第5話

 飛行機のように、大きな螺旋を描きながら、ぐんぐんと高度を上げていくシルフィーちゃん。


 飛行機と違うのは、Gをまったく感じない点と、身体が吹きさらしのはずなのに、まるで風を感じないというところ。


 ジェットコースターが苦手な俺としては、その点に不安を感じていたのだけれど。


「――シルフィーちゃんの魔法で、風と重力、慣性は無効化されてるんです」


 と、いう事らしい。


 ティアさんの説明を聞いていたのか、シルフィーちゃんが澄んだ金属音で鳴いて、クルリと身をひねる。


 上下逆さまになっても、地面に引っ張られる感覚はまるでなく。


「あははは! すごいすごい! シルフィーちゃん、サイコー!」


 頭上になった王都の町並みを見上げながら、タマちゃんが歓声をあげる。


 俺も王都を見上げる。


 五角形の三重壁に囲まれた、美しい街並みだ。


 西から流れ込んだ川が、王城のある丘の周囲の堀に流れ込み、そこから北に進路を変えて流れ出ていく。


 王城から都の中心まで伸びる大きな橋は水道橋だそうで、そこから王都の隅々まで上水網が巡らされているんだとか。


「下水は街の地下を通り、東の溜池に流れ込みます。

 そこで浄水して本流に戻しつつ、農業用水としても利用されているんですよ」


 と、ティアさんが指差す先――三重壁の外側には、確かに大きな池があって。


 その南側は農作地帯になっているようだった。


「あの大きな塔はなんですか?」


 俺は王都の中央で、水道橋を挟むように立てられた二本の塔を指差す。


「太陽の兄妹神である、テラシオ様とティモネ様を祀った神殿ですね。

 高い方がテラシオ様で、やや低い方がティモネ様のものです。

 このふたつの神殿は、王都に時を知らせる時計の役割を担っていまして。

 テラシオ神殿が二時間に一度――これを一刻と言うのですが――大鐘を鳴らし、ティモネ神殿が三十分ごとに――こちらは半時と言います――、小鐘を鳴らすのです」


「あー、昨日の夜、聞こえてましたね。

 時間だろうとは思ってたんだけど、音が違う理由ってそういう事だったんだ」


 タマちゃんがうなずく。


 シルフィーちゃんがまた鳴いて、上下が元に戻った。


「――そろそろ風路に入るようですね」


「風路?」


 フォーティンに来てからは、ティアさんに質問し通しだな。


 見るもの聞くもの、すべてが新鮮なんだ。


「霊脈の一種で、精霊――特に風精が流れる空域をそう呼ぶんです。

 あ、見えてきましたよ!」


 ティアさんが前方を指し示す。


 それは蒼碧色の燐光が作り出す、光のトンネルだった。


「うわぁ……」


 その美しさに、俺もタマちゃんも言葉を失う。


 燐光は舞うように、それでいて流れるようにしながら、ふたつの太陽の輝きを受けて、きらきらと輝く。


 シルフィーちゃんが、たたんでいた皮翼をいっぱいに広げると、その表面の虹色の文様がより強く輝いた。


「――お!? おおぉ!?」


 途端、前方の雲が見る間に大きくなり、そのまま追い抜く。


 眼下を流れる景色もどんどん早くなって、やがてシルフィーちゃんは上昇をはじめる。


「目的地の浮遊岩は遥か上空ですからね。

 この風路を使って加速上昇するんです」


 それまでは判別できていた農村や街道は、いまはもう小さすぎて見えなくなって、下方の景色はすっかり高高度航空写真だ。


 それでも、やはりシルフィーちゃんの魔法のおかげなのか、息苦しくも肌寒くもないから不思議だ。


 蒼碧の光のトンネルを上昇し続けてしばし。


 やがて水平飛行に入ったところで、ティアさんが両手を鳴らした。


「さて、安定飛行に入ったところで、おふたり待望の魔法の講義を致しましょうか」


「――待ってました!」


 俺とタマちゃんは、左右からティアさんに顔を寄せる。


 そんな俺達に微笑みを返し、ティアさんは人差し指を立てた。


「とはいえ、おふたりはこの世界のヒトとは違い、魔道器官を持っていません。

 なので、ミサキ式魔法をご教授させて頂きます」


「魔道器官?」


「ミサキ式魔法?」


 ふたりで首を傾げる。


「ええ。わたし達フォーティンのヒトは、みな心臓の裏位相に魔道器官を持っていて、それが精霊を取り込んで、魔法を含む、魔道を成し得ています」


 よくわからなかったが、そういうものと納得する事にした。


 タマちゃんも首を傾げているが、俺と同様、納得する事にしたのか、ティアさんに先を促す。


「一般的に魔法とは、日本のゲームのようにコマンド選択式――視界に使用可能な魔法が選択肢として表示されるもので、これは魔道器官の作用によるものと言われています。

 ですが、日本のみなさんはこの魔道器官がない為、これらが行えません」


「ええ~、それじゃあ使えないの? 魔法……」


 表情を曇らせるタマちゃん。


 だが、ティアさんは首を振り、再び人差し指を立てる。


「そこでミサキ式魔法なのです」


 ちょっと誇らしげに胸を張るティアさん。


「五百年ほど前の大賢者ミサキ様が、世界を巡る大霊脈に、新たな盟約を刻み込む事で実現した方式なのですが、これは魔道器官を必要としない画期的な魔法なのです!」


 ティアさんは、その大賢者様とやらのファンなのかもしれない。


 誇らしげに、けれど語り口は、やや早口だ。


「元々は事故で魔道器官を損傷したミサキ様が、それでも魔道を使う為に作り出したとされる方式で、現代でもミサキ様同様、魔道器官を損傷した人々の助けとなっています」


 そうしておもむろにティアさんは、開いて右手を顔の前に。


「――集え!」


 鋭くそう告げて、それから彼女は立てた人差し指と親指――いわゆる指鉄砲を前方に向ける。


「光精よ!」


 途端、ティアさんの指先から、白色の光の筋が飛び出した。


「懐中電灯代わりになる、照明魔法です」


「はえぇぇ……」


 俺とタマちゃんは、伸ばされたティアさんの人差し指に顔を寄せる。


「このように、定められたポーズや指印、それと連動する喚起詞によって、一定の事象改変を行うのがミサキ式魔法でして。

 特に最初の『集え』は、周囲の精霊を喚起する為の必須動作となっています」


 そうして、改めて顔の前で右手を広げて見せる。


「う~ん……厨二っぽい?」


 あ、俺があえて口にしなかった事を、タマちゃん、言いやがった。


 ……若さって怖え。


 ティアさんも顔を真っ赤にして。


「み、みなさん、そう仰るんですよね。

 わたしも日本の創作物に触れて、確かにそうだなぁって思いますけど!

 でも、必要な動作なんです!」


 珍しく慌てた様子のティアさんは、それまでの大人な印象から打って変わって、幼い少女のようで可愛らしく見えた。


「と、とりあえずやってみても良い?」


「……どうぞ。開いた親指と人差し指の間から、右目が覗けるようにするのがポイントです」


 ティアさんの指示に従い、俺は顔の前で右手を広げる。


「――ぶっ!」


 タマちゃんが吹き出して顔をそむけるが、この際、無視だ。


「集え!」


 途端、耳鳴りのように鈴を転がした音が響いて。


「鈴の音が聞こえますよね?

 それが鳴っている間に、次の指印と喚起詞を繋げてください。

 とりあえず、先程わたしがしたように、『光精よ』と」


 言われたように、俺は右手で指鉄砲を作って。


「光精よ!」


 口にした直後、鈴の音が止んで、伸ばした人差し指がほのかに暖かくなった。


 そして。


「おおぉっ!?」


 ――出てるっ!


 俺の指先から光が出てるっ!


「成功ですね。おめでとうございます!」


 ティアさんが拍手してくれる。


「あ、あたしもやってみる!」


 タマちゃんが両手を握ってぶんぶん振るい、そう宣言した。


 彼女もまた、すぐに指先から光を出すことに成功して。


 それから俺達は、シルフィーちゃんの背の上で、いろいろな指印と喚起詞を教わるのだった。

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