よりによって君なのかい。

ドーピング検査の陽性が出て、球団本社に集まって相談した結果、つくば市の研究所ですぐに再検査してもらったのが大ファインプレー。



午後には出たその再検査のオフィシャルな資料をプロ野球連盟の方に素早く提出出来たから、すぐに動いてくれたわけ。




だから、ドーピング検査に間違いがあった証拠を掴むことが出来た。




俺の尿や血液が入った本来のものは、菓子パンやカップラーメンのゴミと一緒に入っていたらしいからね。





有り得ないでしょ、そんなの。




もちろんそのキットの検査欠陥はこれ以上ないくらいの陰性。若干尿酸値が高かったらしいけども。





そういう会社だったからなのか分からないけど、調査に入った数日後には、研究所の所長やら取締役的な人と連絡が取れず、雲隠れという状況。



廃工場を買い取ってリフォームしたというその研究所も、週刊誌の記事では、お金になりそうな実験器具や研究設備が盗難に遭ったのか、倒産を知った関係者が無断で持ち出したのか、残っていたのは何十年ものか分からない古い冷蔵庫だけ。



ロッカーやデスクはあらかたひっくり返されており、研究所資料やら何やらで足の踏み場もないくらいのぐちゃぐちゃ。



倒れたスタンド灰皿からは、片付けられていない吸殻で異臭が漂い、虫も大量湧いていたりしたらしい。





そんな研究所に残っていたのは、研究には直接関わっていない、事務員の女性が数人だけ。



途方に暮れながら、寂しく荒れ果てたデスクの片付けをしていたんだとさ。





灰皿を1番に片付けなさいよ。







そんなやべー会社に頼んでしまったことで、下請けを発注した本来のドーピング検査を託されていた会社さんと、その下請けにオッケーをしてしまったプロ野球連盟のとあるおじさんが大ピンチ。




やべー会社がテキトーな仕事をして、健気で一途で儚く、随一イケメンで次いでに何かの記録もかかっていた、1人の野球選手を10日間の出場停止に追い込んだのだから、謝罪会見をして俺の出場停止を取り下げれば済む問題では無くなっていた。




ビクトリーズファンは激怒だし、他のチームファンもまあそうだし、選手会も大憤怒。



福岡ハードバンクスに所属する、選手会の会長であり、3月の日本代表にも選ばれていた外山さんから電話がかかってきて。




新井、もしあれならストライキやるぞ!みたいな雰囲気になっていたから、めっちゃ焦りましたわ。



流石に試合中止は事がデカすぎだから、それは止めて下さいとお願いしたら、俺の背番号にちなんで、その日の試合は全ての球場で、6分40秒試合を遅らせるという謎のプチストライキが敢行されたのであった。





審判団や球場関係者にも協力してもらい、プレーボールの時間なのに、誰1人としてグラウンドに出て来ない。



スタンドのお客さんと一緒に、バックスクリーンに表示された6分40秒のカウントダウンをただただ見つめるだけという、試合があったプロ野球全ての球場でそんなシュールな光景が広がっていたのだ。





6分40秒の横に、新井選手はこのおよそ2000倍もの時間と選手としての可能性を奪われた。





というメッセージも印象的でしたねえ。




それと残る問題は、陽性判定の報道が早すぎるという件。朝イチでしたから、球団も本人もまだ知らないうちに、どうして一部の報道陣がスッパ抜いとんねんという話。



とある筋の情報によると、ドーピング検査に関わっていた社員が金銭目的で個人的に付き合いのあったメディアマンに陽性判定の資料を流した線が濃いのだという。




まさかそれが取り違いだとも知らずに、まあ本当に陽性だったとしても追及されそうなもんだが、そんなスクープ他より早く出したい衝動に駆られるもの無理はないかもしれないが。



確実に裁判沙汰。賠償金が何億になるのかという流れになってから、とある筋子ちゃんも、その記事を書いたというメディアマンの姿を見ていないらしい。




怖い。消えたのか、消されたのか。





それにしても、また裁判かよと。こちとら、熊本の試合の食中毒の件と、相手方の保険会社と話し合い中になっているオールスター交通事故の件で、既に2つの訴訟案件で両手が塞がっているんですけど、という気持ちですよ。




そんなこんなとありながら、ある程度体は動かしつつ、おやつやアイスを食べ過ぎて体重が増えないようにしながら、みのりんにしっかり管理される生活。



とはいえ、時間はありましたのでね、Tシャツを作りに行ったり、せっかくだから夏祭りや花火大会へデートと洒落込んでみたりして、俺は10日ぶりにビクトリーズスタジアムへやってきた。





いやー、ドーピングの疑いが晴れたということもありますけど、なんだか新鮮な気持ちですわ。




もしかして、私が作った物に何かいけないものが入っていたんじゃと、みのりんをやきもきさせてしまった部分もありましたんで。



そういった意味でも本当に安心しましたよ。




「えー、今日からまたやらせて頂けることになりましたので、何卒よろしく」




執拗に腕を擦ったり、ちょっと薬が切れてきたな………。などと呟いて笑いを取りながら、全体練習前にみんなの前で挨拶させて頂きまして、そのまま列の先頭に立って声出しランニングまで行った。




久しぶりだから、そろーっと練習を始めたかったんだけど、俺が抜けていた間、チームは1勝7敗とボロボロだったのでね。




復帰した俺が、沈んだチームのムードを変えるようなきっかけになればと、いつもより2割増しでおケツをきゅっと締めまして練習に臨んだのでありました。




また増えてしまった借金を少しでも減らしていきたいところなのだが、今日の相手は首位の北海道フライヤーズ。



しかも、勝利数、防御率トップのエース神沢が先発のマウンドに上がる。




正直相手が悪すぎる。


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