そろそろ、みのりんに検査してもらわないと。
なんとか研究所の所長とか、なんとか部長とか。
頭が真っ白タイプのおじさんが出てくるのか、ちょっとやつれた細い体で、眼鏡と時計は高級そうなものを身につけたタイプのおじさんが出てくるか気になっていましたけど……。
現れたのは白衣は白衣をワイシャツの上から羽織ってはいるのだが、耳にピアスをしていて、メッシュとか言うんでしょうか、頭の左側の一部分だけちょっと金髪になっていて。
まあ、偉い部類の研究者ということで、稼ぎはいいでしょうから、普段からいいものを食べているのでしょう。白衣がちょっとパツンになるくらい立派な体格をしたそんな男が現れたのだ。
その会見の場に居合わせた記者陣がちょっとざわめく。
それが気に触った部分もあるのだろうか、現れた男はちょっと不機嫌そうな態度で……。
「アグライ研究の佐江木と言います」
と、発したそこまでがまともだった。
「だから何度も言っていますよね!? 検査で陽性が出たというのはそういうことなんですよ! 何度も言わせないでもらえますか!?」
会見が始まって少し経つと、気付いたらなんかもう乱闘が起こってもおかしくないくらいの荒れ模様になってきまして、大変面白い感じになってきました。
もうわけが分かりません。
「質問よろしいでしょうか。……あのー、プロ野球において正直ドーピングをするメリットと言いますか、そういうのは非常に少なくなると思うんですが………」
「ドーピングの効果がどうとか、私は知りませんよ! こっちはちゃんとした検査をした上で陽性反応が出たから発表したまでですから!」
「先日のドーピング検査では、新井選手と一緒に奥田選手も検査を受けていると思いますが、そちらは陰性ということで間違いないんでしょうか?」
「うちの検査結果が信用出来ないということですか?失礼じゃないですか、あなたは! どこのテレビ?」
「テレビではないですけど。失礼ですが、この会見にテレビメディアはあまり来ませんよ。新井さんが出るわけではないですし。あなたにそこまで注目はないですよ」
ちょっと攻撃された記者がそう皮肉な言葉を投げ掛けると、失笑が生まれ、マイクを手にするメッシュの男はさらにヒートアップして余計なことを口にした。
「とにかく、新井からそういう反応が出たんですからやっていたってことなんじゃないですか、結局。親会社がアメリカみたいだし、そっちのルートから手に入るんでしょ。他の選手とかもやってたりすんじゃないですか、知らないですけど」
と、言いかけたところで、慌てるようにスタジオの方にカメラは切り替えられた。
アナウンサーがなんとか取り繕いながら、急に下町の人情食堂みたいな特集が始まり、しわしわだが、力強く中華鍋を振るうおばあちゃんが出てきた。
俺はそんな流れになり感づいた。
こりゃ、復帰は思っていたよりも早くなりそうだなと。
新井のドーピング検査、間違いだった。
ビクトリーズ新井、再検査で超陰性。やんごとなき陰性。
ビクトリーズ新井のドーピング検査。取違い発覚。
研究所、連盟、謝罪。
10日後、朝刊各紙にはそんな言葉が踊っていた。
8月31日、プロ野球連盟と当該のドーピング検査を行った研究チームは、北関東ビクトリーズに所属する新井時人(29)のドーピング検査は、検査時の不手際から誤って陽性反応が出たことを揃って発表した。
研究所の調査チームは、オペレーション上での手順確認のため、陽性反応が出る試作キットのボトルと、ビクトリーズスタジアムから持ち帰ったボトルの取違いがあった事実を認めた。
改めて行った再検査では陰性、新井選手本人の強い希望で、超陰性。やんごとなき超陰性と結果が出たことで、プロ野球連盟は新井選手の出場停止を解いたことも合わせて発表した。
ほれ見たことかと。
よう10日前は、新井ドーピング、やっていただの、球界追放だのとおもしろおかしく報道してくれたなと、俺はご立腹ですよ。
そりゃあ、陰性で当然よ。だってやってないんだもの。
風邪薬やサプリメントの類いは飲まないし、球団から指定されているビタミン剤とかもやらない。
やるのはみのりん飯と朝のソフトクリームくらいのもんですから。
童貞検査くらいですよ、俺に陽性反応が出るのは。
俺の検査が陰性……じゃなかった。超陰性、やんごとなき陰性なのは報道された通り。
陽性反応が出る練習用キットと俺のボトルを間違えるとかいう、小学校の理科の実験でもなかなか起こらないような凡ミスに、俺だけでなく、野球界のみならず世間全体ががっかり。
そんな奴はすぐクビにしろ! 日本から出てけ! などと、うわべだけのニュースで俺を叩いていた人達も揃ってがっかり。
隣人がドタバタと四六時中うるせえなと、文句を言いにいったら大家さんに、隣の方1ヶ月前くらいに事故で亡くなりましたよと言われたみたいな感じ。
あれほどボルテージの上がった怒りが一瞬かのうちにどこかに飛んで消え、背中からじんわりと感じるような恐怖だけが残る。
つまるところ、結局は何でそんな凡ミスが生まれたのかという話だ。
本来ドーピング検査を行っていた会社から委託を受けたのが、この前ビクトリーズスタジアムに来た人達であり、近年希に見る放送事故会見となったあのメッシュの男が所属していた会社。
プロ野球のドーピング検査にも、下請け事業が行われていたのかと、俺はびっくりしたわけである。
その会社の建物内で、4割打者のお小水が入ったキットを発見したのは、プロ野球連盟が慌てて派遣した外部の調査委員会だった。
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