雑多な集合団地からしか得られない栄養素もある

「『耳をすませば』、好きすぎて見たくないの」

「厄介なタイプのオタクじゃないですか。だめですよ、実写の前に予習しないと」

「胸の中にしまっておきたい……」

「空さんがそこまで言うの珍しいですね。普段はスコーン食べたあとの口の中くらいドライなのに」

「雫と聖司くんを見ていると、過去の自分を思い出すようで辛い」

「空さんに甘酸っぱい青春があったとは思えませんが」

「いつになったら言葉のナイフをしまうのかしら」

「いつまでもむき出しの少女のままでいたいんです」

 あかりがふふん、と胸を張る。吸い殻の転がる映写室。シアターで流すジブリを選別中だ。

「大丈夫です。オタクは観てない期間も反芻することで作品を美化してしまいがちですが、改めて観たらなんともないってこと、結構ありますから」

「違うの。雫は聖司くんに憧れて、自分も何者かになろうともがいて小説を書くわけでしょ。でも、地球屋でセッションする前、『これくらいのやつたくさんいるよ』と自分を過小評価して。あの頃から2人の立ち位置は微妙に違ってて。でも夢への道を進んだのは聖司くんで、雫は雫なりの道を歩むことにして、朝日の前で確かじゃない約束をする。そのむず痒さがあまりにも……辛い」

 あかりには言わないが、鑑賞後の勢いで中学校の卒業アルバムを開き、みんなが語る明るい将来の夢と自分の空っぽな未来像をくらべてしまって泣いたこともある。あかりには言わないが。

「空さんも、自分は何者にもなれないんだって早々に自覚して泣いたことありそう」

「そんなわけないじゃない。そこまでセンチメンタルじゃなかったわ」

「いいや、間違いないです。まあ、その成れの果てが今の空さんってことで。さぁ、見ますよ!」

「紅の豚にしない? そっちも好きだから」

「好きなジブリで紅の豚を話題に出すやつは大体斜に構えてんですよ」

「偏見が過ぎない?」

「ちなみに私は平成狸合戦が好きです」

「あなたがいちばん構えてるわよ」


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