第十章:世界を救う責任②

「君たちが戦ってきた幻想種の正体は、生きていた人間だ」


 なんだ?この感覚は。

 分からなくはない。理解できなくはない。納得もできる。

 でも、その現実を受け止めたくないと、何かが拒んでいる。

 拒もうとしているのは、理解でも納得でも理屈でもなく、そうある現実だ。

「君たちに依頼している呪術師さんは、きっとこのことを知らない。この事実を知っているのは、僕たちだけだからね。だが真に幻想種と向き合うのなら、知っておかなければいけないことだろう」

「それ、本当なの?」

「ああ。ルディアさんは知っているかもしれないが、幻想種対策には“成仏”という方法がある。これも、さっきの話を鑑みれば、納得できるんじゃないかな?」

「そうですね。確かに、辻褄が合います。幻想種を構成するエネルギーと、私たちの魂を構成するエネルギーは同じものです。つまり幻想種は強い魂の集合体、肉体から離れた思念そのもの…そう考えても、決して矛盾しません」

「…………」

 未紅?

 様子がおかしい。

 いや、待て待て。

 そうだったのか、彼らの思惑がようやく理解できた。

「あたし、今から行ってくる」

「そんな、もう夜で…」

「関係ないわ。黙ってられないもの。來さんも呼んで、みんなで話すべきことでしょ?」

「そうですけど、もうちょっと…その……」

 ああ。

 こんなときにかける言葉が見つからない自分に腹が立つ。

「早く」

 私は立ち上がる。

 食べかけのご飯を残して。

 私の去り際、トオルさんが呼び止めた。

「君なら、僕たちの目的を汲み取ってくれると信じている」

「………酷いです。彼女はただの普通の女の子なのに」





 私たちは來さんを誘ってから、社長の家に戻ってきた。

 トオルさん、ベルンさん、シンさん、社長、來さん、未紅、私。

「…再開は、もう少し後になると思っていたんだけど」

「もう一度聞くわ。社長さん、本当に何も話せないのね?それでいて、真実を教えるためにトオルさんを使ったのね?ベルンさんがいなくなったっていう、一連の事件を演出して」

「そうだ」

「來さんはやっぱり、幻想種の正体について初めて知ったそうよ。そうでしょ?」

「はい……恐れ入りますが、本当に今の今まで、幻想種がそのような存在だったとは…僕がもっと魔術に精通していれば、察することもできたというのに」

「來さんは悪くないわ。あたしが疑問に思っているのは、社長さん、あなたの言動よ」

「……」

 社長さんは、冷酷にも余裕にも見える表情で私と未紅を見ている。

「最初からこの真実を伝えるつもりでいたのに、それでもなお“幻想種捕獲を手伝う”ことに賛同していたのよね?」

「うん」

「あなたは何も思わないの?來さんもよ。幻想種を捕まえて利用するって、死んだ人間を利用するってことじゃないの?それについて、何かおかしいと思わないの?さっきの社長さんのお話通りなら、來さんたちと手を組むってことでしょ?ここにいるみんなは、死んだ人間の魂を、まるで何かの材料みたいに扱うことを……平気でできるの?」

「未紅ちゃんの怒りももっともだ。でも……」

「でも、私は來さんたちのほうにつく」

 未紅が私を見る。

「どうして?ルディアは平気なの?」

「トオルさんが撃退したという幻想種の大規模侵攻、その二回目が来ないと誰が保証できるんですか?」

「そしたらまた、トオルさんが頑張ればいいじゃない。死んだ人の命を使ってまでやることはないでしょ?」

「次の侵攻までにトオルさんが生きている保証もない。トオルさんも人間、いつかは死んでしまう。そうしたら次に地球を守るのは誰?私たちは蓄えなければいけない。地球を守るために、死んだ人たちにも協力してもらうしかない」

「そんな…もっと他に……」

 私だって辛い。

 それは、人の命を利用することではない。

 未紅の味方につけないことだ。

 でも、もしここで私が未紅の側について、幻想種捕獲計画がなかったことになれば、最終的には最悪の結果に至る。

 この星は私の星ではない。でも、多くの命が失われることになるのは、私だって嫌だ。

 未紅と、そのあとに続く多くの命が失われることが嫌なのだ。

 だから私は、未来を信じるために、未紅の味方にならない。

「未紅、これは世界を守るための戦い。戦える者は、戦わなければいけないんです」

「社長さんも來さんも、同じ意見なの?」

「少なくとも私は、イエスだ。力を持つ者として、かつて世界を救った側の人間として、その世界を守り抜く責任がある」

「僕も…ドレスさんの思惑がもしその通りなのであれば、僕は戦います」

 未紅。

 分かってほしい。

 どうか、どうか。


「いいえ。あたしはできない。あんたたちにはついていけない」


 未紅は走り去った。

「未紅……!」

 声を押し殺す。

「……申し訳ない、ルディアちゃん」

「もし私が、もう少し素直な人間だったら、今ここであなたたちを殺していました」

「…うん」

「加々野未紅は、軌道を見る、幻想種を保存できる貴重な能力を持っています。でも彼女は、たった数週間前まで、ただの女の子だったんです」

「それだけではないんだ。ルディアちゃん、君は未紅ちゃんの過去についてどれくらい知っている?」

「未紅の過去ですか」

 言われてみれば…。

 漠然としたエピソードトークしか聞いたことはない。

 彼女の人生の根幹については何も知らなかった。

「…本当に、酷なことをしていると思っている。だけど、ルディアちゃん。君に最後のお願いだ」

「分かってますよ。やらなきゃいけないんでしょ、もう一度…彼女を取り戻します」

「私たちは、あまりにも冷静すぎるんだ。人々を、目の前にいる人でさえまるで道具のように扱ってしまう。今日、二人に『友達になってほしい』とお願いしたけど、まったく、わがままなお願いだな。トオルはどう思う?」

「僕ですか。今回は、僕からは何も言えません」

「そうだよね。ベルン、念のため未紅ちゃんを追って。何かあったらすぐに連絡、必要とあらば“武力の行使も許可する”」

「承知いたしました」

「ルディアちゃんはとりあえず引き続き、幻想種の捕獲を行ってもらう。未紅ちゃん不在での捕獲作戦は難しいだろうけど、頑張って」

「はい」

 私には分かる。

 未紅は、彼女自身の意志で私のところに来る。

 そして、そのときには…。

 彼女はそういう人だ。

 未紅を信じて待ち続ける。

 ただひとりの友達を、失いたくはない。







 いやだ。

 いやだ。

 私はこれ以上、何も、見たくない。

 この能力もなにもかも、全部いらない。

 戦いたくなどない。

 私は、もうどこにも居場所はないの?

 誰も分からない。

 誰も分かってくれない。

「未紅」

 走り抜けた森の先、一人の少女が立っていた。

 月光に照らされて輝く青い髪。

 捻じれた音叉の杖。

 暗く淀んだ瞳。

 誰よりも似合う学生服。

「独りの夜は寒いでしょう?さあ、こちらへ。怖がる必要はない。もうあなたは、私から逃れられないの」



 その名を、夜波藍端と言った。

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