第28話 体育祭の打ち合わせ
ガタガタ震えていた藤原一行は、俺がボルトスパークの魔法で追い立ててやると尻尾を巻いて退散していった。
竜崎の手下には感謝されたが、竜崎本人は俺のやり方が気に入らなかったようだ。
あそこで引いたら、あいつがいる限り二度とこの階層にはこれなかったというのに、やり過ぎだというようなことを言っている。
「やり方が傲慢すぎます」
なぜか竜崎は敬語になっている。
だが、その言い分にはこちらとしても反論せずにはいられない。
「これが貴族のやり方だろ。お前に習ったんだ」
「だからと言って、あそこまでやる必要はありません。それだけの力があるのなら、手加減くらいはできるでしょう」
「一撃で寝転がるやつらに、どうやって手加減するんだよ」
俺の正論に竜崎は渋い顔をした。
そして思い出したようにその場に土下座した。
「今までの非礼をどうかお許しください。申し訳ありませんでした」
「だったら今すぐ解放して欲しいね。十分やれるようだしな」
俺がそう言っても、竜崎は食い下がろうとする態度を見せる。
「で、でも、部下に危険があるかもしれないし……」
「怖いなら7層を回ってレベルをあげてからにすればいいだろ。このペースじゃ効率が悪すぎる」
8層をソロで回っても解放されるクラスがないことを知っているから言えることだが、それで竜崎がすんなり納得するとは思えない。
「もう藤原が手を出してくることはないでしょう。それに、この方の言ってる事は正しいはずです。言う通りにされてはどうですか」
プリーストの女が言った。
俺はローブを借りたままだったことを思い出したが、すでに消し炭になってフードしか残っていない。
彼女には悪いことをした。
「そうね。たしかにまだ早かったわ」
俺は小烏丸を受け取って、七星を竜崎に渡した。
8層は諦めるらしく、虎徹も返してもらった。
「新たな目標ができたことに感謝します。もう行ってください」
「むず痒いから敬語はやめてくれ。あと余計なことはしゃべるなよ」
俺がそう言うと竜崎は神妙に頷いた。
「さ、最後に何かアドバイスは貰えないだろうか」
「とにかくレベル不足だ。最初に必要なのは筋力と耐久と精神だ。敏捷はそこそこにして、素早い敵にはスキルを使え。最初はその方がレベル上げの効率が良くなる。まあ、13層に行けるようになれば色々解決すると思うぜ」
俺は偉そうにそんなことを言った。
強くなるには、やはりレベルをあげるしかない。
今の竜崎が目指しているビルドでは、ボスや格上の強敵を相手にできない。
結局のところレベルが上がるかどうかは、リスクを取って新層に挑んだかどうかでしかないダンジョンの仕組みと相性が合悪すぎる。
俺の言葉に、しばらく考える様子を見せてから竜崎は小さくうなずいてみせた。
「参考にさせてもらう」
一週間をどぶに捨てることなく、なぜか厄介ごとはすべて片付いた。
それでもう用は済んだので、俺はテレポートで10層に行き、新たな層を目指すことにする。
その前に人目につかないところで、フードの深いマントを羽織った。
これを使えばプリーストのローブを燃やすこともなかったな。
この辺りからは縄張り争いが激しいので、できるだけ正体を隠しながらやる予定だ。
まずは攻略本でも効率がいいと記されていた18階層手前を目指す。
高杉 貴志 Lv32 忍者 Lv3
HP 860/360(+500) MP 263/263
筋力 301(+50)
魔力 269(+50)
敏捷 132(+180)
耐久 321
精神 99(+50)
装備スキル 聖魔法Ⅴ 剣技Ⅴ 忍術Ⅰ ツバメ返し
クラスチェンジしてHPと耐久は下がったし、戦い方を変えばかりだから事故が起きそうだ。
だが、MP消費で使えるけむり玉のようなスキルを手に入れたので心配はしていない。
ヤバくなった時に逃げる速度だけはピカイチである。
18層に入った途端に、俺よりもレベルが高いやつらの濃密な気配に足がすくんだ。
だが、ここまでの敵は簡単に倒せてしまうから、狩り効率が最大化されていない。
どうしても、ここから先に進む必要がある。
喧嘩を売られたら、逃げて上の階層にチャレンジすればいい。
とにかく敵を倒し始めてみないことには始まらない。
現れた一つ目巨人のサイクロプスは、ちょうど苦戦するくらいの感じで悪くなかった。
最初にすれ違ったのは、ノワールの家紋を入れた金髪の騎士だ。
その次は六文銭の侍と、本当にトップギルドの連中が多い。
しかも、これまでとは違って全員単騎だから、俺に道を譲ってくれるとかはなく、俺の方がどんどんすみに追いやられてしまう。
追いやられ過ぎてサイクロプスに混じってヒュージトロールまで出てきたら、狩り効率は大幅に下がった。
だがサイクロプスゾーンは窮屈すぎるので、仕方なくヒュージトロールの相手をする。
なによりレベルの高いやつらから漏れ出てくるオーラのようなものに吐き気がして、サイクロプスゾーンは耐えられなかった。
敵を倒すスピード自体は変わらないはずなのに、存在するだけで、それほどまでにプレッシャーをかけられてしまう。
効率の悪いヒュージトロールを相手するが、こいつは回復自体はトロールより少ないからなのか、さっきからディスペルが効かない。
効かないというより効果が薄い。
しかも防御力はないのか正宗の特性も通用せず、ひたすらHPだけ高いような感じだ。
ひたすら殴り続けて、ツバメ返しを12回も入れたころになって、やっと倒れてくれた。
仕方なく最後に20層を試すが、死に神みたいなやつにレベルダウンの呪いを入れられ、それをディスペルで解除したら自己バフが全部消えてしまって、今度は敵の動きについていけなくなった。
あたり前のように使っていたバフが無くなったら、俺は思ったよりも弱体化が酷かった。
適正レベルからそれほど離れていないはずなのに、倒せそうな感じがしない。
仕方なくけむり玉で逃げ出して、さっさと地上に帰ってきた。
売店は閉まっていたので、寮に帰ってふて寝する。
攻略本にはシナリオが進めば18層は人混みから解放される、と書いてあるきりだから、まるで役に立たない。
これはもう詰んだも同然のような気さえしてきた。
一条はなにをやっているのだろうか。
このままだとスタンピードが起る迷宮暴走シナリオに入ってしまう。
それにダンジョンから出てきてしまった魔神だっているのだ。
早いところレベルをあげてシナリオを進めてもらいたい。
「おい、お前に言っておくことがある」
いつものようにクラスメイトの作戦会議から抜け出そうとしたら、狭間に止められた。
「なんだ」
「一条に勝ったくらいで浮かれてるお前のような奴が一番危ないんだ」
「俺は浮かれてない」
「ちゃんと聞いておいた方がいいよ。たしかにキミは危ないもん」
神宮寺までそんなことを言いだした。
さっさと本題に入れよと思うが、誰も何も言わない。
「言いたいことってのはなんだ」
「ダンジョン競技の事だよ。クラス対抗だけど、他の学年も参加はするんだよ」
「知ってるよ」
「余計な上級生の邪魔はするなよ、と言いたいのだ。いいか、上級生にはお前よりも強い怪物が山ほどいるんだ。その中でも特に、竜崎紫苑にだけは手を出すな。バケモノを飼っていると噂になってる」
「そんなこと言っても高杉にはわからないんじゃないの」
神宮寺の言葉に反して、俺はその名前に心当たりがあった。
心当たりがあるどころの話じゃなくて、昨日はそいつに半日ほど飼われていた。
なんでその話が、そんな一瞬のうちにこいつらにまで知れ渡っているのだ。
「いや、そいつなら知ってる。せいぜい気を付けるよ」
「おい、そんな生易しい話じゃないんだぞ。お前が突っかかっていけば、このクラス自体が滅ぼされかねん問題なんだ。三年生でも、竜崎紫苑には近寄らないそうだ」
どうやらこいつが、例の上流階級専用クラブの定食屋で話を仕入れて来たらしい。
俺のことを話している以上は、火消しをしておきたいが、そこまで広まってしまった話ならもはやどうにもならないだろう。
「そんなのがいるわけないだろ。どうせ噂話だよ」
「そんなことないわ。私も聞いたから間違いのない話よ」
そう言ったのは花ケ崎だった。
花ケ崎だってあそこに通っているのだから、狭間たちの話くらい聞こえてくるだろう。
「同じ噂の出どころから聞いたんだろ」
花ケ崎は俺に近寄ってきて耳打ちする。
「最強だとうぬぼれているあなたには信じられないかもしれないけど、怪物というのはいるのよ。どうやら本当らしいわ」
わかったからお前はそんなに近寄るな。
どうしてみんなの前でそんなことをするのだ。
「わかった。竜崎には近寄らなきゃいいんだろ。俺は流れ弾を当てるようなへまはしない」
「やはりだめだな。こいつには何を言っても無駄らしい。しかし、魔石集めではコイツも戦力になってもらわなければならない。神宮寺と花ケ崎をつけておこう。それで7層あたりをやらせておけば問題は起きないはずだ。効率は悪いが隔離しておかなければ危険すぎるから仕方ない」
どうやら狭間はクラス対抗戦で俺を当てにしているらしい。
他力本願もいいところだが、7層なんかに行けば間違いなく竜崎と鉢合わせることになる。
しかし、それ以外の階層では他クラスの妨害が酷くて、狩りにもならないだろう。
「話は済んだのか」
そう聞いてみたが、だれも俺の言葉に返事をしない。
「私が言い聞かせておくから、みんなは心配しないでいいよ。それと高杉、今日は予行演習をするからね。逃がさないよ」
神宮寺に引っ立てられるようにして、俺は作戦会議とやらに参加させられることになった。
集められたのは花ケ崎と神宮寺にロン毛、あとは取り巻きたち、それに伊藤に佐藤だ。
残りは狭間をリーダーにボスの討伐組で、一条たちは闘技場の団体戦に出るらしい。
ボス討伐組は4層のオークキングを狙うらしいが、そっちは場所の取り合いで終わるはずだ。
Bクラスくらには勝ってほしいところだが、そうもいかないのではないかと思われる。
問題は魔石集めで、攻略本には死亡事故も起こるようなことが書かれていた。
「パーティーは打ち合わせ通り、私と玲華ちゃんが高杉と組むから。あとは予定通りでやってよね」
「それはいいけど、本当に神宮寺たちは7層なんかでやれるのかよ。一応は主力なんだぜ」
そう言ったのはロン毛だった。
一条たちですら6層までなのだから、その心配はもっともなところだ。
「一応、今日のうちに下見はするよ。それでだめそうなら私たちも4層に行こうかな。そうなったときは端末で連絡するから」
さすがにその言葉には驚いて、俺は言った。
「4層? 5層じゃないのか」
「会議にも参加しねえ奴は何も知らないんだな。5層で争いになったら死人が出るぞ」
たしかにロン毛の言う通り、人間同士の争いになったとき、まわりにいるモンスターの強さは重要な要素になる。
そこまで想定できているなら何も心配はいらない。
しかし4層というのは安全を取り過ぎているように感じる。
「経験値は関係ないんだ。全員で5層か6層に行ってもいいだろ」
「あなたは打ち合わせを放棄したのよ。今さら混ぜ返すのはやめてちょうだい」
「それはもう話し合って、効率が悪いとなったんだよ。その階層はたぶん上級生たちが来るでしょ。モンスターよりも他のクラスとの戦いの方が激しくなるんだから、そんな階層は危険すぎるよ」
金髪カールと神宮寺に言われてしまったので、俺はもう口を挟まないことにした。
攻略本に書かれているよりも、Dクラスはだいぶ戦略的に練られている。
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