第51話 ノワールのエース


「伊集院静香だ。活躍はテレビで見ている」


 と言ったのは金髪の女騎士だ。

 伊集院桜の姉で、響子の跡取りだろうと思われる。


「織田だ」


 と言ったのは槍持ちの侍。


「天草です。よろしく」


 と言ったのはたぶん神官だろう。

 騎士と侍に神官だから、敵を倒すのに時間はかかるが、最も格上狩りに強い組み合わせと言える。

 クラス通りのビルドにしているとは限らないが、そう外れてもいないだろう。

 秘匿されたクラスとはいえ一般クラスだし、中位だから性能としては中の中だ。


「さっさと行こう。あんたらじゃ24層までは無理だから25層でいいだろう」


「ちょっと待ってくれ。それはずいぶん飛ばしすぎじゃないのか」


 と言ったのは織田だった。

 精悍な顔つきで、肩幅の広いがっしりとした身体つきの男だった。

 成り上がり組なのか、あまり貴族らしい雰囲気の男ではない。


「いや、24層まではデバフがきつい。あんたらのステータスが足りない」


「そ、そうか。本当に20層台を攻略しているんだな。だが4層も飛ばすのは怖いな」


「低層ほど一階層くらいで敵が強くなったりしないから、大丈夫だよ」


 伊集院静香と織田とは狩場で何度も顔を合わせているし、天草とだってどこかですれ違ったことくらいあるだろう。

 まだ仮面を付ける前だったから、顔を合わせるのは正直に言って少し怖かった。

 しかし、三人ともおれの正体に気が付いたような様子はない。

 俺たちはダンジョンに入ると、24層を目指した。


 当然ながらノワールはキーパーボスの攻略などやっていないので、移動は徒歩だ。

 久しぶりに20層以上も自分の足で降りたが、それほど時間はかからなかった。

 三人は年齢も様々で、普段から一緒にやっている様子はない。

 ダンジョンに入ってから気が付いたが、腰に刀を二本差した黒仮面姿だから、めちゃくちゃに注目を集める。


 そういえばノワールには快く思われていないから騒がれなかったが、探索者の中では人気になっているのだった。

 喧嘩を売ってくる奴などいないし、純粋にあこがれだけを含んだ顔を向けられ、これが六文銭の見ていた景色かと感慨深い。

 16層に入ったところで三人から緊張感が伝わってきた。

 17層と18層は連合側ギルドに占拠された階層だ。


「もしやばそうなら引き返そう。無理をする必要はない」


 と伊集院静香が言った。


「なにが無理なんだ」


 俺としてはこの設定を押し通すと決めている。

 今日からここの管理者を買って出るのだ。

 ノワールが攻略に前向きになった以上は、軍と研究所もできるだけ争わせたくない。

 俺の存在に呆気にとられたのか、17層に入っても誰も何も言ってこなかった。

 どう見ても連合側の連中ばかりで、貴族らしき奴の姿は見えない。


「奥に入ってから襲われると厄介ではないだろうか」


「襲ってくる奴らが居ない方が厄介だ」


 俺の返事に伊集院静はよくわからないという顔をしている。

 それでもトップの探索者だけあって、三人におびえたような色は見えない。

 さすがに18層に入ったら、パンドラの幹部連中に出迎えられた。

 そりゃそうだ。

 20層台なんか攻略されたら困るのだから、妨害してくるに決まっている。


「チッ、どうして黒仮面がノワールと一緒に居やがるんだ。あんたは貴族の犬になるのか」


 そう言ったのは、いつか校庭で見たカズと呼ばれる男だ。

 本名は誰も知らない。


「それよりも、俺が歩こうとしてる道をあんたが塞いでるのはどういうわけだ」


 俺は腰に差してあった刀を抜き放った。


「おいおい、待てよ。話し合おうや。どうしてあんたが貴族側についてるんだよ」


「そんなことはどうでもいい。お前らは最近学園の生徒を無理に勧誘してるだろ。ちょうどいい機会だから罰を与える」


「本当に勝てると思てるのか。俺たちは、ここに5年は通ってるぜ」


「5年も停滞してる奴に負けるわけがないだろ」


 カズが後ろにいた奴に目配せすると、一人の男が前に進み出て来た。

 槍を持った男で、なにかデバフでも付いた槍であるようだ。

 神宮寺が持っているほどのものではないだろうが、金があるやつらだから相当のエンチャントが付いているはずだ。


「カズさんや、ちょっとあんたは引っ込んでろよ。俺はこいつが気に入らねえ。やってやるよ」


 そいつはカズに対してそんなことを言った。

 この階層でやっている奴が、カズに対してそんな口をきけるわけがない。

 無関係のふりした奴をけしかけて、俺の実力を探ろうとしていると言ったところか。

 そいつは構えをとる前に俺に斬りとばされて飛んでいった。

 俺はゆっくりとそいつの槍と装備品を回収してアイテムボックスに収める。


「嘘だろ。こいつはヤバすぎるぞ」


 パーティーも組まずに、18層で回復をやらされていた男が悲鳴のような声を出した。

 ソロでは回れないが、経験値のためにパンドラの幹部はパーティーを組まずに敵を倒している。

 そして回復は他の奴にやってもらうのだ。

 回復職だけ育たなくなってしまうが、こいつらは文字通りそれをヒール奴隷と呼んでいる。


「おい、話し合おうや。俺らのギルドに手を出して本気で勝てると思ってるのか」


「あたりまえだろ。何度も言わせるな」


「どうすりゃいい。望みを言ってくれないか」


 さすがに学園長ひとりに全滅させられかけたばかりだから、慎重にこちらの出方を探っている。

 俺がいきなり出てきたことで、カズの表情には焦りの色がありありと見える。


「みんなで仲良くやってれば俺は口を挟まないから、仲良くやれ」


「わかった。これからは手前側を空けておこう。それでいいだろ」


「まあ、これからはそれでいいが、今日は罰としてお前らの装備を没収する」


「そんなのおかしいだろうが! そんなことされて仲良くできるわけがねえ。仲良くしろというなら自分からすべきだろうがよ!」


 カズの後ろにいた幹部の一人が言った。


「確かにそうだ。まずは自分から手本を示してもらわねえとな」


 カズも意見を合わせてそんなことを言う。


「俺は倒したいときに倒したい奴を倒す」


「だから、それがおかしいって言ってんだろ。自分の言ってることに筋を通すべきだろ」


「知るか。俺がルールだ」


 俺は有言実行で、ヒラ―以外は全員斬り倒してアイテムを没収した。

 これらは今までに日本国内でオークションにかけられた中で一番いい部類の装備だろう。

 すべて19層辺りのボスドロップであるはずだ。

 アイテムを回収していたら、後ろの方でもめている声がした。


「おい、やめてくれ!」


 残しておいたヒーラーの男が叫んだので振り返ると、伊集院静香が倒れたカズを蹴り転がしている。


「貴方がやらないというなら私がやらせてもらう」


 俺にそう言って、伊集院静香は気絶しているカズの喉元に剣を立てた。


「やめろ。なにをやってるんだ」


「こいつは生かしておけない。貴方が殺せないというなら私がやる」


「やめろと言ってるんだ」


 そう言って殺気を放ったら、伊集院静香は剣を下した。

 殺気を放てるって便利だな。

 簡単にこちらが本気であることを示せる。

 そいつがいなくなったら、パンドラをまとめられる奴がいなくなって、それこそダンジョン内が無法地帯になる。


 だいたい貴族側が利権を独占しているから、こいつらだって苦労しているのだ。

 クラスの解放情報は貴族が独占しているし、資本もなければ人的資源もない。

 軍や政府、企業とのつながりもないから攻略情報だって買えない。

 学園でも庶民は貴族の何倍もリスクをとってやらなければ、同じだけのレベルは維持できないのだ。

 それで邪魔をしたら容赦なく命まで奪うようなことをするのだから、どっちもどっちという話である。


 20層から先はけむり玉を使って道を進む。

 このへんの階層は、俺がツバメ返しを使っても攻略できずに返り討ちにあった階層だ。

 二刀流を得て、なんとか攻略を進められたような場所だから、触るべきではない。

 25層になると比較的楽になったので、その階層まで三人を連れて行った。


 さっきまでは、ちょっと俺に反抗的な態度だった三人も、今は躾が済んだ犬みたいに大人しい。

 パンドラもあれだけやったら、きっとしばらくは大人しくなるだろう。

 できる限りのことはやったつもりだが、これでノワールとパンドラの戦争は防げたのだろうか。


「私は以前に18層で襲われたんだ。その時は瀕死になりながら、ダンジョンを抜け出した」


 言い訳のつもりなのか、伊集院静はそんなことを語りだした。


「でも生きてるんだからいいじゃないか。これ以上争いを大きくしてなんになる」


「私が死ななかったのは偶然に過ぎない。あいつらはそういう奴らなんだ」


「庶民が死んでも、あんたらが気に掛けるとは思えないね」


「……そっ、それは、そうかもしれない」


 やはりパンドラは、俺にとってはそれほどの脅威じゃなかった。

 この状況で一番怖いのは、軍や研究所から差し向けられる暗殺者だろう。

 まだ何か隙があるかもしれないから、とにかくビルドを完成させたい。

 25層についたら、さっそく狩りを始める。

 狩りを始めたら、三人は命をかける攻略に慣れていないのか、浮き足だってしまっていてひどいありさまだ。


「もう一匹来やがったぞ」


 織田がパニックになって叫ぶ。


「対応をお願いします!」


 天草が俺に向かって叫ぶが、そんなの見えているからいちいち叫ばないで欲しい。

 ノワールのエース三人は凄い緊張感で、まったく火力が足りてないから、かなり苦しい戦いを強いられている。

 これじゃあ俺が居なければ、戦っている最中に新しい敵がやってきてしまって、潰されてしまうから戦いを維持できない。


 やはり3人パーティーを捨ててでも、もう少し火力の出る奴を足すしかないのだろうか。

 寄ってきた敵を俺が処理してやったら、なんとか一匹は倒すことができた。

 5時間ほどで切り上げて俺たちは地上に戻った。

 たいした時間は経ってないのに、もの凄く疲れたような気がする。


 俺のビルドとしては、ここから三つの選択肢がある。

 ラピッドキャストを手に入れて回復を強化するか、防御をあげて回復の負担をさげるか、さらに火力を伸ばすかである。

 結局はどれも上げなきゃならないのだが、上げる順番を選ぶことはできる。

 魔法剣術のバフ魔法を使うと、まったくMPが足りないから、先に回復強化と共に魔法をあげたいと考えていた。


 今のMPでは全力を出すと、バフだけでMPが半分も残らないのだ。

 ラピッドキャストが覚えられる古代魔術師のクラスは、花ケ崎とともに解放してある。

 これは37層にある祭壇を探し出して、供物をささげるだけでいい。

 やっぱり暗殺が怖いし、レベルだけは上げたいから39層を開放するしかない。



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