幕間 ノアクルがいなくなった後のアルケイン王国王都

 主が不在の王の間で、シュレド大臣は頭を抱えていた。

 その整った顔を歪ませていて、ギリッと歯ぎしりの音が響く。


「くそっ、ウォッシャ大佐め……無様な姿を晒してくれましたね……」


 マリーレン島の出来事は、アルケイン王国の王都まで届いていた。

 海軍大佐、それも聖職者のトップでもある校長ウォッシャ・ヨッシャが学生たちを不当に扱い、殺人目的の模擬戦を行っていた。

 しかも、そういうことは日頃から行われていて、さらにはブクブクと私腹を肥やしていたというのだ。

 ただでさえ海軍というのは金がかかり、人材育成が困難で時間もかかると言われている。

 それは一般人の耳にも入り、貴族や王族への不信にも繋がった。


「ウォッシャさんを推薦したのは私なんですよ……。それを……それを……私の評判まで落ちてしまうじゃないですか……!?」


 国の不祥事としては特に大きかったが、小さなものは普段からかなりあった。

 しかし、それは〝とあること〟によって目を逸らされていたのだ。


「何とかして、またノアクル王子のせいに出来ないか……!?」


 偶然にも、不吉だと言われていたスキル【リサイクル】を持ち、王子という目立つ立場にいたノアクルを避雷針のように仕立て上げ、自分たちへの批判や不満などを逸らしていたのだ。

 種族間の軋轢が高まれば、それは不吉なノアクルがいるせい。

 国家間で争いが起きれば、それは呪われたノアクルがいるせい。

 そんな馬鹿げた話でも、うまくストーリーを組み立ててしまえば面白いほどに操作できてしまう。


「くそっ、ノアクル王子を殺したのは早計だったか!? 一時的には支持されたが、長期的に見たらまだ利用できたか……!?」


 皮肉にもこの事態を明るみに晒したのはノアクルなのだが、シュレド大臣にはそれが伝わっていない。

 マリレーン島の出来事なのだが、ノアクルは名前だけで、顔はあまり知られていないというのもあった。

 当のウォッシャ本人ですら、誰にやられたのか分からずじまいだ。


「大声を出してどうした、シュレド」

「こ、これはこれは、ジウスドラ殿下!」


 やってきたのはノアクルの弟で、現第一王子となっているジウスドラ・ズィーガ・アルケインだった。

 ノアクルと顔が似ているはずなのだが、なぜかその目には達観しきった冷たさがある。


「ウォッシャ大佐の件で、少々頭を痛めておりまして……ははは……」

「ウォッシャを推薦したのは貴様だったな、シュレド?」

「い、いえいえいえ、たしかにそうですが、それは――」

「言い訳は聞かん。袖の下なども受け取っていたのは知っている」

「そ、それはすべてノアクルのせいで……」


 ジウスドラは、フッと笑って一蹴した。

 相手にするのも馬鹿らしいという感じだ。


「そのことはもうよい。ところで、アルヴァ宰相から珍しく助けを求められていてな」

「……ああ、例の件ですか。ご心配なく、ラストベガ島の領主ゴルドーに連絡をしておきます。奴とは懇意にしているので……」

「良きに計らえ。この国の一角を担い、王の弟であるアルヴァ・アルケインがあそこまで慌てふためき、娘のことで懇願しているのだ。それを無下にしてしまったら……どうなるか、わかるな?」

「は、はい! もちろんでございます!」

「人買い領主ゴルドー……金ですべてが買える島ラストベガ……行方不明の幼き娘ローズ……果たして、どう動くかな」


 ジウスドラは小さく呟き、シュレドをゴミのように流し見てから去って行った。

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