第47話 相談 <ラング・アルside>



 槍使いを探すこともなく、ラングは王都を歩いて回った。


 気になる食材や調味料があれば買い、冒険者ギルドでは商人に直接売った方が良いと聞いたので、高価な店も冷やかしておいた。


 一見するとマントで装備が見えないラングだが、見るものが見れば良いアイテムを身に着けている。それに気づく、気づかないでも商人の質が問える。

 何軒か原石を出すまでに至ったが、売れる価格を出したのは一軒だけだった。ルノアーを知っているかと問えば、うちで勉強していた子だという。当たりを引いた。

 今回護衛依頼を引き受けるつもりだと言えば茶に誘われ、了承した。

 奥の商談室で茶を出され、失礼、と断った上で左の浄化の宝珠を紅茶に入れた。怪訝な顔はされたが追及は我慢したようだ。

 主人は懐かしむようにルノアー青年のことを話、今を知りたがった。

 同じ街とはいえ王都、広く大きい場所で大店の話は出はしても新参者の話は出回らないらしい。見かけた話をしてやれば主人は嬉しそうに目を細めた。


「実は、あの子には店にいて欲しかったのですが、うちにいたらダメな子だったのです」


 とは主人の弁。

 詳細を尋ねてみれば、優秀すぎて他の者からのやっかみがすごかったらしい。本人はそれも修行だと割り切っていたため前を向いていたが、徐々に陰湿になっていった。

 だから店を構える際に独立をさせた。

 ぼろい荷馬車はせめてものはなむけ、羨ましいと思われないようにギリギリを見極めて渡した。青いポーションは逆恨みした他の者たちに襲われた時用のお守りだった。

 本人はそれを知る由もなく馬に使ったわけだ。

 呆れと感嘆の混じった息がこぼれる。


「優秀だということは理解した」

「そちらも凄腕の冒険者とお見受けします、お名前を伺っても?」

「ラングだ」

「ラング様…王都にいる間でしたら、なんなりとお申し付けください。便宜を図らせていただきます」

「では早速だが相談がある」


 ラングはマジェタのダンジョンで採掘した原石と宝石箱を出した。


「今回の護衛依頼では移動は出来ても金にならん。良い値を付けてもらえたら売ろう」


 ごろりと出された原石と細かな装飾のついた宝石箱。許可を得て主人は手に取り、眼鏡を寄せ、箱も中身も確認をする。

 しばらく考え込んだ後、商人の顔で問われた。


「すべて…売却をお考えで?」

「中身が一揃えであればそれを考えていたが、ばらけている。その中で三つ、四つで足りる理解だ」

「えぇ、これは…当店でもすべて買い取るのは難しい質です…、いったいどこで」

「ヴァロキアの、ジェキアのダンジョンだ」

「ダンジョン産…なるほど、なるほど、であれば納得です」


 かつてファイアドラゴンを討伐するためにルートをなぞり、その際、どんつきで倒したミミックから出たものだ。

 すっかり忘れていたが空間収納にあったので今回出した。ツカサに断りをいれずに換金するのは少し気になったが、あれからしばらくツカサからも言われなかったのでまぁいいだろう。

 もしかしたら討伐したラングのもの、という理解でいたのかもしれない。

 またしばらくして主人が顔を上げた。

 さ、さ、と原石と、涙型のイヤリング、ネックレス、色味の似た指輪を並べた。


「こちらのイヤリングとネックレス、それから指輪をいただけますか?原石は一つ、この赤いルビーを」

「いくらだ」

「ルビーは五十万リーディでどうでしょうか。アクセサリーは百四十万リーディ、ある程度似たものを買いますので、貴族へ。もしくは献上品にしても良いかもしれません」


 そうした宝飾品を売りに出す冒険者と付き合いがあるのは商人のステータス。

 たまたま手に入った運も実力の内だ。


「ではその値で売ろう。おまけをつけてもらいたいのだが」

「なんでしょうか?」

「ルノアー商会へもう少し綺麗な馬車を。車軸が傷んでいて積み荷も重そうだ、あれは道中で頓挫する」

「承知いたしました。…しかしラング様がどうしてそこまで?」


 首を傾げられ、ラングは紅茶の残りをいただき、売りに出さない物をしまってから立ち上がった。


「アズリアの王都まで長い付き合いになる。毎回修理に時間を取られたくはない」


 ぽかんとしたあと、主人は微笑んだ。


「時を大事にする者は金に愛される、ですね。間違いなく手配いたしましょう、三日ほどいただけますか」

「構わん、任せる」


 ごつりと帰る合図に踵を鳴らし、ラングは背後で頭を下げる主人を振り返ることなく商談室を出た。


 店を出てしばらく歩けばよく知った気配を背後に感じた。


「いろいろ話はついているぞ」

「もう怒ってない?」

「もとより怒ってはいない」

「ほんとかよ」


 た、た、と人の隙間を縫って歩き、隣に並ぶ。


「どこにいた」

「ゲイルニタス乗合馬車組合、ほら、俺は【炎熱の竜】とアズファルを移動してたけど、あれから一、二年経ってるから道がどうなっているかなって」

「ルートはわかったのか?」

「まぁね、ちょっと高かったけど地図も。これパーティ資金でいい?」

「構わん。宿で相談をするとしよう」

「了解」


 道すがら食事を買い、宿へ戻り広げる。

 米粉のクレープ、肉串、芋を潰したものとよくあるセットだ。三脚コンロでお湯を沸かしハーブティーを添える。

 アルからは安全を重視したルートを、ラングからはルノアー商会の馬車の改善の手配が出来たことを共有した。

 改めてルノアー商会へ赴き、依頼を引き受ける旨、馬車が変わる旨を伝えなくてはならない。

 こういったことは早い方がいいだろう、とアルが食事のあと宿を出て行った。

 ラングは日記を書いたあと、ふと思い立って宿を出た。

 空は既に夕闇、これから酒場がもっと賑わう時刻。

 どこか店に入るわけでもなく、ただ見て歩く。気になったものがあれば買って、広場で腰掛けて食べながら人の流れを眺めたりした。


 実のところ、こうしてゆったり出来るのは人生で初めてだ。


 故郷ではシールドが目立ち、また、高ランクの冒険者ギルドラーであり最強と謳われる処刑人パニッシャーであったため、街を歩けば忌避され、喧嘩を売られ、命を狙われた。

 ここでラングにわざわざ絡んでくる者はいない。

 ぼんやりとそれを少しつまらないと思ってしまい、頭を振った。

 あれほど面倒だと思っていただろうに、と。

 食事を終え、一緒に買っていた果実水も飲み切る。

 もう少し散策をして帰ろうと腰を上げたところで視線を感じ、振り返った。


 様相は様変わりしていたが見間違いではない。

 

 相手が人ごみの中へ逃げ込んだのでラングも思わず追いかけた。

 食事時で冒険者も商人も出歩いており、往来は人がごった返している。


「邪魔だ、どけ! 通してくれ!」


 が聞こえてぴくりと眉間が寄った。確かに、間違いなく、潰したはずだ。

 ラングは端にあった花壇を踏み、窓枠を踏み、屋根まで一気に飛び上がった。

 おぉ、とびっくりしたような怯えたような声が群衆から上がるが気にせずに視界を見渡す。

 飛び切りの殺意を感じ取ってぐるんと顔を向け位置を確認した。

 そのまま人ごみを無理やり抜けようとする者を追いかける。


「ラング! 何してる!?」


 【浮草の葉】から戻る途中なのだろう、アルが手に芋串を持って叫んだ。


「ちょうどいい、手伝え」

「何を!? 悪い、通して、上に上がりたいんだ!」


 アルはわぁわぁ言ったあと、少しして屋根に上がって来た。

 見失わない程度に速度を落とし、ラングはアルが追い付くのを待った。


「なんだどうした!? ちょっとこれしまっておいて!」

「犯罪者を見つけた」

「なんだって!?」


 ラングは芋串を空間収納にしまい、また速度を上げた。


「あれは間違いなく、サイダルの元ギルドマスター、タンジャだ」


 


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