第46話 移動手段 <ラング・アルside>
ラングはフォーグラッドに紹介状を書いてもらった。
アズリア王都のマナリテル教へ行った際、優先的に
魔力のないラングがそこまでして見たいというのがアルにはわからず、ただ聞ける雰囲気でもなかったのでタイミングを見計らった。
フォーグラッドとワレスと五日、また三日、さらに四日と時間をかけて会話し諸々を詰めることになり、滞在は延長に延長を重ねていた。
宿の方は空きが出ない方が良いので快く受けてくれていたが、毎回手続きが面倒で仕方ない。相談の結果、一か月延長で取っておくことにした。期間満了前に出るのはそれはそれでと考えることにした。
【宿り木】の朝食は美味しかった。良い宿なのは食事もそうで、小麦粉のクレープに塩っ辛いソーセージ、スクランブルエッグに野菜スープとバランスも良い。
マナリテル教へ赴くための道中でまた食べ歩きをしたり空間収納にストックをしたり、【ツカサ方式】も取った。
冒険者ギルドで何度か手紙も送った。
ただ、その頃【真夜中の梟】はマジェタに居たので手紙を受け取れず、ジルが気づいて転送するまでに時間を要した。
冒険者ギルドでは護衛依頼を探した。
エルキス滞在が長引いたこともあり、すっかり季節が過ぎて夏から秋に入ろうという頃間、行商人の動きも活発だ。アズリア方面へも護衛を募集している依頼所はいくつも掲示されている。
「どれにする?」
頭の後ろで腕を組み、アルが掲示板を見上げながら尋ねた。
ラングは顎を撫でてふむ、と答える。
「大きな隊商でない方がいいな。二人で守れる範囲がいい」
「だなぁ、ラング、他の冒険者と仲良くできそうにないし…
シールドがアルを向いたので笑って返す。
ふぅと嘆息してラングは依頼書に手を伸ばした。
「移動に使いたいだけだ、大所帯でない方が依頼は遂行しやすい」
「おっしゃる通りで。そいで、なんかいいのあった?」
「ギルドに確認をして決めよう」
言い、ラングは依頼紙を取ってカウンターへ向かった。
何組か待ったがそう時間をかけずに順番が回ってきた。どうぞ、と声を掛けられて依頼紙とギルドカードを出した。
「こんにちは! なんでしょうか?」
「この依頼を検討しているのだが、この隊商についての情報はあるか?」
「あぁ、ルノアー商会さん、まだ出来立ての商会ですね」
依頼紙をもとに、ノートを開いて依頼主を確認してカウンタースタッフが答える。
ちらりとラングとアルを見て、依頼紙を見て、首を傾げる。
「ええと…【異邦の旅人】のお二人にはちょっとランクが低すぎるご依頼だと思いますけど…」
二人のランクは銀、ただし冒険者ギルドの情報網でヴァロキアから回ってきている情報と実績から見て金と言える。本人たちが金へ上がることを拒否していることも、ギルドには知らされている。
あまりに勿体ない配置のように思えた。
ヴァロキアの王都マジェタからキフェルの間で商人や冒険者に注意喚起をして回ったパーティで、その後キフェル近郊で大量の魔獣の遺体が発見されている。
キフェルの国境兵に「仲間が戦っている」と報告したツカサの証言もあり、事実魔獣との乱戦の証拠もあった。本人たちは知らないが、それがラングとアルの功績になっているのだ。
であれば、もう少し大きな隊商の護衛でもいいだろう。
「アズリアへ移動をするのに利用したい。もちろん、護衛はしっかり務めさせてもらう」
「なるほど…そういう理由ですか」
金というものは移動する際必ずかかる。
別の街に移動する際、隊商の護衛をすれば食費が浮いたり、入場手続きの手数料を隊商が持ったりするのでその分が浮くのだ。それに成功報酬で多少は払いもある。
「興味本位で申し訳ないのですが、なぜこの隊商を?」
「規模が小さいほうが守りやすい。それに、他の冒険者とは
言い、ラングのシールドがアルを向く。視線をそらして唇を尖らせ、アルはへたくそな誤魔化し方をした。
その様子にふふ、と笑ってしまい、カウンタースタッフはえっへん、こっほん、と咳払いをした。
「失礼しました、では隊商についてギルドが知ることをお伝えしますね」
ノートを見ながら丁寧に説明をしてもらったところ、ルノアー商会はまだ出来たばかりで店舗を構えておらず、
今回はマイロキアでの仕入れを終え、一度拠点であるアズファルの王都、ここヴォレードへ戻ったばかりで、護衛を募集していた。
アズリアまで、というのがラングの目に留まったわけだ。
「二人で護衛できる規模なのか、一度見に行きたいのだがどこで会える?」
「流石慎重ですね、でしたら【浮草の葉】という宿へ行かれるといいですよ。ルノアー商会のように王都を拠点にしてあちこちを移動する行商人が良く使う宿です」
根無し草が【浮草の葉】という宿、というのは少し皮肉が強い気がした。
「わかった、ありがとう。あぁ、そうだもう一つ」
す、とラングが顔を寄せスタッフの耳に囁く。
「お前を信用して尋ねたいのだが、換金をするのに良い店はあるだろうか?」
低く、甘やかに囁くその声にスタッフの女性が赤面し、目を瞬かせる。
体を引いて戻ったラングはしれっとポシェットを叩いて見せた。
「こういうものを換金したい」
それはマジェタのダンジョンで採掘をした宝石の原石だ。エメラルドがカウンターのライトで煌めき、目が惹きつけられた。
スタッフはごくりと喉を鳴らした後、少し身を乗り出して声を潜めた。
「そういったものはここの冒険者ギルドでは買い叩かれます…、その、降ろす先が貴族なので、安く仕入れ高く売るんです。近くのダンジョンでは食材が多く、稀にそういったものが出ても、冒険者はちょっと珍しい石、くらいの認識なので」
「なるほど」
「ですので、お勧めはそれこそ行商人や、貴族を相手にしている店を構えた商人がいいと思います」
「当てはあるか?」
「手腕が問われますけれど…【浮草の葉】で競りにかけると良いかと」
スタッフの思わぬ提案にラングとアルは顔を見合わせた。
「競りって…違法じゃないのか? あんまり聞かないよな?」
「買う人に商人カードがあって、盗品でなければ問題ありません。…盗品じゃないですよね…?」
「マジェタのダンジョンで場所代払って採掘したやつだよ」
慌ててアルが弁解をする。二人してほっと胸を撫でおろしてまた笑う。
「でしたら大丈夫です。それを上手に商売に繋げたら、またどこかの商会が盛り立ちますから」
「なるほどね。一石二鳥だと思うけど、ラング?」
「そうだな。では向かおう」
「あ、あの!」
スタッフががたりと席を立ち、興奮した様子でラングに言った。
「さ、最後に私の名前呼んでくれませんか、その、耳元で…」
さして手間ではないのでラングはミルエという名前を囁いてやった。
悪魔だ、とアルが額を抑え天を仰いだ。
【浮草の葉】は馬房と馬車置き場が広く取られた、なるほど隊商向けの宿だった。
外構えは悪くなく、宿に足を踏み入れれば少し独特のにおいはするが場末に比べれば清潔に感じた。
受付でルノアー商会に会いたいと言えば、すぐに取り次いでもらえた。商人を相手にするからこそ、面会は大事にされているようだ。
少しだけ待たされたが上階から足音がして手すりから覗くように青年が降りてきた。
「ルノアー商会の者です、どなたかいらしたとか」
年の割にはしっかりとした話し方だ。ラングはその態度に敬意を払って胸に手を当て少し足を引いて会釈をした。
アルも片手を挙げて軽い挨拶を返す。
「【異邦の旅人】のラングだ。依頼紙を見て下見に来たのだが、構わないか?」
「【異邦の旅人】…もしやヴァロキアで
「…そう言われているのか? だが凡そ、その【異邦の旅人】で間違いはない」
「ギルドカードの確認をしても?」
「構わん」
ラングはギルドカードを差し出し、アルも並べる。
青年はそれを受け取り光にかざしてみたり透かしてみたりして、最後にラングとアルを交互に見た。
「本物だ…」
呆然、が表現として合う顔で青年はあんぐりと口を開けていた。
ラングもアルもその反応に首を傾げ、顔を見合わせる。ギルドカードを奪い取ればようやく戻って来た。
「依頼紙を見て下見に来たと仰いました?」
「そうだ。知っているかわからないが、今は別行動になり二人しかいないのでな」
「別行動…、国境都市付近で引き受けた際に?」
「知らない間に有名人になってるみたいだな」
アルが肩を竦めて笑い、青年に向き直る。
「とはいえ、あんまり目立ちたくないのが本音なんだ。下見をさっとするなり説明を受けるなりしたいんだけど」
「あぁ、えぇ、あ! そうですね、失礼しました…。後程こちらも質問しても?」
「答えられることなら」
「助かります、では、あの、こちらへ…荷馬車をお見せしたほうが良いですよね?」
「あぁ」
手すりから何人もの商人が伺い見ていて居心地が悪い。ざわめきも起こり始めたので早々に目的を達したほうがよさそうだ。
「競りはどうするか」
「引き受けるか決めてからでいい。断った後に競りに来るのは流石に悪いだろう」
「えっ、ラングにもそんな良心が…ごめん! ごめん! やめて!」
すらりと無言で抜かれた双剣にアルは脱兎の如く逃げ出した。
「あ、あの?」
「気にするな。少し走りたくなったようだ」
「そう、そうですか」
双剣をしまうラングの動作を恐々見守りながら頷き、気を取り直して青年は庭へ案内した。
「こちらが私の荷馬車と馬です」
エレナの幌馬車よりも小さく、そしてぼろい。
馬もまだ若く落ち着きがない。
ルフレンは良い馬だったのだと再認識した。
シールドがあってよかった。中では盛大に顔を顰めてしまっている。
「これらはどう手に入れた?」
「前は他の商人の弟子をしておりまして、主人が店舗を構える際に譲って頂きました」
「馬は?」
「死にかけだった馬を捨て値で譲って頂き、主人からの餞別で頂いていた青いポーションで…」
「命を助けた、というわけだな」
「仰る通りで」
「元手をあまりかけずに開業か、運が良かったな」
「そう思います」
物怖じしない態度は好感が持てた。
「アズリアのどこまで? 荷物は何を守れば良い」
「魔道具がないので腐り物は扱っていません、マイロキアで採れた岩塩や、アズファルの毛皮を主に扱っています。いつもは荷馬車へ積んで。あ、今は部屋に運び入れています。目的地はアズリアの王都、アズヴァニエルです」
「王都…」
ラングは口の中で言葉を繰り返した。
「と、遠いでしょうか?」
「いや、問題ない。こちらとしても目的地に近い。道中の話を聞いても?」
「あ、はい! 道中の食事はお出しします。朝と晩の二食、街へ入る際は入場料を。ただ、宿は同じところにするか、空きがなければご自身たちで手配いただくことに…滞在は各街で五日を予定しています。私も商売をしたいので…」
「街では自由時間になるという理解で構わないな?」
「そうなります」
「報酬は」
「それがご相談なのですが」
青年は申し訳なさそうに顔を俯かせ、手をもじもじとさせた。
「積み荷が売れた一割でと…」
ラングはふむ、と腕を組んだ。
正直、今回の目的は移動だ。隊商の護衛であればスムーズな手続きと移動が出来るのを見込んでいる。だが、
しかし、ここは折れるところか。
「先ほど逃げたメンバーと相談をして、再度顔を出すが構わないか?」
「あ、はい! ぜひご検討を」
青年はぺこりとお辞儀をしてラングが立ち去るのを待った。
礼節をきちんと仕込まれているので教えた商人が良かったのだろう。ラングは、では、と声を掛けて宿を出た。
背後でざわざわと青年を取り囲む気配はしたが、そのまま足を進めた。
さて、脱兎の如く逃げ出した槍使いはどこまで逃げたのだろうか。
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