが長いですよ?」
エトさんは、ふふふと可愛らしく笑った。
「逆に考えてみてください。何千年も何万年も旅してきて、色んな人と会って過ごしてきたのに、最後の最後まであなたのことを気にしていました。彼にとって、あなたほど大切な人はいなかったんじゃないですか?」
「……そうなんですね。私、どうしてこの世界に来たか、分かったような気がします」
「どうしてですか?私も知らないので、ぜひ教えてほしいです」
「私、師匠を見送った後は自分で死んだんです。いずれにせよ私は、元の立場には戻れないと思って。でもきっとそれは間違っていた。彼のためにも、もっと頑張るべきだった」
「ためにも、っていうのが、いかにもリアリストのルディアちゃんらしいですね」
「クラウディオにはきっと他にも目的があるんです。私があのとき死んではいけなかった理由があるはずです。けど…」
ただ生き返らせるだけでは駄目だったんだ。
それではきっとまた、生き返った途端に自殺してしまうだろうから。
彼の目的は、この世界で「生きる意味を見出させること」。
「見つかりました?生きる目的」
「ええ…まあ、なんとなくは」
「大丈夫なんですか、それ」
私たちは笑い合う。
「未紅ちゃん、良い子ですよね。あんなになりながらも戦って、いっつも勝っちゃうんですから」
「はい。私の大切な友達です」
扉が開いた。
「おぉおぉおぉおぉい」
「まずい、社長さんが脱走してる!酔った社長さんは琥珀さんにしか止められない!」
「おーい、ベルンさーん!」
まだ何か、もやもやする。
エトさんは、ドレスさんに言われてあの場所に駆け付けた。
ということは、ドレスさんに言われるまで、あそこに行くつもりはなかったし、そもそも行く必要もなかった。
エトさんにとっても、あの篠谷有裏との戦いの中には何か”予想外”があった。
今回、全てに於いて上回っていたのは、クラウディオの策略だった。
夜波藍端も篠谷有裏も、数十数百年単位の計画を綿密に立てて進めていたが、それでも観測者クラウディオの手中からは逃れられなかった。
そのクラウディオと連絡を取っていたエトさんが「予想外」を口にするなどありえない。
あの場にはイレギュラーがいた。
たしかにドレスさんは、自分自身をイレギュラーだと呼んでいた。
だがそれは、並行世界論に作られた人の成りとしてのイレギュラーであって、存在することそのものはエトもクラウディオも知っていたと見える。
本当に?
「エトさん」
私は隣にいるエトさんに“あるもの”を見せた。
「“これ”が何か、知っていますか?」
エトさんは、腑に落ちたような、でも彼女にしては珍しい唖然とした表情を浮かべて、断言した。
「…………いいえ、分からない。クラウディオも知らないと言っています」
「やはりそうだったんですね」
ああ、そうだ。
消去法的に考えれば、最初からそれしかありえなかった。
「エトさん、皆さんによろしくお伝えください」
「未紅ちゃんは呼ばないの?」
「はい。私が決着をつけてきます。もうここから、“誰も知らない世界になる”」
その意味は、その名を読んで字の如く。
夜波藍端も篠谷有裏もクラウディオもエトさんも想定していなかった、最大規模の災厄。
それはきっと、向こう側から認識の干渉があったこともあった。
だがやはり最も大きかったのは、そう思っては「事を進められなかった」ことにあった。
もしそう信じてしまえば、詰んでいた場面があったのだ。
…いや、違う。違う違う違う違う違う!
そんなことはなかった。逆だ。彼女は今までほとんど私たちのアクションに干渉していない。
そうだ。同じ”観測する者”だったエトさんの存在そのものが、”黒幕”の存在に違和感を感じさせないための、強力な後ろ盾だったのだ。
今は気づいた。それよりも遥かに強力な光を何度か浴びて、ようやく目を覚ました。
いるだけだった彼女は…。
もう一人の観測者だった彼女は、一体何者なんだ?
「ねえ、來さん」
「あれ、この時間はみんなでパーティーをしているはずでは?」
「抜け出してきちゃいました。なんか落ち着かなくて」
そうだ、來さん。
あなたが黒幕だったんだ。
「僕が黒幕、ですか。どうしてそう思うんです?」
「クラウディオやエトさんからの言葉の断片を諸々考察して…というところです」
「ルディアちゃんにしては喋りたがらないね」
「喋りますよ。ええ、私はエトさんとクラウディオとの会話でまだ敵がいることに気づいた。素性を隠し続けている者がいる、ということです。神様に予想外など、それを隠し通せるだけの術者が意図的にやっているとしか考えられません」
「うん。それで?」
「さっき、これをエトさんに見せたんです。覚えていますか? これは最初に來さんと会ったとき、あの空飛ぶ幽霊船から盗んだ、船の核となっていた杖です。実はずっと持っていたんです。これを見せたら、エトさんもクラウディオも知らない、と言っていたんです」
「たまたま見てなかっただけかも。それに、エトちゃんは未紅ちゃんとルディアちゃんに幽霊船を探せって助言しています」
「そうですね。幽霊船は見えていました。隠せなかったんでしょう? 來さんの“蛇帯”が強すぎるせいで」
「それじゃあ、僕が見えていなかった根拠として薄いんじゃない?」
「では次に、幽霊戦のことを知っていたとして。今度は、エトさんが言っていたイレギュラーとは何か?つまり“見えないものと知っていながら、予想はしえなかった存在”。彼女はあそこに来たことそのものをイレギュラーと呼んでいた」
「それは、ドレスさんのことですよね」
「そうです。だからあなたが犯人なんです。ドレスさんを“操っていた”のは、あなただったんでしょう?」
「違いますよ~。だってドレスさんが僕の師匠で、僕が弟子……」
「いい加減解いたらどうですか。蛇帯とは関係無く、あなたの本心を」
蛇帯が邪心を吸うことと、悪心を抱えることは、別の話だ。
彼女は邪悪を消して善になったのではない。邪悪を消して「潔白な悪」に変わったのだ。
「ドレスさんは、あなたのことを大切にしていたのに」
「僕も大切にしていましたよ」
「弱さを演じていたのが、あなたの本性か」
「刑事ドラマみたいなこと聞きますけど、どのあたりから気づきましたか?」
「実は、ジャニクルムの幻覚の中で」
「あれ?ミスしたっけ?」
「はい。來さん、朝食に水銀を出しませんでしたよね?」
「……あ」
あの幻覚はあくまで理想の世界を描いた幻覚だった。
人が変わったりはしないし、私の能力は変わらない。私の水銀魔術は失われていなかった。
でもあのとき何故か、普段から頼んでおいたはずの水銀は朝食には出てこなかった。
「夜、確認しに行ったんですよね。台所。そしたらちゃんとあるじゃないですか」
「出すの忘れちゃったのかも」
「まさか。確認しましたよ」
彼女はあの幻覚の中でなぜか記憶と意識を持っていた。
ジャニクルムの霧の能力は、來さんも知らなかった。
だから勘違いして、勝手に私から水銀魔術がなくなったものと思っていたんだ。
「それじゃあ、これが最後だね」
「ええ。ドレスさんたちの献身のおかげで、あなたの能力もようやく分かった。人を操る能力......いえ、操るのは人だけじゃない。あなたは実在する“神”さえ操れる。。そしてそんなことが可能な存在は、私の知る限りただひとつ」
「マリオネットの幻想種、それがあなたの正体です」
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