8 旅芸人に出来ることなんて少ないけど

 翌日の昼前。私たちは、カルピアの町に戻ってきていた。


 閑古鳥の声をさんざん聞かされた広場を通り抜けて、町役場の方へと向かう。立ち止まった先は何のこともない、あの日風見鶏がくるくると回っていた建物だ。


 小さな会議室らしき部屋に通された私の前に、役場の担当者らしき人が一人座っていた。レナインさんとティマナに続いて、私たちも礼をして座る。


「お疲れさまです」


 役場の人が口を開く。


「さて、お話にあった孤児院の運営についての補助の件なんですが……」


 そう言いかけた役場の人の言葉を遮るように、今日の朝の話し合った通りにレナインさんが言葉を挟む。


「その前に、ここの旅芸人さんの芸を見てやってくれませんか?」

「旅芸人、ですか?」


 市役所の人が、きょとんとした顔で言う。


「ええ。……折角なので」


 レナインさんが言うと同時に、私とアズは立ち上がって礼をした。


「よろしくお願いしますっ」


 最初は今まで通りに始める。最初は世間話。なるべく勢いを出すように意識しつつ二人で掛け合い。


「そう言えば、峠を越えるところに古びた屋敷があって」

「ああ、あの幽霊屋敷やね」

「ちょっと! 後で聞いたら孤児院って聞いたんだけど」

「あちこち壁も崩れて幽霊が出そうな感じやん」

「そういうこと言っちゃだめ!」


 ちらっとレナインさんの方を見た。

 渋い顔をしていた。ごめんなさい。上手くいったら謝ります。上手くいかなかったら土下座で謝ります。


「でも、夜になったら子供の声がどっからかようさん聞こえて来るんやとか」

「孤児院だから当たり前だよ!」

「あと、誰とも知れへん足音がコツンコツンと聞こえて来るんやとか」

「それ多分孤児院の人の夜の見回りだよ!」

「たまにえもいわれぬ美味しそうな匂いがして来るんやとか。野菜を煮た時のような微かに甘ぁい香りに、ちょんとだけハーブが混ざったような」

「それ台所で食事作ってるだけだよ! 多分スープだよ!」

「カレーの匂いがしてきたこともあったらしいで。辛ぇカレーの匂いが」

「それ絶対にカレー作ってただけだよ!」

「風呂をのぞこうとしたら女の影が映って逃げたとか」

「お風呂入ってただけだよ! そもそものぞいたらダメだしえっち!」

「分かった分かった。まぁ、ボロボロになってるから、今度修理の職人さんを入れんとあかんやろね」

「突然なに?」

「工事……こうじいん……」


 アズがボケた瞬間。

 今までは普通にツッコんでいたのを、アズが寒いボケを口にするかしないかのタイミングで空中へ私が飛び上がって、そのまま脳天に叩きつける。


 ごす。

 鈍い音がする。


「ぐあ」


 思わずうめき声を出すアズ。

「何寒いボケしてるのよ! そんなことで笑い取れるわけないでしょ!」


 そう言いながら、自分の右手に握ったものをじっと見る。……おたま。

 ちなみに孤児院の台所に転がっていたやつだ。

 


「……あ、ツッコミの道具を間違えちゃった♪」


 いかにもわざとらしい口調でそう言いながらおたまを投げ捨てて、代わりに桃色のハリセンを手に取る。


「痛いだろ!」


 怒るアズを私はにらみ返す。


「何考えてるのよ。せっかくの大事な場なのにそんな下らないネタを披露して、白けられたらどうするのよ? ……いやそもそも、失礼だと思わないの?」


 ちらっと客席の反応を見る。びっくりしてはいるものの、取り敢えず今のところ引いてはいない。私はさらに畳みかける。


 ……そう、これが第一の作戦。

 アズのボケが寒い上にテンポが悪いのはもう今更直しようがない。そして桃色のハリセンの恥ずかしさもやっぱりどうしようもない。……取り敢えず見られるものにするためには、自分たちの下らなさを自虐ネタにしてこうして逆ギレしてみせるくらいしか私には思いつかなかった。


「だいたい、この台本何よ。この辛ぇカレーとか、下らないギャグばかり。下ネタっぽいのまであるし。よりによってこんな大事な時に役場でこんなの使えると思ってんの?」


 そう言って、台本を目の前で思いっきり破いてみせる。実はダミーだが。

 一瞬空気に呑まれていた役場の人も、そろそろ逆ギレに飽きかけている。……そろそろ潮時だ。これ以上やっても白けるだけだ。


 私は大きく息を吸って言った。


「もうやってられへん!」

 ハリセンを振り上げて叩き付けると、破裂音とともに閃光が上がる。


 それが第二の作戦の合図だった。



 次の瞬間。


 会議室のドアから、一斉に子供たちが飛び出してきた。……ごくごく普通のいつもの服装、ついでに遊び心で赤いアフロやらきんきら帽子やら無意味に派手なものを身につけて。


「にーちゃんもねーちゃんも全然おもしろくない!」


 そう叫んで、私たちの前に出て来てマイクを奪い取る。ついでに私のハリセンまで奪い取って、私やアズの頭をぽかぽか叩く。


 そのうち騒いでいた子供たちは、勝手に自己紹介を始めた後、一斉に歌を歌い始めた。さらに何を思ったのか、町役場の人の目の前に行って、取り囲んで楽しそうに歌っている。

 ……子供たちの行動までは打ち合わせていなかったので、私たちもティマナさんやレナインさんも茫然。


 慌てて子供たちを追い払おうとした私たちを……役場の人は無言で手で制した。


 飛んだり跳ねたり体を左右に揺すったりしながら、子供たちは歌い続ける。

 私たちははらはらしながら、それを見守っていた。


 歌い終えた子供たちをようやく外に追い出して、私たちは元の席に戻った。


「元気な子供たちですね」


 町役場の人は、そう言って立ち上がった。


「……本当は、今日無理だとお断りするつもりだったんです」


 そう言ってから、軽く微笑んでみせた。


「もう一度、町長の方に上申してみます」


 最後の一言の意味が分からずに、一瞬沈黙する。


「……そういうことですか?」

「上手くいくといいですね」


 ティマナさんがおそるおそる言うと、町役場の人はもう一度にやりとした。

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