第22話 竜崎紫苑


 地道なレベル上げを始めてから、近接まわりの裏ステータスも150になった。

 刀剣スキル、物理回避、物理耐性である。



魔眼のリング(A)

 MP回復上昇+5 魔力+200 ダメージ軽減12

 純メイジなら中盤以降まで使える。



 9層のキーパーからリングも出た。

 悪くないように見えて、今の俺ではダメージ軽減以外の効果にメリットがない。

 できれば売りに出してしまいたいが、どのモンスターが落としたのかわかるような強力なアイテムを売りに出すと、そのモンスターが取り合いになってしまうそうだ。


 相談した西園寺りんがそんなことを言っていた。

 ほかにもモーランから出た、MP回復の付いた剣とか、素早さが上がる盾だとか、すぐに値下がりしてしまったCレアのモーランリングとかは売っている。

 どれも西園寺から遠回しにゴミだと言われて、捨て値で売ってしまった。


 一つだけ、毒の付加効果が付いたナイフがそこそこの値段で売れた。

 それでも、とりあえずの金は溜まっているからと、屋上に花ケ崎を呼び出した。

 日の下で見ると、髪の毛が紫色に輝いて見える。

 相変わらず美しい顔立ちをしていた。


「なんの用かしら。気やすく呼び出さないで欲しいのよね」


 そうは言いつつも、なぜかちょっとだけ嬉しそうに見える。

 いつもの無表情なので確信は持てないが、なぜかそんな気がする。

 花ケ崎は風に吹かれて、髪とスカートを押さえた。


「ゼニスゴーレムリングを落札してもらえないか」


 少しだけ考えるしぐさを見せてから花ケ崎が言った、


「あなたが私の奴隷になるというなら考えないでもないかしら。いいえ、そこまでの価値は認められないわね」


 奴隷になるならとか言っているから、俺にはそんなものを落差する金がないものだと決めつけているらしい。

 誰がこんな奴に装備をたかったりするものか。

 そんなことをすれば相場より高くつくことになるに決まっているではないか。


「金は自分で出すに決まってるだろ。足りないなら、このリングを買い取ってくれ」


 俺は魔眼のリングを出して、鑑定書と一緒に花ケ崎に渡した。

 購買部が発行したとはいえ、そこには西園寺のサインも入っている正式なものだ。

 それを手に取った花ケ崎は、鑑定書に視線を落としてから目を見開いた。


「驚いたわ。どうやって手に入れたのかしら」


「モンスターを倒したに決まってるだろ」


 どのモンスターからどんなアイテムが落ちるかは、情報公開する奴などいない。

 だからどのギルドでも、極秘情報としてあつかっているはずだ。

 あのボスを倒したことがあるギルドなんて、それこそ数えるほどしかいないと思われる。

 だから花ケ崎くらいには、どのモンスターから出たものかはわからないだろう。


「もう、あなたのことで驚くのはやめにするわ。信じられない。でも、私の自由にできるお金では、とても買い取れそうにないわね。5日ほど待ってもらえるなら、お父様と交渉してみてもいいけれど、どうするの」


「どうして5日も必要なんだ」


「明日からバカンスに行くのよ。そのあいだは学校を休むわ。八丈島までのクルージング旅行ね」


 花ケ崎は大して楽しみでもなさそうに言った。

 貴族様は羨ましい限りだ。

 まあ5日くらいならリングが無くなっても困りはしない。

 そうと決まれば、次はトニー師匠から出されている宿題の方を終わらせるとするか。

 俺はせいぜい楽しんで来いと花ケ崎に伝えて屋上を出た。


 ここでコモンスキルを一つ成長させられるのだが、アイテムボックスと鑑定のどちらかを選ばなければならない。

 なぜどちらかしか選べないのかは知らないが、攻略本にはそう書かれている。

 鑑定が進化すれば、アイテムを出したその場で付加効果まで調べられるようになる。


 トニー師匠はアイテムボックスを推奨しているが、俺としては西園寺の力を借りなくても鑑定ができるようになる鑑定の方にも少しだけ魅力を感じていた。

 しかし俺は悩むまでもなく、アイテムボックスの方を選ぶことにした。

 今までトニー師匠の言葉を信じて間違いはなかったからな。


 アイテムボックスを進化させるには、アイテムを販売して10万円稼げばいい。

 もとの世界に換算して1000万にもなるが、条件を満たすだけなら、べつに利益を出さなくともいい。

 アイテムを売って10万作ればいいだけだから、最終的には買って売ればいいのだ。


 まずはアイテムボックスに99個入っていて、入りきらない在庫を部屋にも積んであるポーションから売っていこう。

 それで足りなければ、アイテムボックスに50個以上入っているマナポーションを売るという手もある。


 端末に表示された俺の購買部での現在の実績は5万なので、残りは約5万だ。

 めんどくさいながら、500個近いポーションの在庫を5往復して売ったが、それでも2万円にしかならなかった。


「マナポーションを10個買って10個買取に出したらどうなるかな」


「大変な額を損してしまいます。とてもお勧めできません。具体的には、買取が1000円で販売が1200円ですから、えーと、2000円ほど損してしまいますね。それに在庫がそんなにありません」


 もとの世界の金額にして20万円も損をするという。

 なんというアコギな商売だろうか。

 持っているマナポーションを売る方がましかと、泣く泣くそれで手を打つことにした。

 ほかに売れるものといえば虎徹くらいしかない。


「マナポーションを30個売りたい」


「えっ、本気ですか。やはりキングモーランも倒されていたのですね」


 マナポーションはキングモーランしか落とさないなんて、俺は今初めて知った。

 たしかに落としやすいような気はしていたが、最後にまとめて拾うので細かいことはわからない。


「ああ。目立ちたくないからさっさと頼むよ」


 取引を終えたら、脳内にあるアイテムボックスの表示が白から赤に変わった。

 これでアイテムボックスの拡張は終わりだ。

 試しに機能が拡張されたアイテムボックスを使ってみることにする。

 頭の中で軽く念じるだけで、アイテムボックス内に残しておいたポーションを、取り出すことなく使うことができた。


 生命線なので売ることができなかった、モーランからレアドロップしたハイポーションがあと18個ある。

 これを使って、ラピッドキャストによるヒールに近いこともできるようになった。

 アイテムボックスを機能拡張したことで、食べ物を入れておいても悪くなることが無くなったし、これで学食が閉まって夕食を食べ損ねるなんてこともなくなりそうだ。



ハイポーション

 HP即時回復400 HP回復量増加+10 300秒



 まあ、いざという時の生命線だから、そうそう簡単には使えない。

 しかし、400しか即時回復しないのでは少々心もとない。


「エクスポーションを一つ貰おうかな」


「はい、ちょっとお待ちくださいね」


 西園寺は、後ろにある鍵のかかった棚から、赤い液体の入った小瓶を取り出した。


「こちらが鑑定書になります。5000円ですね」


 即時800回復できるポーションは、数ヵ月は遊んで暮らせる額だった。

 震える手で受け取ってアイテムボックスに仕舞った。

 売店内で武器なども見て回るが、良さそうな刀は一つもない。

 トニー師匠が最終的に二刀流を進めるのは、武器の付加効果を二つ分スキルに上乗せするためでもあるから、中途半端な効果のものを選ぶメリットはない。


 売店から出たところで、俺は物々しい格好をした数人の男たちに取り囲まれた。

 黒で統一された最新の防刃ジャケットを着こみ、まるで特殊部隊かなにかのようだ。

 そして見たこともないような女が目の前に現れる。

 スカーフの色から判断して、彼女が2年であることがわかった。


「どうして私の呼び出しを無視したのかしら」


 いきなり女はかなり威圧的な態度で、そんなことを言った。

 どうやら虎徹を売って欲しいと打診してきた竜崎紫苑のようである。

 威圧感は感じないので俺よりレベルは低いだろうが、相手は完全武装した5人以上の手下を連れている。


「売らないと伝えたはずだ」


「あなたには分不相応な刀よ。素直に売っておくのが身のためね」


 ここで引いては相手の思うつぼである。

 しかし相手はギルドノワールからもスカウトを受けているような、学園最強の一角だ。

 貴族家の一人娘でもあるし、あまり逆らって得をするような相手ではない。


「脅してるように聞こえるな」


「はあ? あたりまえでしょう」


「なら、やるしかない」


 俺の言葉に竜崎は眉を吊り上げた。

 俺はアイテムボックスから虎徹を引き抜いて、腰に構える。

 まさか、こんな場所で命までは取らないと思うが、確証はない。

 なんにせよ、手を出してきたことを後悔させるくらいの武力は示さないと身の破滅だ。

 弱肉強食の世界では、脅されてそのままにしておけばカモにされてしまう。

 弱さを見せずに、最低でも手を出してきたことを相手に後悔させる必要があった。


「吐いた言葉は戻せないわよ」


「そんな台詞は、お前の耳にでも聞かせてやれ」


 こうなれば俺もやけっぱちだ。

 殺す気でやってやると身構えた時だった。


「おやめになった方がよろしいかと思いますよ」


 急に穏やかな声が響いて、あまりにも場違いな音色に誰もがそちらに気を取られた。

 振り返ると、たおやかな仕草で、西園寺りんが校舎の中から現れるところだった。

 よくこんな場面入って来られるなと、俺はその肝っ玉に感心する。


「誰よ、あなた」


「申し遅れました。西園寺家のりんと申します」


 その一言で、竜崎の剣呑な様子が少し薄れた。


「へぇ、あの西園寺のね。そのあなたが、そいつを庇うというのね」


「そうではありません。竜崎のお爺さまには御贔屓にしていただいているので、見て見ぬふりはできないと、そう思ったのです」


「それで何が言いたいのよ。お爺様の名前まで出して、なんのつもり」


 西園寺の遠回しな言い方に、竜崎の方は興奮が高まりつつある。


「その方に手を出しても、貴女では勝てません、というアドバイスです。素人目の私から見てですけど」


「はあ? 落ちこぼれの一年坊に、この私が勝てないですって!?」


「ええ、落ちこぼれかどうかは存じ上げませんが、無理だろうと思います。西園寺家の名にかけて、嘘は言っていないと誓いましょう」


 そこまで言われると竜崎にとっても警戒が必要になるのか、動揺をあらわにした。

 まわりにいた家来たちの一人が、耳打ちするように何かを言っている。


「ば、馬鹿らしい。ですが、今日のところは貴女のお爺様の功績に免じて引きましょう」


 言うが早いか、竜崎は踵を返して行ってしまった。

 残された俺は、なにが起こったのかさえ理解できない。

 しかし西園寺に助けられただろうことだけはわかる。


「助かった。恩にきるよ」


「礼には及びません。これからもご贔屓にお願いますね」


 西園寺はいつものおっとりした笑顔で応えた。

 こう見えてかなり肝が据わっているし、貴族に対しても顔が広いようだ。


「だけど、あんなこと言って大丈夫なのか」


「あんなこととは、いったいなんのことでしょうか」


 こんなことがあったというのに、西園寺の声色は普段と何も変わらない。

 おっとりとした、一言一言かみしめるような喋り方だ。


「俺があいつらに勝つかどうかなんてわからないだろ」


「ええ、ですが万が一にも負けたり、醜態を晒すようなことになれば、彼女は廃嫡になる可能性がありました。ですから本当に彼女のために言った言葉でもあるのですよ。それに今はわからなくとも、貴方ならひと月もせずに勝てるようになるのではありませんか。そんな人を敵に回すのは、とても愚かなことです。それと、私の予想では今の時点でも高杉さんが負けることはないと思います」


 相手は十人からの手勢を連れていたというのに、そんなことを言っている。

 最近になって俺が停滞していることは西園寺も知っているだろうに、どうしてそう言い切れるのだろうか。

 どうも、モチベーションが下がって来たとか言ってる場合でもないようだ。

 この学園では厄介ごとの方からやってくるのだから、もっと力が必要になる。



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