四十話
新しく購入した槍と、薄緑色の虫が蠢く保存瓶を抱えて。
俺たちは東雲東に戻っていた。
「アレって、ほんとに食べられるの?」
「う~ん……」
ワイルドジャーキ-も買った。
でもコスパ的には虫の方が圧倒している。
「犬っ!」
野犬が三頭。
こちらに気づき突っ込んできている。
手に持っていた保存瓶を葵に預ける。
葵は、ビクっとして落としそうになり。 蠢く虫を眠たげな瞳は捉え口を半開きにさせた。 帰ったらBBQでもしような。
「――ふッ!!」
「ギャゥ!?」
突きが決まる。
骨矛だと突きは回避されがちだったが、野犬の意識外から鋭い突きを喰らわせた。
両手で持った槍。
左手を柄の真ん中あたり、右手は後ろに。
半身の姿勢で、野犬を迎え撃つ。
「キャイン!?」
叩く。
突きの最大射程から中に入ってきた野犬は叩いて迎撃。
速く鋭く、高回転の叩き技。
槍の神髄。 中距離で一方的に叩き伏せるのだ。
新しい槍は使いやすい。
「ガルルッ!!」
「……」
最後の一頭は脚に噛みついた。
いや、噛みつかせたというべきか。 タキシードの防御力を突破する程の噛みつきではない。
そのまま首根っこを掴み地面に押さえつける。
「うやぁあ!」
木実ちゃんは、鉄の塊のついた棒を振り下ろす。
「――キャウ!?」
テニスラケットとは違い。
その一撃は野犬の頭を潰した。
「はっ、はっ……」
猫の万屋で、止め刺し用のメイスを購入している。
三人で使ってもらう予定だ。
槍を馴染ませつつ、、三人の魂魄集め。
東雲東高校に近づくにつれて、野犬の数が増える。
「みんな大丈夫かな……」
「……」
不安な表情。
そして高校に辿り着く。
「ワンワンパニック……」
「なんなの……」
正門は破壊されていた。
補強のために裏に置かれた机なども吹き飛ばされて、街路樹はへし折れている。
ロータリーを跋扈する野犬。 校舎や校庭に赤黒や双頭の姿も見えた。
「そんな……」
両手を胸の前で組んだ、木実ちゃんが悲し気に呟く。
無理もない。 高校に残っていた者たちの安否は、どう考えてもよろしくない。
その時だ。
「キコォオオオ!!」
「ガルアッ!!」
雄叫びが響く。
野犬と魚頭。
その群れが、高校を舞台に戦闘を繰り広げている。
怪物同士の争い。
「何してるの……?」
「……」
猫の万屋の言葉が本当なら、俺たちは怪物たちの祭りに巻き込まれているわけだ。
魔皇帝位を争う怪物の祭りに。
「ん?」
二階にある体育館のドアは閉められたままだ。
体育館の窓から、チカチカと光が煌いている。
『SOS』か?
体育館はまだ無事なのかもしれない。
「……いくぞ」
「あっ、――うん!」
木実ちゃんに体育館を指さし伝えた。
光に気づいて驚き、喜びの表情に変わる。
魚頭と野犬が争っているうちに、手薄な所から校内に入ってしまおう。
顔を青くするリサと、虫の蠢く保存瓶を抱える葵と共に、高校へと帰還する。
◇◆◇
どうすればいいんだ?
「もうダメだ……」
「自衛隊はなにしてんだよ」
「どうして皆帰ってこないのよっ!」
怪物の襲撃に、僕たちは門を守ることはできなかった。
周囲から殺到する怪物。
門から押し寄せる魚頭の怪物だけでなく、校庭側からも犬の怪物が押し寄せて、もうどうすることもできなかった。
体育館に逃げ込み、ドアを叩く怪物たちに怯えて、皆が顔を青くしていた。
怪物たちの叫び声はずっと木霊していた。
「何しているんですか……?」
「うん? 誰かが気づいてくれるかも、と思ってね……」
「やめろ! 外の奴らにきづかれるだろっっ!?」
「ちょ、大声出さないでよ!」
みんな苛立っている。
どうにかしなきゃ。 でも、どうしたらいいんだ……。
「服部。 こっちきて」
「九条さん……」
顔色が悪い。 壁に背を預けて座っている。 脚に巻かれた痛々しい包帯と添え木。 手当では治せない。 骨が折れているんだ。 昨日の襲撃で僕をかばって怪我をした。 僕なんかをかばって……。
「もし、ドアが破られたら。 そっちから皆を連れて逃げな」
「っ……」
「大丈夫。 服部ならできるよ」
ニコリと笑った彼女。
美人だけど表情に乏しい、そんな印象は吹き飛ぶほどに慈愛に満ちた笑みだった。
言葉の出ない僕はそっと、彼女の脚に手を当てるだけだ。
彼女を残して逃げる。 そんなこと、僕はきっとできない。 でも、みんなを助けろと、彼女は望んでいる……。
――キコォオオオ!!
怪物の雄叫び。
体育館は静寂に包まれた。
外だけではなく、近くの校舎からも戦闘の音が聞こえてくる。
「五分は稼いでやる」
「反町さん……」
反町さんの腕はまだ完治していない。
あばらも折れているし、背中も良くないと、葛西先生が言っていた。
だけど、鉄の支柱を持ち上げ、戦闘の音が聞こえてくるドアの前に仁王立つ。
――バァン!
「きゃっ!?」
「うわあああああ!?」
何かが激しくドアにぶつかった。
みんなが逃げて別のドアに移動する中、九条さんも立ち上がる。
その手には竹刀を強く握り締めて。
「三分は足してあげるよ」
「はは。 頼もしいな」
ガガッ、ガガッと。 何かが、歪んだドアをこじ開けようとしている。
「――来るぞ!」
「服部! はやく逃げてっ!」
真剣な表情の彼女は僕を見つめて言った。
だから僕も、彼女を見つめて言い返す。
「僕も戦います! 絶対、みんなで、――戦います!!」
「っ……」
たとえどんな怪物が相手でも絶対に逃げ出さない。
僕が彼女を、――守るんだ!!
ガガガッ!
「「「――ッッ!?」」」
阿修羅!?
ドアをこじ開け入ってきた怪物。
筋骨隆々で長い槍を持ち、金髪のアフロ。 眉は無く修羅の形相をして口元はニヤついているいる。
なぜかタキシードを着こなして……。
「お、鬼頭さん……?」
後ろからひょこりと、女の子が三人現れた。
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