浜美に行こうと思ったさ

「『ハチミツとクローバー』が観たい」

いつもの席について開口一番、あかりに愚痴る。座席は灰だらけ。何も映していないスクリーンが白くぼんやり光り、劇場内をうっすら照らす。

あかりがふぅっ、と煙を吐き出した。

「観れば良いじゃないですか、なんでも見放題なご時世なんですし」

「アマプラにない」

「あー」

「TSUTAYAとかでいつも残ってるくせに見たいと思った時に限って在庫なしみたいな感じ」

「あれほんと、どうして今? って重なりますよね。怪電波でも飛んでるんですかね」

「ハチクロ見たい電波?」

「青春再放送思念」

「厄介が過ぎない?」

「サブスク、イオンと同じレベルの侵略者ではありますよね。淘汰するだけ淘汰しておいて、支配が完了したあとは殿様商売。だから嫌なんです。古き良きレンタルショップの方が好きでした」

「気持ちは分かるけれど。だから、ネトフリやらなんやらと多重契約するのも悔しい……でも実写森田さんはとても気になる」

「というか、急にどうしたんです?」

「漫画を読み直したの、久しぶりに」

「あかりがはじめて漫画に心を揺さぶられたの、最終話の竹本くんがサンドイッチ食べるシーンでしたね。これが感動か……と」

「感情を知ったロボット」

「いつか自分も、美大に行って留年してキラキラ生活送るんだって思ってました」

「正反対ね」

埃っぽい朽ちた映画館で引きこもり生活。キラキラ美大生とは程遠い。

「空さんだって少女漫画読むキャラじゃないですよね?」

「私だって、大学に行ったらハチクロともやしもんみたいなキャンパスライフ送れるんだと期待してたわ」

「最近だと『ぐらんぶる』とかもですかね?」

「原作未読勢だけど、結構良かった」

「まあ、隣の芝は青く見えるってことで」

「そんな毒にも薬にもならない台詞……そもそもここにはカビしか生えてないじゃない」

「青カビは薬にもチーズにもなるんですよ」

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