第3話

「――ようこそ、リーシャ王国へ!

 私は君達を歓迎するよ。ニホンのおふたり!」


 ティアさんの案内で謁見の間に辿り着くと、すでに王様は玉座に着いていた。


 スーツに赤いネクタイを着けた出で立ちで、歳は俺よりやや上――三十路までは行っていないんじゃないだろうか。


 謁見の間は左右に大理石の柱が並び、その間を入り口から、一段高くなった玉座まで赤絨毯が敷かれている。


 柱の向こうの壁面には大きなガラスが嵌められていて、謁見の間はすごく見晴らしのいい展望台のような造りになっていた。


 礼儀なのだろうか――跪くティアさんに倣うべきか、俺とタマちゃんが迷っている間に、王様は両手を広げて楽しげにそう告げた。


「あ、ありがとうございます」


 そう告げて跪こうとするけれど、王様は手を振ってそれを制する。


「おふたりは客人であって、臣下ではない。

 礼など不要だ」


 笑顔で言いながら、王様は脇に控えた男性――執事なのだろうか――に目配せする。


 彼が懐からベルを取り出して鳴らすと、謁見の間の入り口が開いて、メイドさん――秋葉原なんかで見かけるミニスカートじゃない、本物な感じのメイドさんだ――が、俺とタマちゃんに椅子を用意してくれた。


 ふたりで戸惑っていると。


「――どうぞ、おかけください」


 ティアさんがそう教えてくれて、俺達は椅子に座る。


 王様もまた、玉座に座り、楽しげに足を組んでティアさんを見下ろした。


「――して、ティアリスよ。

 此度はおふたりをどちらへ?」


「はい。モーティア領の浮遊岩にて飛びトカゲ観察をした後、奏風環をご覧頂く予定になっております」


 王様に尋ねられて、ティアさんは俺達の観光ツアーを説明する。


「やはりあの地はニホンの方々に人気だな。

 今の時期なら、飛びトカゲは繁殖期だ。上手く行けば、彼らの唄が聞けるやもしれんな」


「唄?」


 首を傾げる俺達に、王様は苦笑。


「おっと、すまない。ネタバレは良くない事であったな。

 おふたりの楽しみを奪うところであった。

 現地でティアが説明してくれるだろう。

 存分に愉しんでほしい」


 そうして王様は再び、執事の男性に目配せする。


 執事さんは横の小机から腕輪をふたつ取り出し、トレイに乗せて、俺達の前へ。


「それは魔道器だ。

 フォーティンの言葉を通訳してくれる。それと位置特定機能と防護機能もあるので、滞在中は肌身離さず身につけていて欲しい」


 漆黒の地をした腕輪は、よく見ると虹色の線が複雑な幾何学模様を描いている。


「ちなみに私がニホン語を話せているのも、ソレのお陰だ」


 と、お王様が左手を持ち上げてみせると、そこには同様の腕輪があった。


 俺が腕輪を通し、タマちゃんは興味深げに腕輪を眺めて。


「魔道器なんてものがあるってことは、魔法もあるんですか?」


 右手を挙げて質問する。


「おう、あるぞ。

 ティアリス、なんと言ったか?」


「――魔道学園体験プラン、ですね」


「そう、それだ。それに申し込めば、教えてくれるぞ。

 まあ、ニホンには精霊がおらんそうだから、帰国後までは使えんようだがな」


「おふたりに素養があるようでしたら、簡単なものなら教えて差し上げられますよ」


 微笑みながら、そう告げるティアさん。


「――ぜひ!」


 俺達は拳を握りしめて、ティアさんにうなずいて見せた。





 王様との謁見を終えて、俺達は客間に案内された。


 リーシャ王国で最近流行っているのだという、緻密な模様が施された絨毯に、ひと目で高価とわかる重厚な調度品。


 寝室には天蓋付きのベッドがあって、しかもサイズはキングサイズだ。


 心配していたトイレだったが、これは日本でも良く見る水洗便座になっていて。


 ティアさんが言うには、日本文化に触れた王様が、王城改革の最優先事項として、全室のトイレを水洗に改装したんだとか。


 偉い人の考えはよくわからないけど、衛生問題とかそういうもの関係で優先的に改革しているらしい。


 こうしてお城に泊まるのも、観光プランの一環で。


 貴族体験プランだと、お屋敷まるごと借りて泊まる事になるんだとか。


 冒険者体験プランは、下町の宿屋だと、ティアさんが言っていた。


 夕食もプランによって様々らしく、観光プランの俺達は賓客用の食堂で頂くことになっている。


 これが貴族体験プランだと、パーティーが催されるのだとか。


 まあその分、プランのお値段もそれなりの価格になる。


 ドアがノックされて、返事をすると、タマちゃんがやってきた。


 ソファを進めると、彼女は笑顔で座って。


「は~、来ちゃいましたねぇ。異世界……」


 窓の外を眺めながら、しみじみと呟く。


 三階の日当たりの良い客間の窓からは、城下町が見て取れた。


 ティアさんから教わった話によると、この世界の人々の生活様式は中世後期くらい。


 魔法が日常的に用いられている為、一概に地球の歴史とは比較できないようだけど、文化水準的にはそのくらいなのだという。


 レンガ造りの町並みを見つめながら、俺はメイドさんが置いていってくれたティーセットで、お茶を淹れた。


 お湯はポットの縁を撫でながら。


「――喚起」


 と呟けば、中の水が適温になる。


 気分はちょっぴり魔法使いだ。


「ぶっちゃけ日本のポットより便利ですよね」


 苦笑するタマちゃんに、俺も笑う。


 お茶専用の魔道器ということで汎用性はないようだけど、同じお湯を沸かす魔道器でも、用途ごとに細かく分類されているのが、王侯貴族っぽい感じがする。


 淹れたお茶を呑んでみると、色は紅茶なのに、すっきりとする口当たりで、ハーブティーみたいな味がした。


 そうしてふたりで談笑する。


 話を聞いてみると、タマちゃんもまた、あのチラシで魅せられたクチらしい。


「あのチラシのドラゴン、どうしてもCGに見えなくて。

 もし本当にいるなら、見てみたいじゃないですか!

 ――それに異世界ですよ!? 異世界!」


 今年で二十歳になるのだという彼女も、ラノベやゲームを嗜むらしく、俺達の会話は自然とそれらの話題で盛り上がった。


 SNSのアカウントを交換し合う程度には仲良くなれたと言って良い。


 大きめな目を輝かせて、くるくる変わる彼女の表情は年相応より幼く見えて、思わず俺は妹を見るような生暖かい目をしてしまう。


「そういえばイツキさんは、おいくつなんですか?」


「俺? 二十五。タマちゃんみたいな若い子から見たら、アラサーに突入したおっさんだろ?」


「いえいえ、想像してたより若いですよ。なんかすごく落ち着いてますし」


 想像では、もっと上だと思われていたらしい。


 どうせ俺は老け顔だよ。


 その辺りはもう諦めてる。


 だが……


「落ち着いてる奴は、異世界に憧れたりしないと思うけどね」


「あ、そういえばそうですね!」


 両手を打ち合わせるタマちゃんに、俺は思わず吹き出して。


 そうしている間に、メイドさんが晩餐の用意ができたと呼びに来た。


 通された食堂は、賓客用のものだそうで。


 俺とタマちゃんが並んで座り、その正面にティアさんが座る。


 リーシャ王国はコース式の食事法らしく、前菜はサラダのような軽いものから始まり、スープは魔獣――どうやら魔獣が存在するらしい――で出汁を取ったものだった。


 なんでも牛に良く似た魔獣が存在するのだとか。


「そして本日のメインディッシュ!」


 ティアさんが両手を開いて宣言し、メイドさんがカートを運んでくる。


 皿は覆いが被せられたまま、俺達の前に運ばれてきて、メイドさんは一礼して覆いを取った。


 それは輪切りにされた肉塊で、真ん中には髄脂が溢れた骨。


 レアに焼かれた肉質は骨の周りに近づくほどピンクが濃い。


 ふんわりとさわやかに香るのは、香草だろうか。


 バターのような匂いと混ざって、すごく食欲がそそられる。


「飛びトカゲの尾ビレ焼き――ニホン風に言うなら、ドラゴンテイルステーキです!」


「ふわぁ……イツキさん、ドラゴンですって!」


「あ、ああ」


 目をきらきらさせて皿を見つめるタマちゃんに、俺もまた興奮を押し殺してうなずく。


「どうぞ、ご堪能ください!」


 ティアさんに促されて、ナイフを通してみると、ドラゴンという割にすんなりと刃が通って。


 いや、てっきり硬いものだと想像してたんだ。


 フォークで口に運ぶと、最初の食感は鳥肉なのに、まるで魚肉のようにすぐに口の中でほどける。


 味は魚寄りだろうか。香草の香りもあって、鮎に似ているようにも思える。


 髄液はやや苦味があって、バターソースと絡めると、肉の味が変わってさらに俺を魅了した。


「おいしい~!」


「ホントにっ!」


 ティアさんの優しげな笑みに見つめられながら。


 俺達はドラゴンテイルステーキを思う様に堪能したのだった。

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