第十九章:友達②
有裏は唖然とする。
「簡単だろ?私の友達は死なないんだ。絶対に」
そのとき、ふと脳裏に浮かんだ言葉があった。
はじめて社長に会ったとき、お願いされたこと。
「私と友達になってほしい」
「私の友達は絶対に死なないし、私は友達がいる限り絶対に死なない。つまり、、私たちは死なないってことだ!」
子供っぽく、だからこそ堂々とした立ち振る舞い。篠谷有裏は声を引きつらせた。
「まさか、そんなバカげた能力が…」
「君の内臓破壊は、相手の体内に潜り込まなきゃいけないから、全員同時に殺すのはムリ。だから詰みってことだよ」
「いいやまさか、それならやはり世界を終わらせて…」
「だからさ。今それが阻止されたの、忘れたの?」
そうだ。
そっちについてはまだ疑問が残る。
一体このエトさんという少女は、何をしたんだ?
「ちなみに。私の”友人を不死にする能力”は、かつて幻想種との大戦があったときのメンバーが全員揃ってないと発動できない、っていう制約がある。でもここにはちゃんといる。私と、元は琥珀だったベルン、シン、エト、そしてBeの影法師として生まれたドレスさん、そしてルディアの心の中にいるトオル。これで全員集合だ。まさかあのメンバーが、こんな形で揃うとは」
「はい。私もドレスさんの声掛けがなければ、ここに来れませんでした」
エトさんを呼んだのは、ドレスさんだったのか。
「でも、ドレスさんはいないわ」
未紅が小さい声で言った。
「ドレスさんからは以前言われていたんだ。もし何かの拍子で死ぬことがあったら、そのときはそのときだから、って。だから私は、彼の死には干渉しない」
「そう……」
でも、彼は立派に戦ってくれた。
そのおかげで、私たちもここにいる。
「ちゃんと意志はここにある。残ってるから」
社長は未紅を励まし、有裏を見据える。
「さあどうする? あなたが全能を使っても”エトには勝てない”でしょ?全能も神様には勝てないもんね」
「……いいや、勝機はある。事実、私は呪術師の神権への介入に成功している」
「そう。じゃあやってみれば?エト、お願いできる?」
「はい。頑張ります」
エトさんの頭上に、見たことがあるものが浮かび上がる。
あれは、天使の輪だ。
緑色の髪がゆらゆらと、海月の足のように揺れる。
「運命よ、あの神を殺せ!」
激高。対するは、
「”反面鏡”」
掛け声とともに、二枚の鏡が有裏を挟み込んだ。
「縮小」
あれ?と未紅が言った。
私も、同時に言ったかもしれない。
有裏は消えた。
「無限に小さくなり続けてますから。いつかは無に限りなく近づいて、消滅します」
いや、出てきている。
「神の力如きで、この俺が、死ぬと思うか...」
「未紅ちゃん、ルディアちゃん、あと來さんも。これから合図をするまでは絶対に喋らないでくださいね。シンさん、どうします?」
「俺が口を封じる。一応家族だ。ケジメはつけさせてくれ」
「死ね……………」
シンさんは槍を、這い上がろうとする彼の父親の首元に差した。
「”プリズム”」
彼女は何かを呼んだ。ステンドグラスのような輝きに包まれた、一羽の鳥だった。
そして次の瞬間、静寂の中、彼女はひとり告げる。
まるで、審判を下す裁定者のように。
壁画の中央で天秤をかざす女神のように。
「篠谷有裏」
消えた。
今度こそ、跡形もなく。
シンさんの槍には血の一滴も残っていない。
「すごいわね! だってアイツ、エトさんに『死ね』って言ってたのに死ななかったわ!」
「全能では私に能力を行使できないのでしょう」
と、急にエトさんが何かを見上げた。そして何やら面倒そうにため息をつき、社長に目配せした。
「そういうことです」
「えええエトおおおやだあああああ」
「私も嫌です。でも呼ばれてしまったのですから、仕方がありません」
「エト殿の言う通りです。行きましょう」
「行くって、どこへ?」
エトさんは笑っていない。
「全ての元凶、クラウディオ=アルフィエーリの元へ」
廊下の奥、一つの部屋があった。一番最初に私たちが見た、謎の広い部屋。シンさんとベルンさんがドアを破壊し、中に入る。
そこに広がっていたのは、無。
ただそこに”空間がある”としか形容できない地下空洞だった。
「広いですね」
「なんにもないわ」
「いえ、実際にはあります。おそらく篠谷有裏と夜波藍端が何重にも張った防御結界が」
「どうして?」
「彼が出てこないように、でしょうね。杞憂でした。彼は出てくることはできないし、出てくることもない。今を除いては」
へえ、と未紅は声を上げる。さてはよく分かってないな。私もだ。
一体、何者なんだ?
会ったことはある。私を転生させたあの男なんだろう。でも、その素性は全く知らない。
この関東地方の地下を丸ごとくり抜いて作ったかのような大空洞に封印されている彼は、どれだけ恐ろしいものなんだ?
「いたわ」
彼は黒い箱の前で、私たちを待っていた。
「久しぶりだな」
「久しぶり、じゃないですよ。急に呼び出して」
「いや、すまない。どうしても用があった」
不愛想ではあるけれど、思ってたより人当たりの良い男だった。
一つに結われた紫色の髪、銀色の前髪、翡翠色の瞳。
そして蛍光緑のラインが入った”黒色の白衣”。
「アンタ、私を復活させたヤツ!ねえ、あたしが救う人ってどんな人なのー?」
「それは自分で探す約束だっただろう」
彼は私を見た。私はつい緊張して肩が跳ね上がる。
「君がウィザード・マーキュリーだな。変わってない。いや、随分と変わったか」
「は、はい」
彼の体の周りには、土星の輪のような光の環と、衛星のような光の点が周回している。
「長旅ご苦労だった。だが、もう少しだけ頑張ってもらう」
「まだ戦うの?」
「ああ。戦う相手はすぐに分かる」
「あ、逃げちゃった幻想種は?三体いるんでしょ?」
「彼らはエトがもう捕獲した。だから到着が遅れたんだろう」
「遅れたって言わないでください、大変だったんです」
「感謝しているとも」
エトさんは丁寧な口調を維持したまま、帰りたい雰囲気をずっと出し続けている。他のメンバーも居心地が悪そうだ。
「私はこの世界で唯一、異界のクラウディオと通信ができるから、それを利用して皆さんを見守っていました。中間管理職ってやつです」
「ああ。彼女にはたくさん手伝ってもらっていた」
「あんまり記憶ないけど…」
「直接助けたのは最初に会ったときとさっき助けたときだけですし、仕方のないことです。戦闘には介入できませんし。それは…」
「はいはーい、私言いたい!」
社長が割り込んできた。
「エトは強いから、使うだけで世界が変わっちゃうからでしょ?」
「そうです、団……じゃなくて社長。だから、見守るというスタンスを一貫するつもりでしたが、ドレスさんから、来ないと全部終わる、と言われたので来ました。予想外でしたがよかったです」
「神様にも予想外のことがあるのね」
「神様?」
「うん。だってみんな、さっきからエトさんのこと神様って呼んでるでしょ?」
「いえ、神様じゃありませんよ。そんなにすごいわけじゃないです」
「ふーん。よくわかんない」
予想外、か。
もう少しだけ頑張ってもらう…か。
うん。たしかに、私はエトさんに助けてもらっていた。そして今も。
「ねえねえ、えっと、名前は…」
「クラウディオだ」
「クラウディオ、私と戦わない?」
その場にいる全員が、ぎょっとした表情で未紅を見つめた。
「もちろんルディアもいっしょ」
「ま、巻き込まないでください」
「いいじゃない。だって、ここまでのことぜーんぶ考えて動かしたんでしょ?今までのハチャメチャな事件とか全部原因コイツだし、一発殴らないと気が済まないの!」
・・・ああ。
たしかに、なんかムカついてきた。
「殺すとまでは言わないけど一発殴らせなさい!おりゃっ!」
未紅が飛び上がる。
そうだ。未紅は中学二年生にして東京の不良をまとめ上げてたくらいの路上のファイター。
あちゃー、と全員が俯いたときだった。
ぼすっ、と鈍い音が聞こえた。
「え?」
「え?」
クラウディオは殴られて、倒れた。
「え?大丈夫?あたし、なんかもっとめちゃくちゃ強いのかと思ってた。ごめんなさい、えっと」
「殴られるとは、このような感じだったか」
クラウディオは何事もなかったかのように立ち上がった。
「今の私は観測者に過ぎない。だからこそエトという協力者に手伝ってもらう必要があった。私は無能力だ」
「え、じゃあ弱いの?」
「強いですよ」
エトが断言した。
「だって、幻想種との大戦、とは言ったものの、本当は全世界全人類全幻想種対彼だったのですから」
「え?全世界の全人類と全幻想種を、コイツ一人で相手してたの?」
「そうです。私たちを含めてね」
「私たち、ということは、私の師匠も?」
興味本位から聞いてみた。
トオルさんが、私の師匠もかつて社長たちと戦っていたと聞いた。
「そうですよ。でも、ルディアちゃんの師匠にはみんなたくさん助けられました。私たちの恩人です。とても強かったですし」
「え、どれくらい強いの?」
強さにしか興味がないようだ、未紅は。
「うーん…彼と互角くらい?」
「え、めっちゃ強いじゃん」
「そうなんですね…」
やっぱり、私の師匠は強かったんだ。
なんだか安心した。
そこでクラウディオは話を切り上げて、本題に入った。
「さて、今回の事件の全ての原因はこのTREE SPIDERにある。単刀直入に言えば、これを君に壊してほしいんだ」
君、というのは社長のことだった。
「篠谷有裏を倒した今、楽園賛歌は戻ってきているだろう? 簡単だ。消えろ、と念じるだけでいい」
「いいの? これ、大事なものなんでしょ?」
「ああ。もともとは生前の私が使っていたもので、死後も思い出として残そうかと処理せずここに埋めておいたんだが、悪用されてしまっては仕方がないだろう。こんなものから真実を得ても、何も面白くはない」
クラウディオは言った。
「真実は、自分の手で見つけるものだ。自分に抗い、現実に逆らい、心を枯らしてようやく掴んだ真実にこそ意味がある。人生はまさしく物語だ。最高の結びに向かって進んでいく喜劇なのだから、各々が好きに踊っていたほうがいい」
私たちの“脚本”が既に人に書かれていたことに対する皮肉だったのだろうか。
「鋭い。流石は彼の弟子だ。この言葉は生前に彼から聞いたものだ。優しかったよ。弱かったがね」
「どっちが強いの?」
「……弱いとは言ったものの、私も人のことは言えなかった。私が負けたよ。彼の作戦勝ちだった」
最後に、とクラウディオは言う。
「君たちの戦いはどれも素晴らしいものだった。おかげでこの世界から脅威は去り、幻想種もエトの手によりしっかりと保護される。幻想種の次の侵攻については安心してほしい。エトと私で、責任をもって食い止めよう。みんな、ありがとう」
クラウディオは手を振り、どこかに消えていこうとした。
聞くなら今しかない。
「すいません、ひとつ」
「どうした」
「私たち、ずっと昔にどこかで会ったことありますか?」
「……私はないな。君はあるかもしれないが」
そう言って、彼は消えた。
戦いは静かに、幕を下ろした。
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