第十一章:決別
【第十一章:決別】
私は中学校に入学した。
私はあることをきっかけに、人から拒まれるようになった。
私には愛がなかった。
他人に対する献身もなく、他者に対する敬愛もなく、自分を守る尊厳もない。
理屈は簡単だった。
それ故に、私は虐められていた。
でもそれは私にとって、虐めではなかった。
それは粛正だった。そぐわぬものに対する選別の一貫。
集団として生きる人間社会にとっては、当たり前の機構。
私はその粛正を受け入れた。
その粛正を下した神、小さな小さな、されど当人にとっては唯一の仲間たちの主。
彼女の名前は、夜波藍端。
私がいた中学校の生徒会長にして、絶大な信頼を誇る“人気者”。
私は特別彼女を恨むことはなかったし、彼女が私に直接関わることもなかった。
ただ、二人がそこにいるだけで、そこには「差」があり、「軽蔑」があった。
私は思った。
「仕方ないか」
こんなことを気にしていてもしょうがない。私は私だ。前向きに生きていこう。
だがそんなある日、私は突然、失った。
家で。
姉、椎奈は自殺した。
その理由を聞いて、私は激怒した。
彼女の自殺の動機は、私がいじめられていることを知ったことだった。
私は、何も思っていなかったのに。
椎奈は、私よりも私を愛していたのだ。
私はあの粛正を、「あんなこと」と片付けた自分が許せなかった。
全てを「仕方ない」と受け入れた自分が大嫌いだった。
私は私のせいで、大切なものを手放してしまった。
私なんかよりもずっと大切で、素晴らしかった私の姉。
どうして彼女が。
もっと私がちゃんとしていれば。もっと私が良い子なら。
何か、少しでも違う自分だったら。
でも、私はどうすることもできなかった。
だから逃げることにした。
現実からの逃避行。
私はこの何枚かのCDだけを手にして、家を飛び出した。
「独りの夜は寒いでしょう?」
彼女は私に語り掛ける。
妖精のように、悪魔のように。
「ほら、貸してあげる」
藍端は私に、白いパーカーを投げ渡した。
「大方の事情は私も把握している」
「全部、あんたが仕組んだんでしょ」
「ええ」
「そうよね。都合が良すぎるもの。ここまでの旅全部、あたしが絶望するために仕組まれてるみたいだった。社長さんたちが何もできないのを知っていて、ルディアがあっちにつかざるを得ないのを知っていて、あたしがここに逃げてくるのも知っていた」
「だからどうするつもり?魔術師のついてないあなたじゃ、私の足元にも及ばない」
「分かってるわよ、そんなこと」
どうすればいいんだろう。
私が聞きたいくらいだ。私はどうすればいい?
「そういえば、今の私が何者かは教えてなかったわね」
「あんたのことなんて興味ないわ」
「いずれ知らなくてはいけないことよ」
彼女の瞳は淀んだまま。
人に見られていないときの彼女は、いつもこんな感じだった。
「私は株式会社SPIDER、霊長種選別委員会の委員長」
「委員長ねぇ」
らしい仕事だ。
「私たちはこの世界を支配するに相応しい存在を見定めるためにある。SPIDERの二代目社長が設置した委員会よ。そして、三代目社長から能力を奪ったのも私たち。あなたから見れば、黒幕ということよ」
「なんとなくそんな気がしてたわ。それで、一応あんたの用件を聞こうかしら」
「ええ。あなたにも参加してほしいの。霊長種選別委員会に」
「お断りよ」
「何故?あなたは既に、彼女らの意見とは違うはずよ」
「今は外の空気吸いに来ただけ。また戻るわ」
「……そうはさせない」
チャリ、と金属が擦れた。
軌道が見える。
「上か」
鎖が鞭のようにしなり、地面に叩きつけられる。
「やっぱり軌道が見えると避けられちゃうんだなァ」
「アスターク、彼女を捕えなさい」
「分かってるよ。分かってなかったらここにいないだろ」
そのとき、私の後ろから一本の光が飛んできた。
男は鎖でその矢を迎撃したが、相殺しきれずに体をのけぞらせた。
「未紅殿」
「ベルンさん…」
「迎えに来ました。彼らは拙が迎え撃ちますので、早く…!」
「ええ」
「待て、加々野未紅」
「何よ、まだ用があるの?」
「加々野椎奈についてだが」
足が自然に止まる。
「未紅殿、まずい…っ!」
「加々野椎奈は私が殺したが…」
「ええそうね。あなたのせいで、椎奈は死んだわ。あなたと私のせいで」
「いいや違うとも。全て私の行いだ。私が加々野椎奈を殺した」
椎奈の死因は、自殺だった。
「私がいつから、君がここに来ることを計画していたと思う?」
いつから、だって?
それは、でも...。
「まさか、私が……椎奈が、死んだのは……」
「言っているだろう。加々野椎奈は私が直接殺した。それだけではない。君の人生が狂い始めた、あの十二年前、君から全てを奪った大火災、なぜ誰もあなたを助けなかったのか、なぜ鎮火にあれだけの時間を要したのか。……なにもかもが計算された、素晴らしいショーだとは思わない?」
「貴様……」
「未紅殿、あれは挑発です。決して乗っては…」
「そして。もし加々野椎奈が生きていると言われたら、あなたは信じる?」
……さっきから、あいつは。
私の大切なものをおもちゃみたいに。
私を動かすためだけに。
「幻想種は死後の魂だ。我々は、加々野椎奈の魂の収容に成功している。肉体も取り戻し、現在施設内で療養中。もしあなたが私たちのほうにつけば、彼女の完全復活を保障しよう。だがもしあなたが向こう側へ帰るというのなら、そのときはこの計画を破棄しよう。それでどうかな?」
……ルディア。
あなたは私の友達だった。
あのとき以来、誰かを信じようと思えたのは初めてだった。
あなただけが、私の信じる人間だった。
でも…ごめん。
姉を取り戻すためではなく。
姉を失わないために。
「ベルンさん」
「未紅殿」
「…………お願い」
藍端は笑う。
「交渉成立だ。では、こっちにおいで。あなたの姉を見せて差し上げよう」
私はこうして、唯一の友達を裏切ることになった。
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