第2話 ③

5時頃、彼女の家についた。

その頃には翠雨が降り始めていて外も涼しくなっていた。

スマホをマナーモードにしてから少し古ぼけたインターホンをしっかりと押す。


すぐに彼女が迎えてくれた。

「よっ」

「うっす」

いつもみたいに軽い挨拶を交わして彼女の家に入った。

部屋も汚れてなかったし、彼女の身だしなみもいつも通り整っている。

なんにも異変がなくて本当に良かった。

「これ、買ってきた」

何時も二人で飲む酒をすっと手渡した。

「いいねー」

少し広角を上げて言う彼女、やっぱり可愛い。

ちょっと待ってくれ、前言撤回だ。

なんか変なんだよ。

視線を感じる。匂う?それに奥の部屋から何とも言えぬ怪音が聞こえる。

身体が震えてきた。宇佐美さんの死と相まって色々なことが連想される。

「なぁユキ……本当に大丈夫なのか?」

「うんっ!大丈夫!」

なんだよ、その元気な返事は。

「宇佐美さんが……彼氏が亡くなったんだぞ。

三年も一緒にいた人を四日で忘れられるか!?」

少し語気を荒げて彼女に詰め寄ってしまった。

「ねぇ、ハズキ。帰ってきたの」

「何が……?」

「雅臣が、だよ」

何言ってるんだ、ユキ……そんな冗談笑えないぞ

「その部屋にいるのか?宇佐美さんが……」

ダンッッ!!ダンッッ!!ダンッッッッ!!

ユキの後ろ、すぐそこから何かを叩きつける様な音が聞こえ続けている。

「ちょっと機嫌悪いみたいだけど大丈夫だよね!じゃ三人で飲み明かそっか」

狂ってる、ユキ正気を失ってる。

次の瞬間、ユキの後ろの扉がガタッと音をたてながら少し開いた。

何かいる、そう人ではない何かが

おれはそう確信した。

「ご免、もう帰るっ!」

心配とかそう言う感情が一気に恐怖と入れ替わった。

後退りして俺は逃げた。

我が身可愛いさ故に俺はユキを置いて車を走らせた。

なんだ、今の……!!

何が帰ってきたんだ?あの音と匂い

一体なにが起こってる!?


「ヤバいな……」

焦りや恐怖、罪悪感が入り交じる中

結局、俺は巫製薬との商談に向かった。兎に角誰かと話していたかったのだ。


六時を少し過ぎた頃、俺はユキの家から直接待ち合わせの場所に向かったのでなんとかそこにたどり着いた。


「遅れてしまって申し訳ない限りです」

精一杯、平然を装いながら俺は頭を下げた。

「遅刻はいただけない事ですが仕方ない。

では早速仕事の話をしましょうか」

彼は巫天(カンナギ アマタ)と言った。

とても人当たりが良くてなんだか安心して話ができる。

さらに彼の境遇はどこか俺と似ていた。

大企業巫製薬の次期社長で俺と同い年(タメ)だそうだ。

つまり今日の商談は次期社長どうしのものであるということだ。

話は驚く程スムーズに纏(まと)まった。この頃にはアルコールもはいり彼と私的な話を楽しんでいたので俺も先刻の出来事に対しての恐怖が少しずつ薄れていた。

話してみようか……

「天くんっ、こんなこと相談していいのかわからないのですが……」

事の次第をできる限り細かに説明した。

話をしている間、天君は真剣そうな眼差しで時々相槌を打ちながら聞いてくれた。

「そうですね、おそらく精神的にかなり参っているのかもしれません」

「一応、臨床心理士の免許も持っていますから一度、僕が診てみましょうか?」

「えっすごっ!てか良いんすか!?」

「えぇ、友人が困っているのだから力を貸しますよ」

酔った勢いからか会ってまだ二、三時間の俺を友人と呼んでくれるのか。不思議と悪い気がしないものだ。

「なら友人として、是非今度、力を借りたいものです」

「しかし気になるのは怪現象の方ですね。

僕、霊とか信じてないんですよ」

「えぇ、俺だって幽霊なんて信じてなかったですよ。でもあれはやっぱり尋常じゃなかった」

「ならお祓いも手配しましょうか?」 

少し笑い混じりに言う彼だが俺は全く笑えなかった。

「その方が良いかもしれませんね」


こうして彼との会合は幕を閉じていった。

LINEを交換し再度会う事を約束した俺たちは別れた。


店を出るとじいやが迎えに来てくれていた。

「じいやが言ってた言葉の意味、わかったかもしれない」

「はて?なにか言いましたかね」

「俺よりもっと不幸な人いるんだな」


酒に酔ってか或いは疲労からか、この日はいつの間にか眠ってしまって後の事は覚えていない。


これから俺はユキとどう接していけば良いのだろうか? 

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