第50話 夏休み
「一応、私は洋子ちゃんと籠りきりになる予定だよ」
神宮寺は天都香とやる予定でいるようだった。
専属のヒーラーを確保するとは、大したものである。
あの槍のおかげだろう。
「ねえ、ちょっと。私に才能があると思うなら、高杉のパーティーに入れてもらえないかしら」
そう声をかけてきたのは瑠璃川だった。
一条たちと組み始めて、一週間がたったくらいだろうか。
「どうしたんだよ。やっぱり女とは組めないって言われたのか」
「そうじゃないわ。一条はすごく敵が多いのよ。しかも、いったんダンジョンに入ったら死ぬまで出る気がないんじゃないかと思うくらい拘束時間が長いわ」
敵が多いのは主人公なのだから仕方がないし、ダンジョンに長く籠もるのだってレベルをあげるためには必要なことだ。
「それは仕方ないだろ。あきらめるんだな」
「私に才能があると言ったのは貴方よ。私が育てば役に立つと思うのなら自分で育てなさいよ」
「それは一条たちのパーティーに入れば、物理火力として役に立つって意味だ」
「ふざけないで。夏休みの間あんなのと組んでたら死んでしまうわ」
夏休みは授業もないので、みんな本気でダンジョンに籠もりきりになる。
実際は何時間籠っていたかよりは、どれだけリスクをとって新層にチャレンジしたかが結果をわけるのだが、とにかく成長のチャンスである。
瑠璃川は俺に対して抗議を続けたかったらしいが、一条たちが連れて行ってしまった。
とうとう夏休みが始まる。
俺としては花ケ崎を35層に籠もらせておいてたら、いくら稼げることになるのかという皮算用に笑いが止まらない。
問題は40層台を開放していいものかどうかという事である。
もはや39層のキーパーを倒さなければ、これ以上レベルは上げようがない。
39層のキーパーのギミックは、攻撃できる場所が6か所あって、正解を見つければダメージが入るし、不正解なら防御を固めているのでダメージが入らないというものだ。
ギミック自体は子供だましのようなものだし、正宗がある俺にとっては、どこを攻撃したってダメージが入るから敵ではない。
もちろん攻撃力だけは39層のキーパーにふさわしいだけのものがあるので、ソロで挑むのはそれなりに怖いものがある。
その39層を攻略してしまうと、シナリオに変化がありそうで怖い。
それと俺には、ノワールから20層台攻略のお誘いが来ていた。
ノワールもやっと、リスクをとって力を手に入れるという選択をしたようだった。
18層で何年もやっていたとはいえ、さすがに20層台となると危険が大きすぎる。
20層台は長年避けられてきた、魔の階層とされている場所である。
ステータスに相当な余裕がないと、20層から24層くらいまでの強烈過ぎるデバフの中で敵を倒すのが難しすぎるのだ。
完全に主人公やヒロインなどのキャラに合わせた難易度設定になっている。
俺は反則じみた火力で強引に突破して来たにすぎない。
この世界における最強アビリティの組み合わせにプラスして、隠しクラスでレベルをあげて来たから、なんとかなったというだけに過ぎなかった。
デバフを回避できるクラスを持った生徒もいるにはいるが、仲間にできる期間は過ぎてしまっている。
ゲームでは主人公がヒロインを連れて挑めば、ギリギリなんとかなると言ったところだ。
まるでゲームの都合で、主要キャラ以外が立ち入れないようになっているかのようである。
俺が断れば死人が出るだろうから、この依頼は受けるしかない。
考え事をしながら昇降口を出たら、生徒が部活動の勧誘をやっていた。
その中には伊藤たち三人が勧誘をする漫画研究会もあった。
久しぶりに見た犬神は、間違った気を起こさせる何かがある。
「高杉殿! 漫画研究会はいかがですかな」
「我々はダンジョンの攻略情報も共有していますよ」
まるでギルドのようだが、小規模な部活動はどこもそんな感じなのだ。
普通なら人気がありそうな漫画研究会も、この学園ではあまり人気が無いようだった。
「ひさしぶりだね。高杉君は伊藤君たちを庇って決闘までしてくれたんだってね」
「俺は男がこんな見た目をしてたら、間違った気を起こさせるから駄目だと思うんだよな」
「拙者も同感でござるよ」
「お前はもう後戻りできないところまで間違った気を起こしてるだろ」
「左様」
「僕の何がおかしいのさ」
「全部だよ。俺は用事があるからもう行くな」
夏休みに入る前の夜は、まだ山から吹いてくる風が涼しかった。
いつもの女子寮の屋上で、俺は花ケ崎に相談を持ち掛けていた。
「やはり軍が絡んでると見るべきじゃないかしら」
例の忍者三人の殺し屋が、どこに属しているかという話である。
たしかに言われてみれば、身元のわからない忍者を三人も用意できるほどの組織力があるのは軍くらいのものだ。
あの事件について、俺は取り調べも受けてないし、警察にまで影響力を及ぼせるような何か大きな組織がバックについている可能性もある。
金銭的に余裕があるのは研究所だが、あっちは企業がバックにいるので、探索者を増やして魔石の原価をさげたいと思っているから、軍の方向性には同調しない。
むしろ、独占により魔石は値上がりしているので、これからはパンドラ潰しに動いてくるはずだった。
というか、花ケ崎の推測が正しいのなら、俺が一人で勝手に忍者クラスを開放してしまったことを、軍の奴らに見られたことの方が大問題である。
本当に知られてはいけないところに、ピンポイントで知られてしまったことになる。
マジで殺しに来ても不思議ではないのではないかとも思えた。
黒仮面を付けているときは、本気で暗殺に注意しよう。
「お前の兄貴から、何か情報はないのか」
「ないわね。お兄様はそんなに出世されてないわ」
「どうしてだよ。お前の兄貴なら優秀なんじゃないのか」
「お兄様は、そんなに出世に熱心ではないの」
「なるほどな」
「だけど、忍術を使ったのを見られたのはとてもよくないわ。軍にそれだけの意志と行動力があるのなら、あなたのような存在は、真っ先に排除を考えてもおかしくないのよ」
「俺が何なんだよ」
べつに俺にはクラスの解放情報を洩らす気などない。
現に、花ケ崎くらいにしか情報は洩らしていないのだ。
軍が本気になって排除を考えるほどのことはしていないように思える。
「貴方の持っている情報は、たった一人でも軍に対抗することができるものよ。だから邪魔をすれば、排除を考えてもおかしくはないでしょう。すでに暗殺を妨害しているわ。もう仮面を付けるのはやめておきなさい。今ならまだ学生のあなたの正体は誰にもバレてないはずよ」
俺の正体だって研究所には筒抜けなのだが、それは言わない方がいいだろう。
「そんな心配は必要ない。お前も自分で言ってるじゃないか。俺は一人でも軍に対抗できるんだよ。そう簡単に、俺を敵に回せるとは思えないね」
「危険すぎるわよ。レベルなんて関係なく貴志を暗殺できる方法だってあるかもしれないじゃない」
「アサシンのダイス以外で格上を殺す方法なんてない。しかも魔法ダメージだぜ。あんなの俺には通用しないね」
口ではそう言っているが、やはり多少の恐怖は感じる。
とはいえトニー師匠のビルドは、ゲームシステム上で考えられる限りの最強ビルドだ。
不意打ちにも毒にも強く、デバフだって効きはしない。
しかも、それらデバフに対抗できるアイテムは俺たちが独占しているしな。
しょせん相手が持っているのは中位クラスでしかなく、上位や最上位ではない。
いまさら中位の一般クラスごときにビビっていたら世話はないのだ。
夏休みの初日に、俺は街に出てギルドノワールの建物に入った。
途中で仮面姿に着替えてきている。
さすがにこんな格好で事務所街を歩いていたら、尋常ではない注目を受けた。
案内されるがままに最上階にある応接間のような所に通される。
ソファに座って待っていたら、伊集院響子が部屋に入ってきた。
彼女は引退済みの探索者で、実質的にはギルドの運営しかやっていない。
「オホホ、お待たせいたしました。ノワールに入る話は考えて頂けましたか」
部屋に入ってきた伊集院響子は少しやせたように見える。
暗殺を受けたのだから、それはそうなるだろう。
「しばらくはソロでやろうかなと考えています。ですが、20層のサポーターをやる話は受けようかと思います」
「あら、それはよかったわ。契約をする前に確認したいのですけど、20層台での経験はおありなんですよね」
「ええ、最近は30層台でしかやっていませんが、サポーターくらいはできるでしょう」
「あ、あらそうなの。そ、それは凄いですわね。30層より上で人に会うことはあるのかしら」
「まだ誰も来てないようですね」
「そ、それはそうよねえ。そのはずだわ」
しばらく雑談したのちに、三人の男女を紹介される。
一人は金髪の女騎士、一人は槍を持った男の侍、最後に落ち着いた物腰の神官だった。
三人とも秘匿されたクラスに就いている、ギルドノワールのエース級である。
狩場でも見たことがあるし、本当にエース中のエースだろう。
雑談で時間を稼いでいるうちに、本当のエースを呼び寄せたに違いない。
いくらなんでも新層の攻略に、いきなりエース級を投入する予定はなかったはずだ。
もし失敗すれば相当な戦力ダウンになってしまうからな。
俺が30層台でやっていると聞いて、急遽メンバーを変えたのに違いなかった。
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