第26話 竜崎紫苑
体育祭であるクラス対抗戦の日取りが近づいてきた。
ダンジョン競技では魔石の採取量を競い合い、闘技大会では勝ち抜き戦が行われる。
採取量は対象モンスターから得られた魔石の総エネルギー量を競い合うことになる。
クラス内では作戦会議が連日行われているが、俺は不参加を決め込んでいた。
ちょっと売店に寄ったら、今日もまたゴーレム狩りに精を出す予定だ。
売店でいつものように西園寺から鑑定書を受け取ったら、がっくり来てしまった。
「クソッ」
「残念でしたね。そんなに荒れないでください。また次がありますよ」
七星(A)
攻撃力1.6倍 ダメージ聖属性化 追加ダメージ+150
アンデッド狩り専用。
なぜか味方を攻撃しても回復したりしない。
よりによって、最初に引いた倍率武器が聖属性で使い物にならない奴だった。
これで敵を攻撃すると回復してしまうから、アンデッド以外には使い物にならない。
特定の階層で強すぎる武器だから、売るのもためらわれる。
正宗を手に入れたことで、すさまじい勢いでゴーレムを倒せるようになったから、ひたすら狩りつくした結果がこれだった。
それでもこれは使いどころくらいはありそうだから、かなりマシな部類である。
いくらなんでも訳のわからない付加効果が多すぎて、ランダムでは当たりなんて引ける気がしない。
トニー師匠の言葉である「あきらめも肝心、一か月粘って出なかった者もいる。そんな簡単に出るような確率ではない」という言葉が重く感じられる。
ゲームでの一か月だから、今の俺にとっては1年や2年どころの騒ぎではない。
セーブロードなしで挑めるような確率ではないのだ。
一週間だけ粘ってみようと思い、すでに二週間も経っている。
これはもう自力で出すのは不可能だとあきらめるしかない。
「どうしてこれがお嫌なのでしょうか。結構すごい値段で売れると思いますよ」
「いや、売れない」
俺以外が強くなってしまうと、俺の身に危険が増える。
「そうですか。残念です。槍の方はどうされますか」
槍の鑑定結果は”十文字槍─青江(B) MPにダメージ+30 追加ダメージ+150”だ。
かなり強いと思うが、どうするべきだろうか。
敵に持たれたら脅威にはなるだろうけど、正直に言って槍は怖くない。
それでもスキル一発で60とか90のMPを持って行かれるのは脅威になりえる。
そうは言っても、金には困っているので背に腹は代えられないか。
「オークションに出してくれ」
「かしこまりました。いつものように振込しておきますね」
ほぼボスか対人にしか使わない武器だから、ろくな使われ方はしないだろうが、レベルが上がりやすい武器よりはましだと考えよう。
こんなものでも3万は越えてくれるはずだ。
売店を出ると、また本格的な装備を身につけた連中に取り囲まれる。
ダンジョン内の狩場にいたら、この程度の奴らに取り囲まれるなんてことは絶対にないことだというのに、ダンジョンから出た途端にこれだ。
「10万出してもいいわ。それでどうかしら」
現れたのは、また竜崎だった。
「売らないって言っただろ」
あまりのしつこさに俺の方もキレ気味になって言った。
「よくこれだけの数に囲まれて平気でいられるわね」
最近は狩場で本物の怪物に出くわすことも多いから、このくらいでは驚いていられない。
むしろほんわかした気持ちになるくらいには安心感を覚える。
「半人前をいくら集めたって、一人前の働きはしないんだぞ」
よく考えたら18層あたりでやっているギルドのエース級ですら、微々たる経験値を取り合って四苦八苦しているくらいだから、こんな奴らはそれほどの脅威ではない。
貴族の子弟のお守りをやっているような奴らくらいにビビっていたら話にならないのだ。
そんなのがいるのか知らないが、本当に怖いのは20層より上でやっている奴らだろう。
もちろん弱いやつら相手でも変に目立ったり、ギルド同士の力関係を崩せばシナリオ通りにはいかなくなる。
「コーヒーをご馳走してあげるわ。ついていらっしゃい」
この有無を言わせぬ感じはなんだろうか。
貴族特有の傲慢さというか、一方的に自分の用事を押し付けてくる感じは苦手だ。
いらないとも言い出せない感じで学園内にある商業ビルに連れ込まれ、ホテルのロビーのような豪華な店内のさらに奥にある個室へと通された。
よくわからない絵画の飾られた部屋は、赤いベルベットで統一されている。
お付きの奴らは中にまでは入って来ていない。
竜崎は案内してくれた店員にコーヒーとケーキを頼んで俺にメニューを寄こした。
好きなものを頼むように言われたので、俺はメロンソーダとパンケーキを頼む。
店員が出ていくと、防音機能が高いのか部屋の中は耳が痛いほどの静寂に包まれた。
「そろそろ本題に入ってくれないか」
「いいわ。まずあなたの刀は炎属性で間違いないわよね」
面倒なので、俺はテーブルの上を滑らせて鑑定書を竜崎の方に投げた。
鑑定書を目にした竜崎は、書かれた内容が予想外だったのか息を呑んだ。
頼んだものが出てきて、俺がパンケーキを食べ終わるまで竜崎は微動だにしなかった。
「それで、いつになったら本題に入るんだ」
「いいわ、正直に言いましょう。これから8層でのレベル上げをする予定だから、その間だけでも借りられないかと相談する予定だったの。知っての通り、8層はイエティが厄介だから。でも、まさか完全属性化だとは思わなかったわ。ここまでのものだと、さすがに貸す気にもならないでしょうね」
別にもう使ってないのだが、必要になるかもしれないので貸すわけにはいかない。
「悪いが貸すことはできないな」
「一応聞いておくけど、雇われる気もないわよね」
俺は首を横に振った。
「8層のサポーターをやってくれたら、かなりの報酬が約束できるわよ」
サポーターとやらがいかなるものかは知らないが、どうせろくなものじゃないだろう。
なにより拘束時間が長そうだ。
「そんなに暇じゃない」
「8層にチャレンジできるなら、あなたもレベルが上がるでしょう」
「なにもわかってないな」
そんな階層で俺のレベルが上がるわけがない。
ゴーレムを一分おきに狩っていても、ここ一週間はレベルアップした覚えがないような状態なのだ。
レベルによって探索スピードも上がり、全力で回ってもそれだから、早いところ目的のアイテムを出して次のスキルを開放したい。
「どんな報酬が望みなのよ」
「攻撃倍率付きの刀でもあればな」
俺の言葉に竜崎は初めて笑顔を見せた。
嫌な予感がするなと思っていたら、一枚の紙を俺の方に放って寄こした。
それは小烏丸という刀の鑑定書だった。
小烏丸(B)
攻撃力1.8倍 追加ダメージ+150
Bレアだが、俺が一番欲しい能力を持った刀だった。
「今私が使っている刀よ。顔色が変わったわね」
「10万で買おう」
言ってから、いきなり全財産を言ってから交渉するバカもいないかと、自分のうかつさを呪った。
買おう、じゃねーよという話だ。
それでは目の前の竜崎と同じではないか。
「悪いけどそれはできないわ。8層のサポーターをやってくれるなら考えてもいいかしら」
「じゃあ、こっちの七星と交換でどうだ」
俺はさっき西園寺から受け取った鑑定書を渡す。
さっきまでは一切売る気もなかったのに、こんなものを見せられてしまっては考えを変えざるを得ない。
虎徹ほど万能ではないにしても、これだって7層とか13層では、あり得ないほどの威力を誇る武器だ。
「話にならないわ。なるほど、こんなものを使って7層でレベル上げをしたなら、あなたは十分警戒に値するわね。西園寺の小娘の言葉も捨てたもんじゃないわ。よく、こんなえげつないものを手に入れたわね」
そう言った竜崎の声は震えていた。
絶対に七星の方が、この世界では価値があるとされているはずだ。
それなのに完全に交渉の主導権を握られてしまっている。
最初に興味を示してしまったのが失敗だったのだろう。
「7層をソロで回れば、8層よりも効率はいいはずだ」
「こちらにも都合ってものがあるのよ。8層でやる必要があるの。もちろん私たちも検証して効率のいい所でやるわよ。でも、それは8層が終わってからの話だわ」
どうしても欲しい。
倒してでも奪い取るというのはアリだろうか。
こいつだって最初は俺に対して同じようなことをしてきたはずだ。
しかし、こいつに手を出したらギルドノワールが出てこないとも限らない。
「サポーターってのは具体的に何をすればいい」
「最初に安定するまで、つきっきりで警護するのよ。一週間もついてくればいいわ」
「一週間ドブに捨てる俺のメリットは」
「10万と七星で小烏丸を売ってあげましょう」
たしかに俺にとっては提示された条件でも安すぎるくらいに感じられるが、この世界で倍率武器はそこまで評価が高くないはずである。
倍率1.8倍くらいなら耐久力でダメージが軽減されない属性武器の方がよほど強いし、七星はアンデッドに対してとんでもないダメージを出せる。
竜崎が使うなら七星の方が倍どころではないダメージが出るはずなのだ。
レベルをあげるのにこれほど適した武器もないくらいだ。
「どう考えても不釣り合いだな」
「と、特別に七星と交換にしてあげましょうか」
少し折れて来た。
俺としては、どの階層でも使える倍率武器はどうしても欲しい。
それに俺が使うなら、アンデッドに対しても小烏丸でダメージはそこまで大差ないはずだ。
だから小烏丸があるなら七星はいらない武器だ。
問題は、そのうち13層あたりでスピードレベリングするであろう竜崎が、のちのちどれほどの脅威になるかだが、恩を売っておけば可能性は低くなる。
だけど13層を回り始めたら、そう遠くないうちにレベル25には届く日が来るだろう。
その時点ですでに大手ギルドの準エース級であり、達成速度も速そうだ。
竜崎なら侍クラスを開放しても不思議はないから、敵に回ればそれなりに脅威である。
それでも攻略本を持った俺にはほど遠いか。
「まあ、いいだろう。交渉成立だな」
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