下された制裁
新井時人、無期限の出場停止。
それがプロ野球連盟から俺に下された処分だった。
ビクトリーズが土曜日のデーゲーム。俺を欠いたメンバーで埼玉ブルーライトレオンズに、2ー7で負けた試合の後に発令された処分。
ダントツの首位打者に加え、史上初の打率4割にあと少しというところまで来ていた選手の出場停止処分という字面は非常にキャッチーだった。
みのりん部屋でテレビを見ていても、ピコリーン、ピコリーンと字幕の速報が出たり、ネットニュースのアクセス数が今年1番のものになったり、深夜のスポーツニュースでも、プロ野球試合結果を今日はちゃっちゃっと終わらせたらその話題。
最後に紹介された、広島浦野君のサヨナラホームランで盛り上がった空気から一変。まるで俺が未成年の女の子に手を出したみたいな空気が流れ、トゥルトゥル頭の解説者おじさんも難しい表情をしている。
「えー、今日は非常に衝撃的な報道がありました。北関東ビクトリーズに所属する新井時人選手から、ドーピングの陽性反応が出た問題で、プロ野球連盟は先ほど、同選手に今シーズン中の無期限の出場停止処分を決定致しました」
ジャパンTVのスポーツニュース番組では、水嵩アナウンサーが目をうるうるとさせて、声を震わせながら、そう伝え、プロ野球コミッショッナーおじさんのVTRに切り替わる。
「この話を聞いた時びっくりしたんだけど、出場停止処分とはなってますけど、まだこれは仮と言うか、検査の陽性反応が出たことへの形式的な処分ですので、また改めて明日には動きがあると思いますので……あの〜、あなたは泣かなくても大丈夫ですよ」
「すっ………ずみませんっ!! ちょっと動揺しまして」
レジェンドおじさんがドーピング検査が出た俺と、処分を言い渡したプロ野球連盟の状況を説明しようとしているところなのに、水嵩アナが嗚咽混じりに泣き出してしまったのだ。
アナウンサーが本番中に泣くなんて、番組を卒業する時くらいだと思っていたので、知らぬ仲というわけではないし、本当に申し訳ない気持ちになった。
もちろん、俺のことをイチオシ選手として応援してくれている水嵩アナウンサーだけではなく、うちの両親もそうだし、監督やコーチやスタッフや裏方さんやチームメイトももちろん。
いつになったら試合に復帰出来るか分からず、とりあえずは自宅謹慎という形になっていますからね。
スタジアムや練習場にも行けずに、やり場のない気持ちを悶々とさせながら、気付いたら涙がぽろんと零れてしまいましたよ。
「時くん。大丈夫。私はあなたを信じている。すぐにまたチームに戻れる。だって、4割打者なんだから」
みのりんはそう言って、俺を後ろから優しく抱き締めてくれたのだ。
せっかくなら、もう少しお胸にボリュームがあれば……。
俺のドーピング検査陽性反応が出て、2日。月曜日の朝になり、朝8時台の情報番組が始まると、だいたい一斉に俺の話題からスタートしていく。
なんだか何ヵ月か前にも見たような光景。真っピンクなユニフォームに真っピンクなバットを持った俺が写ったパネルが登場する。
番組MCが訊ねるのは、プロ野球レジェンドおじさん達で、彼らは自分が現役の頃の話を交えたりしながら、プロ野球のドーピング事情を説明する。
昨日、一昨日もエゴサーチなるものをしまして、世間の反応はどうなのだろうと調べて見ましたら、何かの間違いじゃね?
そもそも、野球でドーピングするメリット少なすぎぃ!みたいな意見が多かった。
そりゃ中には、ドーピングなんか最低! 新井とかゆう選手死んだ方がいいじゃん!
みたいな、野球が何人でやってるかもあまりよく分からない、とりあえず何かニュースになってたら叩いておきたい人間の意見もあったけど、玄人の野球ファンがすぐに叩き潰しに行ってましたわね。
最近はネットなんか使ったらすぐに色んな情報や知識が手に入りますからね。
新井、ドーピング!とあいつ、やっちまった!みたいにメディアが報道したところで、素直にそれを受け入れる世間の雰囲気ではなくなっているみたいだ。
もちろん、全てのニュースに対してそうなるわけではない。
しかし、今年の新井さんはこれまでにも、遠征先で食中毒になった時も、チームのまとめ役を買って出て頑張っていたし、少し前のオールスターゲームに向かう途中で事故に会って病院送りになったなどという出来事もありましたからね。
こんな短い期間に、いくつもの外的要因にプロ野球生活を妨げられる不幸な選手という評価になりつつある。
そのおかげで、野球ファンでなくとも世間の声は、せっかく頑張ってるんだから、ちゃんと野球させてあげて! みたいな感じになっているのでね。
こんな状況になっても、わりかし俺の周りは過ごしやすいお天気になっていますよ。
近くの八百屋さんに寄ったら、これ持っていきな!と立派な桃をひと山渡されたり、馴染みのお肉屋さんが味噌漬けのいい豚肉を届けてくれたりと、逆に申し訳ない気持ちになった。
そしてそれ以上に、地元の人達の温かさというものを改めて実感しましたよね。
同じマンションに住む子供達も、ドーピングマン来たぁ!といじって下さいますから。
そしてそんな日の午後。とあるニュース番組では、俺のドーピング検査を行った研究チームが会見に出てくるということで、お茶とお煎餅を食べながらそれを見ていたのだが……。
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