第6話

 魔法を教わった事で、俺達は完全に異世界に魅せられていた。


 ティアさんが言うには、日本政府との取り決めで、戦闘に使えるような魔法は教えられないそうで。


 俺達が教わったのも、光条を出すものの他には、ライターサイズの火を灯らせるとか、水鉄砲のような水流を生み出すだとか、ちょっとピリっとする雷を出すというものだったけれど。


 それでも指の形と声だけで、それらを生み出せるというのは、やっぱり心が踊った。


 そうして、シルフィーちゃんの背の上で、俺とタマちゃんは覚えたての魔法を見せあっていたのだが。


 不意にシルフィーちゃんが、澄んだ金属質な声で鳴いた。


「――風路を抜けますね。

 まもなく目的地です」


 ティアさんが告げたように、少しすると風精のトンネルの出口が見えた。


 待っていたのは、あのチラシにあった、空に浮かぶ島で。


 無数の岩塊を周囲にまといながら、ひときわ大きな浮遊島がその中心に浮かんでいた。


「ご案内致しますあの島は、最長部で十二キロ、最短部で四キロほどあります。

 島内は人や他生物が滅多に立ち入らないため、独自の生態系を確立していております」


 シルフィーちゃんは羽根をたたんで上昇し、浮遊島を上空から見せてくれた。


 歪んだひし形のような形をしていて、中心部からややずれた位置に大きな山があった。


 頂点がカルデラ状に窪んだ岩山で、中腹から川が流れ出て麓で湖となっている。


 そこから再び川となり、島の端から滝となって流れ落ちる光景は、圧巻としか言いようがない。


 島自体は全体的に森に覆われていて、時折、見たことのないカラフルな鳥が飛び立つのが見えた。


「中央の山は標高一七三メートル。中央のカルデラの奥に風洞があって、観光スポットになっておりますので、後ほどご案内致しますね」


 ティアさんが解説している間も、俺とタマちゃんは夢中で写真を撮りまくる。


「あ、そういえば竜――飛びトカゲは?」


 目を輝かせてタマちゃんが訪ねた。


 あのチラシのように、浮遊島の周囲を飛ぶドラゴンという構図が欲しいのだろう。


 俺だって、そういう風景写真が欲しいと思ったから、きっとそうだ。


 途端、ティアさんは頬に手を当てて、困ったような表情を浮かべる。


「申し訳ありません。

 飛びトカゲは現在、繁殖期に入っている為、夜行性となっておりまして……」


 なんでも、普段の飛びトカゲは昼行性なのだという。


 けれど、繁殖期だけは夜行性となる習性があるそうで。


「で、でも、今晩は楽しみにしていてください!

 飛びトカゲの繁殖行動は、この時期だけのものでして、一見の価値ありなのです!」


 残念ながら、浮遊島の周囲を飛ぶドラゴンという写真は、諦めるしかないらしい。


 そうしている間にも、シルフィーちゃんは降下を始め、島の中央付近の山頂へと進路を取る。


 見る見る地表が近くなって行き、シルフィーちゃんはひときわ高く鳴いた。


「まもなく着地です。おふたりとも、しっかり掴まってくださいね」


 ティアさんに促されて、俺とタマちゃんは股の間の取っ手を掴む。


 Gや風は感じないものの、みるみる地表が迫り、山頂のカルデラが壁のように迫ってくるのは、なかなかに迫力があった。


「――ぶつかるーっ!?」


 タマちゃんが悲鳴をあげて、俺も思わず取っ手を握りしめて呻いたところで。


「……ふざけ過ぎですよ。シルフィーちゃん」


 ポコリとティアさんが、シルフィーちゃんの背中を叩いて。


 シルフィーちゃんは、鈴を転がしたような声――きっと笑い声なんだろう。そんな気がする――で鳴くと、それまでの勢いがウソのようにピタリと止まり。


 そのままドシンと地面に降り立った。


「わ、悪ふざけ……?」


「竜属は基本、慣性制御で飛行するので、今のように滑空する必要はないのです。

 この子なりに、おふたりに楽しんでもらおうと思ったのでしょうが……」


 俺達のハーネスを外しながら、ティアさんは申し訳無さそうに告げた。


 シルフィーちゃんも、首を伸ばして俺達を振り返り、器用に目尻を下げて申し訳無さそうに鳴いた。


「お、お茶目なんだね……」


 なんとかそう応えたタマちゃんは、よろよろと立ち上がるとシルフィーちゃんの首に抱きつく。


「頑丈そうだから、ぶつかって止まるのかもって思っちゃったよ」


「あ、俺もそれ思った……」


 幸い腰は抜けていないようで、俺も立ち上がり、シルフィーちゃんの首を撫でた。


 それから周囲を見回す。


 カルデラは上空で見た時に想像したより深いようで、目の前の岸壁はほぼ垂直で、三十メートル以上はあるように見えた。


 木々は生えていなくて、ゴロゴロ転がっている大小の岩は、びっしりと苔に覆われている。


「それでは浮遊島最大の目玉スポット、奏風環へ、ご案内致します」


 そうしてティアさんは軽やかに、シルフィーちゃんの背から飛び降りた。


「あ、俺達は?」


 どうやって降りたら良いんだろう?


 ティアさんのようなマネは俺達にはできそうにない。


 俺の言葉に応えたのは、シルフィーちゃんで。


 可愛らしく鳴きながら、俺の肩を鼻先で突くと、首を伸ばして地面に顎を着ける。


「スロープって事か?」


 応じるように、シルフィーちゃんは再び鳴いた。


「そ、それじゃあ……」


 シルフィーちゃんの首元に腰をおろし、そのまま滑り降りる。


 滑り台なんて、小学生以来だ。


 少し恥ずかしい気持ちになりながら、シルフィーちゃんの頭部から立ち上がる。


「――ひゃっほぅ!」


 タマちゃんは元気よく歓声をあげて、勢い良く滑り降りてきた。


 合わせるように、シルフィーちゃんも鳴く。


 スタリと体操選手のように両手をあげて着地したタマちゃんは、シルフィーちゃんの頭を撫でて、お礼を言った。


 ふたりはすっかり仲良しのようだ。


「それではシルフィーちゃん、わたし達は徒歩で下山しますので、下で待っててくださいね」


 ティアさんの言葉にひと声鳴いて、シルフィーちゃんは再び空に舞い上がる。


「また後でね~」


 タマちゃんが手を振ってそれを見送った。


「それでは参りましょうか。

 まずはあの風穴に入ります」


 そうしてティアさんが指し示した先には、カルデラの岸壁を縦に割ったような、大きな裂け目が口を空けていた。

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