最終話 恥を書け

 前話では、太宰治は本が売れることを目的として書く自分を恥じていたと書きました。

 まるでイエスの居場所を役人にチクったユダのように、姑息で品性卑しい『太宰治』。

 そして彼はイエスになる道を選ばずに、生涯をかけて大衆受けする【人間失格】【斜陽】など、自虐的な私小説を書き続けました。

 

 【人間失格】は、地元では神童と謳われたほどの秀才だった津島修治は、東京帝国大学文学部フランス語科に現役合格。

 前途揚々。

 嬉々として上京を果たしましたが、帝大に入れば自分よりもずっとずっと頭のいい学友達の存在に打ちのめされます。

 自分は井の中の蛙にすぎない田舎者。


 頭がいいことだけが唯一のアイデンティティだった津島修治は、坂を転げ落ちるようにして酒と女とクスリに溺れ、自殺未遂をくり返し、最後は精神病院(あえて差別的な表現をさせて頂きます)に、強制入院させられました。

 それも、身内の者に「お前は一度医者にかかった方がいい」と、いかにも親身に囁かれ、藁をも掴む思いで連れて行かれた病院が、精神病院だったのです。


 身内にすらも騙された。


 津島修治は皮肉にも、病院に収監されたことで崩壊しました。


 そんな入院に至るまでの過程を描いた私小説が【人間失格】。


 また、【斜陽】は、太平洋戦争終結後の政府の土地改革政策で、大地主だった津島家も土地を政府に略奪をされ、小作料の取り立てができなくなった生家が没落の一途を辿る経緯が書かれた小説です。

 他人の不幸は密の味って、やつですね。


 しかも、【斜陽】では太田静子との不倫関係を、せきららに描いています。

 いつの時代も著名人のゴシップは、大衆受けする。既に人気作家の立ち位置を確保していた太宰治のその読みは的中し、大ベストセラーになりました。


 作家としての太宰治は、津島修治の黒歴史を切り売りしました。


 そんな小説ばっかり書いていたため、太宰は芥川賞など、栄えある賞は一切受賞していません。芥川賞の選考委員だった川端康成からは「小説の出来は決して悪くないんだよ。だけど品性卑しい作家には、芥川賞はあげられないね」と選評を書かれ、大激怒。


 太宰はすぐさま「家の軒先に吊るした鳥かごで、カナリアを飼うような(優雅な)作家が、そんなに偉いというのか、バカヤロー!」的な随筆で、川端康成をこき下ろします。

 恥の上塗り。

 

 まるで役人の前でイエスを断罪したユダのようです。


 ですが、ノーベル文学賞を受賞した川端康成の代表作の【雪国】が、令和の時代に、どれほどの人に読まれているというのでしょうか。

 太宰治の【人間失格】は世界中で翻訳をされ、彼が贔屓にしていた銀座のバーのルパンには、世界各国から聖地巡礼として多くの読者が来訪します。

 

 では、なぜ、太宰治の小説は時代や国籍を超えて読まれるのかを、ご自身で考えてみてください。

 私がWebで読んでも紙で読んでも、違和感なく読むことができる小説は、前筆した通り『なぜ』が書かれた小説です。

 

 小説で例えるのなら、主人公は『なぜ』そのような言動を取るに至ったのかを。敵対する相手がいるのだとしたら、『なぜ』敵対しようとするのかを。

 そのような立場だからで済ませずに、作家は小説の中で生きる人間の『なぜ』に触れて欲しいのです。


 主人公が無双するのは、虐げられる立場であったからだとするなら、なぜ、そのように虐げられたら無双するに至るのかまでを、書いて欲しい。

 別に皆がみんな、弱者だったから最強のスキルを手に入れたいと思うわけじゃないんですから。


 作者が作中人物に対して『なぜ』それをしようとするのか。『なぜ』そんな風に感じたのかと、問いかけ続けることにより、そしてそれを文章化することにより、小説には奥行きと深さが生じます。


 そういった作品は必ず売れます。世代を超えて、国籍を超えて読まれます。

 紙書籍であっても電子書籍であっても、その媒体を選ばずに。


 太宰は川端康成に「小説は悪くないんだけれど、本人がじゃあねぇ」と、小馬鹿にされて、すぐさま言い返すほどに分かりやすい。


 そして最後に、あなたに問います。

 あなたは霞を食べて生きてるようなイエス・キリストになりますか?

 それともイエスに商人根性が卑しいと、蔑まれ続けたイスカリオテのユダになる?


                    

                              【完】


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Web小説が書籍化されても同じ小説とは限らない 手塚エマ @ravissante

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ