第45話 マナリテル教 <ラング・アルside>


 良い宿だった。


 二人部屋でも部屋は広く取られ、風呂桶も陶器製。ベッドはきちんと羽が使われていて布団は軽く、敷布団は干されたあとだったのかふかふかだった。

 部屋に安堵して外へ出て、お勧めされた店に入って夕食を取った。ダンジョンが近くにあるらしく、そこで取れる肉を加工したハムが美味い。これは旅のお供に買っていくことになった。加工品は自分で手間暇かけるよりは買った方が早いし、初期費用もかからない。野菜のシチューと生ハム、パンの夕食を済ませ、部屋に戻って風呂を沸かした。

 大き目の魔石を利用してお湯をたっぷり、エレナの石鹸で体を洗い足を延ばす。ホカホカになったら急に疲れがどっと出て、お互い口を開くこともなくベッドに潜り込んだ。

 この心地良さ、良い値しただけはある、と思いつつも二人は旅の疲れをぐっすりと癒した。


 ――― 翌日、道すがら目についた物を食べたり買ったり収納したりしながらとんがり屋根を目指した。

 米粉のクレープ生地はもっちりしていて、それに包まれているハムと野菜が美味しい。小麦粉と比べて米粉は安いらしく、クレープにしての調理法がメジャー。ツカサが好きなただ炊くだけという調理法は、あれでいて難しいらしかった。

 買い食いをしながら腹を満たし、時間に合わせて目的地を目指す。

 王城とは色の違うそれは東の通りに存在していた。近くに冒険者ギルドもあるようで一見すると治安はよろしくない。ヴァロキアと違いこの国の冒険者には魔導士が多く、それがそのままマナリテル教を大きく見せているようだった。

 かつて【穢れし者】と叫ばれたところへ足を踏み入れる。

 場所は違うが根底は似通っていると思い、覚悟だけはする。


「ようこそ、マナリテル教へ。どのようなご用件でしょうか」

「魔導士のワレスが導師? 様と約束をしてくれているはずなんだけど。【異邦の旅人】だ」

「おぉ! 聞き及んでおります! いろいろとがありご迷惑をおかけしました…、どうぞこちらへ」


 誤解ではないが、誤解ではあった。それを第三者に言われることの不愉快さには目を瞑った。

 魔導士とは違う装いなのでラングもアルも教会内では目立った。一人は腰に双剣を吊るし、一人は槍を背負っているのだからさもありなん。

 案内を受けて教会内のさらに奥、扉の向こうへ促された。

 石造りの廊下は高いところに窓があり、そこから差し込んだ明かりが何故か物悲しい。

 しばらく案内を受けて進むとマナリテル教の宿舎の方へ出た。こちらは中庭に面して宿舎があり、風も通り明るさもあって息が軽い。ふぅ、と小さく呼吸をすれば、隣でアルは盛大に深呼吸した。


「あの廊下、息詰まったな」


 言われ、ラングは肩を竦めた。


「歩かせてすみません、こちらへ、あと少しです」


 魔導士に呼ばれさらに歩く。宿舎のさらに奥、司祭や導師の部屋が連なっているのだろう、装飾された扉が続いている。

 その中の一つをノック、応えを待って開いて促され、ラングとアルは中へ入った。


「こちらまで来ていただいてすまないね」


 老齢の男性が机に向かっていた。

 帽子は入り口近くのコートラックにかけてあり、窓から差し込む光で白髪が金髪に見えた。

 鼻眼鏡から覗くようにこちらを見て、羽ペンを置いた。ゆっくりとした動作で立ち上がり、二人を手招きながら話し始めた。


「魔導士・ワレスより話はかねがね、マナリテル教の導師、フォーグラッドだ、よろしく頼む。あぁ、君、お茶と甘いものをもらえるかね?」

「すぐにお持ちいたします」


 案内をした若い魔導士は会釈をして部屋を下がった。


「さぁ、さぁ、座ってくれ。すぐにお茶も来る、甘いものも頼んでしまったが大丈夫かね?」

「俺は好きだけど」

「あぁ、ならよかった。さぁ、座って」


 老人らしい動きでせかせかと手招いて、そして先に座った。

 アルはラングを見て、ラングが座ったのを見てから倣った。


「人生が残り少ないのでね、早速本題に入らせてもらいたいのだがいいかね?」

「願ってもない」

「おや、君もせっかちなんだね」


 ふぉふぉ、と笑ってフォーグラッドは鼻眼鏡を正した。


「かつて魔導士がエルキスで虐殺を行ったのは、間違いないのかね?」

「様々な要因から推察するに、事実だ。精霊という証人はいるが、そちらでは有効打にならないだろうことは推察できる」

「賢しい、賢しい…会話が早いのぅ。老い先短く寄り道しがちな老人には有難い」


 フォーグラッドは品定めするような視線でラングを見た。

 さ、と立ち上がったラングにフォーグラッドは手で制した。


「老人の悪い癖だ、許せ」

「老人であることを盾に出来ると思うな」

「気を付けよう。…しかし年寄りに敬意を払ってくれてもいいと思うがね?」

「敬意を払える相手かどうかを知る前から払う敬意はない」

「っは!冒険者だの、面白い、承知した」


 フォーグラッドは大きく体を揺らして笑い、それからぐっと姿勢を正した。


「詳細を伺えるかね? あの魔道具は長い会話が細切れになって難しいのだ」


 真摯に尋ねたフォーグラッドにラングはようやく座り直した。


 少しだけ時間は掛かったが今回の経緯と、エルキスが何故そのようなことをしたのかを話した。精霊の話に関しては多くを伏せた。理のへそである話もしなかった。

 ラングはを上手に語って聞かせたのだ。


 説明が終わるとラングは黙り込み、フォーグラッドの応えを待った。

 アルは途中でお茶と甘いものが来たので遠慮なくいただいていた。


 しばらくしてフォーグラッドは目を開いた。


「して、君たちは何を求めてここに来たのかね」

「先んじてワレスから話を通しているが、エルキスの魔力持ちの引き受けと、魔力なしのエルキスへの誘導だ」

「ふむ、その目的は変わらんのだな?」

「そうだ」


 明確に言うラングにフォーグラッドは片眉を上げた。


「かつて、魔力持ちが虐げられた過去を知っているかね」

「知らん」

「魔力があるからと追いやられ、片身を寄せ合い生きていたそうだ。それを救ったのがこのマナリテル教でな」


 ラングの頭が僅かに傾いた。シールドの中で眉を顰めているのだろう。

 

「我々は魔力のない者に対し、同じことをしていたのだな」


 ふぅ、と老人のため息は長い。


「エルキスでは魔導士の勉強が進んでいる。きちんと身につけられるようにすれば、その力を持って祖国に貢献もできる。そうでなくてもここアズファルで冒険者や仕事の口は見つかるだろう」

「あぁ、その通りだ」

「片やエルキスは魔力を持たない者であればこそ、できることのある国だ。生まれに左右された者にとっては、どちらも良い話だと思うがな」

「断らんさ、安心したまえ」


 鼻眼鏡を正し、フォーグラッドはよっこらティーカップを手に取って啜った。


「さて、そのやり取りと約束に対し、我々は誰を窓口にすればよいのかな?君たちではないのだろう?」

「ワレスが引き受けている」

「ふむ、では彼と詳細を詰めよう。エルキス側はどなたと?」

巫女エルティア・オフィエアスが直接携わると伝えてくれと言っていた」

「ほうほう、噂の巫女様がの! 委細承知じゃ」


 ラングはふぅと一息吐いているフォーグラッドへ尋ねた。


「聞きたいことがある。マナリテル教はいつから設立され、誰が創始者だ?」

「興味がおありかね?」

「質問に質問で返されるのは好まん。それに、私は魔力を持たない」

「ほう、それは失礼。マナリテル教はおよそ二百年前に設立された、最初は魔導士の集まった村であったよ」

「…創始者は?」


 ラングが少しだけ身を乗り出した。

 アルはその姿に首を傾げつつ、フォーグラッドを見遣った。


「マナリテル、その名がそのまま教団の名前になっておる」

「では、奉じているのは人なのか」

「そう、女神じゃ。ご本尊はアズリアにある」

「遺体があるのか」

「興味があればアズリア王都本部を訪ねるとよい、見ることは叶わんとてその御威光を知ることは出来よう」


 ラングは僅かに口を開いて尋ねようとし、やはりやめた。

 アルはもやもやとしてしまい、ラングを小突いた。


「どうした?」


 小突かれたラングは小さく嘆息した後、フォーグラッドを真っすぐに見据えた。


「…わかれば教えてもらいたいのだが」

「なにかの」


「マナリテル、というのがフルネームか?」


 ファミリーネームまである世界で、ファーストネームだけなのか。

 それともかつてはファーストネームだけだったのか。

 ラングはそれがどうしても知りたかった。


 嫌な予感がしていた。こういう時の勘は良くも悪くも、当たってくれる。

 

「いいや、本来のお名前はとてもご立派だったようだ、元々王侯貴族の出だったのではと言われておる」

「名は?」


「マナリテル・ウィル・オルフェ・テリアヌス。美しいお名前じゃろう?」


 ラングは口元を少しだけ歪め、強く手を握った。


「なるほど、それは大層立派な名前だな」



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