第7話

 風穴の入り口まで来て中を覗くと、やはり岩肌に苔むした洞窟という感じで。


 ティアさんが言うには、この風穴はトンネル状になっているそうで、強い風が吹き出していた。


 やや水気を含んだ苔の匂い。


「……なんか聞こえません?」


 タマちゃんが耳に手を当てて、そう告げて。


 俺も同じように風穴に向けて耳を澄ますと。


「……笛の音……フルート、かな?」


 俺も楽器に詳しいわけじゃないから断言はできないが、そんな感じの音が遠くから聞こえる。


 ふたりでティアさんを見たけれど。


「――今はまだナイショです」


 片目をつむっていたずらげな笑みを浮かべたティアさんは、人差し指を口元に当ててそう応えた。


「行ってみてのお楽しみってことですか……」


 そうして俺は再び風穴を覗き込み、懐中電灯代わりにスマホを取り出そうとしたのだが。


「イツキさん、イツキさん!

 こんな時こそ、アレですよ!」


 タマちゃんが俺の肩を叩きながら、右手を顔の前にかざす。


 ……なるほど。


 さっそく魔法を実用してみたいのか。


 俺はうなずき、ふたりそろって厨二ポーズを取る。


「――集え!」


 耳に響く鈴の音。


 それに合わせて、タマちゃんは指鉄砲を前方に差し出し。


 一方、俺は人差し指だけ立てて、それを上方に向けた。


 想像通りなら、これで――


「――光精!」


 タマちゃんの指先から光条が放たれて、風穴内を照らし出す。


 対する俺の指先には……


「ふえ!? イツキさん、なんですか、それ!?

 どうやったんですか?」


 拳大の光球が出現し、タマちゃんが驚きの声を上げる。


 これにはティアさんも驚いたようで。


「――法則にお気づきになったのですか!?」


 口元に手を当てて、そう尋ねてきた。


 俺は照れくさくなって頭を掻く。


「空で教えてもらった時に、水球を出す魔法だけ親指を折ってたじゃないですか。

 だから、親指の曲げ伸ばしが、筋になるか球になるかのトリガーなんじゃないかなって……」


 人差し指と中指を伸ばしたライター魔法の時は、親指を立てて教わったんだ。


 それが薬指まで来て、ティアさんは親指を折って見せた。


 それで出たのが水球で。


 俺はこっそり、親指を伸ばした方も試してみたんだが、水鉄砲みたいな水流が生まれたんだ。


 だから、親指はトリガーで、他の指が魔法の種類――いわゆる属性を決める役目を持ってるんじゃないかって、想像してみたんだよな。


 そうティアさんに確認してみると。


「仰る通りです。

 そして魔法は物理法則に縛られませんので、指の組み合わせと、それに対応する喚起詞で……例えば燃える氷なんてものも生み出せたりします」


 言いながら、ティアさんは素早く厨二ポーズを取って、中指と薬指、そして小指を立てて。


「混ざりてもたらせ、火精、氷精!」


 途端、ティアさんの立てた指先に拳大の氷塊が出現し、瞬く間に紫色の炎に包まれる。


 燃えているのに、氷は溶けることなく、ティアさんの指先に留まっている。


「すごい、すごい!」


 タマちゃんがぴょんぴょん跳ねながら、ティアさんの周りを回った。


 興奮するタマちゃんに、照れたようにはにかむティアさんは。


「それではみなさん、明かりの用意ができたことですし、参りましょうか」


 そう告げて、先頭に立って歩き出す。


「はーい!」


 タマちゃんが手を挙げてそれに従い、俺もまた歩き出す。


 風穴の幅は広く、三人並んでもまだ余裕があった。


 高空だからか、洞窟につきもののコウモリが現れることもなく。


 道は緩やかな下り傾斜になっていた。


 苔で時々足を滑らせそうになりながらも、俺達は風穴を進んだ。


 一時間ほど歩いて休憩を取る。


 ティアさんが、肩から下げた鞄から俺達用の水筒を出してくれたけど、俺とタマちゃんは魔法で水を出して、それを飲んだ。


 ほんのり甘い感じがして、美味しかった。


「おふたりもすっかり魔道士ですね」


 そんな俺達を見て、ティアさんは優しく微笑んだ。


 何度かあった別れ道も、ティアさんは慣れているのか、迷うこと無く案内していく。


 次第に風が強くなってきて、道の先が光り始めた。


「……外?」


 俺の呟きに、ティアさんがうなずく。


「はい。あそこから一度、風穴の外に出ます。

 ――そこが目的地です」


 風穴に入った時から聞こえていた、笛のような音はいよいよ大きくなっていて。


 それから間もなく、俺達はそこに辿り着いた。 


 まるで切り取られたかのように、綺麗な半円に穴の空いた地面からは、雲に霞んだ地上が見えた。


 向こうの壁が崩れていて、やや傾き始めたふたつの太陽が見える。


 天井もまた光沢さえ見て取れるドーム状になっていて。


 それだけでも不思議な光景なのに、俺達の目はその中央にあるモノに釘付けになっていた。


「……環?」


 それは巨大な……厚さ一メートル、幅は五メートルくらいの環で。


 それが全部で五つ、グルグルと回っていた。


 内側の最も小さいもので、直径二十メートルはあるだろうか。


 最外縁にあるものだと、大きすぎて想像が付かない。


 その巨大な環が、軸もないのに独楽のように縦横問わずに回っていて。


「うわぁ……」


 俺もタマちゃんも、感嘆の声をあげることしかできない。


「奏風環と言います。

 回転の際、表面に刻まれた文様が風を切って音を奏でる為に、そう名付けられました」


 ティアさんが言うように、よく見ると環の表面には細かな文様が刻まれている。


 環が奏でる多様な音が、滑らかな地面やドーム状の天井に反響する。


 高音から低音まで、環が奏でる音は、まるでひとつの曲のようで。


「……これって楽器なのかな?」


 なんとなく思った事を口にすると。


「一説ではそうとも言われていますね。

 古代の魔道器だそうで、この島や周辺の岩を浮かべている原因ではないかと」


「楽器が魔道器?」


 タマちゃんが首を傾げる。


「古代では、唄や音楽を用いて魔法を使ったそうなのですよ。

 その為、古代の遺跡などでは、この奏風環のように音を奏でる魔道器が多く見られます」


「それじゃあ、ここも古代遺跡なんだぁ」


 古代の人が、どうやってこんな巨大なモノと造ったのか、とか。


 どうやって動いているのか、とか。


 いろんな考えが浮かんだけれど、目の前の光景に圧倒されてしまって、言葉にならない。


 ぐるりと周囲を見回して、タマちゃんは感嘆のため息をつく。


 俺はというと。


 とにかくこの光景を残したいと思い、壁際まで寄って、デジカメを構えた。


 ここまで離れれば、なんとか全体を撮影できるようだ。


「あ、あたしも撮る!」


 そう言って、スマホを構えたタマちゃんが俺の横に駆け寄ってくる。


「以前ご案内したお客様の中には、奏風環の曲を録音なさっていた方もいらっしゃいましたよ」


 ティアさんが微笑みながら、そう教えてくれて。


 俺とタマちゃんは顔を見合わせて、笑いながらスマホの録音ボタンを押した。


 それから互いに口元に人差し指を立てて、しーっ。


 思わず俺達は顔をほころばせた。

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