立ち向かっていくしかねえですわ。

「1回裏、ビクトリーズの攻撃は、1番センター、柴崎」





試合前の打撃練習を見る限り、今日の柴ちゃんはなんだかやってくれそうな気配があった。


昨日までは、正直もう1歩な成績が続いていたのだけど、スカン、スカン!と鋭い打球を右へ左へ自由自在。



元々、練習の見映えはいいタイプの選手だから、いつも通りっちゃ、いつも通りという感じだけど……。






スカンッ!




1ボールからの2球目のストレートをピッチャー返し、神沢は足を引いて避けるだけ。打球は2塁ベースの真上を通りながら、鋭くセンターに抜けていった。




やるやん!




「2番、レフト、新井」





そうアナウンスされた瞬間……。






「新井ー!」



「あらいー、おかえりー!」




「新井くーん!負けないでー!」




バックネットの観客席からそんな声が飛び、気付いたらたくさんのお客さんがその場で立ち上がり、俺に拍手を送っていた。





それに応えようと、俺は両手を下から上へと振り上げるようにした


もっと、もっと声援をくれと訴えるようにして打席に向かう。




そんな姿を見たビクトリーズファンはまた1つ大きく沸いて俺の応援歌が流れ始めた。





その直後の初球。1塁に牽制を入れることもなく、マウンドの神沢は、なんとサインの交換などせずに、ど真ん中にストレートを投げ込んできた。




俺はフルスイングで迎え打つ。





ブルンッ!!





ゴロゴロゴロッ!




思い切り振ったバットにボールはかすることもなく、ピカピカのピンクヘルメットがアンツーカーで跳ねて、人工芝の上を転がった。




球界を代表するホームランバッターの復帰第1打席ですから。


当然ファンは豪快な打球を期待しているわけですよね。


そういうわけで、こちらも男気で対抗。



これ以上ないフルのスイングをしていったんだけど、思い切り振り遅れだし、ボールの下を振ってしまっていた。






今の、153キロだって。そりゃ当たらんわけだよ。





「新井は初球を思い切りスイングしていきましたが、空振りになりました。ヘルメットを吹き飛ばす程の何ふり構わないスイング。珍しいですね、大原さん」




「まあ、豪快な打球なんて誰も期待はしていないですからねえ。色々ありましたから、鬱憤を晴らすような打席にしたいのは分かりますけれど、まずは自分のバッティングというものをやっていって欲しいですねえ」




「そうですね。もちろんこの中継をご覧になっている方はご存知かと思いますが、新井はドーピング違反ということで、連盟から出場停止処分を受けてしまいましたが、昨日それが撤回されました。


その間、10日間、チームから離れることになったわけですが………。新井と言えば、日本プロ野球史上初のシーズン打率4割という期待がかかっている中で、規定打席にも当然到達しなければいけないわけであります」








「6月を迎えた段階で、開幕2軍スタートだった分を取り返し、交流戦でMVPを獲得する好調ぶりもあり、一時は規定打席に到達して、打撃ランキングのトップに君臨していた時期もあったのですが………」




「オールスターの時にねえ……」



「そうですね。オールスターの全選手の中でも得票数トップになりました。しかし、第1戦の会場である水道橋ドームに向かうタクシーの車内で事故に会ってしまい、首を痛めるケガで離脱しました。


その後復帰しまして、事故の影響を全く感じさせない活躍ぶり、らしいバッティングが光りまして、また規定打席に届こうかというところで、今回はあらぬドーピング違反という形でまた、試合に出場出来ない形になってしまいました。



ですから、ファンの方々からしたら……」





「そりゃあ、もちろん。ファンだけではなく、首脳陣もチームメイトも、チーム関係者も、もちろん新井本人も、どうしてこんな目に会わなならんのかと、腸が煮えくり返るような思いですよ。


ですから、今のようにファンが立ち上がって復帰の打席を拍手で迎えたと。とにかく彼に野球をやらせてあげたい、彼のプレーをずっと見ていきたいという思いですよね」





「そして現在の新井の打率は……305打数127安打。4割1分6厘です」




「4割1分6厘ですか。正直、笑ってしまいますねえ」








「ビクトリーズは今日を含めまして、残りが21試合。新井はシーズンの規定打席まで、あと98打席ですから、1試合当たり4、5打席立つことが出来れば、去年叶わなかった正真正銘の打率4割という記録を打ち立てるその権利をまず得ることになるわけですね」




「21試合で98打席ですか、休まず試合に出続ければなんとか届きそうなところですねえ。いずれにしてもチームメイト達の協力は不可欠ですねえ。」








2球目。俺は指2本分短く持ってピンクバットを構え直した。初球の真ん中空振りで分かったように、相当振り遅れているから。



しかし、そうしたところで、そう簡単にはバットに当てることが叶わないことは明らかだった。



外角のやや低め。1番好きなコースに、2球続けてのストレートが来たが、同じようにバットは空を切った。むしろ、初球よりきつい空振り。




だから、その直後のインコースストレートにも、当然対応出来るわけがなかった。






3球三振。真ん中、外、内と、全て150キロ以上のストレートでものの見事な3球三振。




ビクトリーズファンのため息と一緒に、俺もため息。せっかく柴ちゃんが出塁したのに、何も出来なかった。




フライヤーズ先発の神沢は、俺を三振に仕留めたことで気を良くしたのか、続く阿久津さんと赤ちゃんも無難に打ち取って無失点の立ち上がりとなった。

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