第44話 アズファル <ラング・アルside>



 エルキスの東、アズリアの北、アズファルへさくりと入国を果たした。


 国境都市は穏やかで、魔導士がぞろぞろ連れ立っていることが逆に目立った。

 ラングの出で立ちが全く気にならないくらいだ。


「ようこそ、アズファルへ! エルキス側からの見知らぬ旅人は珍しいなぁ」


 国境兵は物珍しさにラングとアルを眺めていたが、元から不思議な国だと思われているのか、一頻り眺めると早々に興味を失っていた。国境兵としての警戒心は薄いようだ。

 アズファルは穏やかな気候の国だ。山岳地帯から海へ向かってなだらかに降りていく地形、現在の所在である山の上は涼しく夜は寒いが、畜産が盛んで青々とした芝生を食べている山羊や羊が多い。海岸の方では牛が畜産され、美味いらしい。

 アズファルはヴァロキアに比べダンジョンが少なく、そこで得る物が少ないがゆえに生産がきちんと国全土に根付いているのだろう。

 ダンジョンでドロップしない皮や角、他の部位などが売り物になっているのだ。

 エルキスの菜食メインの食事に飽きていたラングとアルは、この国境都市で羊肉をたらふく食べた。若い羊肉は少し高かったが、香草で焼いたのが美味しかったのでそれなりに仕入れた。もちろん、地元の消費に影響を与えない程度だ。


 アズファルの王都は地図のちょうど真ん中、エルキスからは二つ街を通る。

 大人数を連れ鈍行で進むのは経費が掛かるため、ラングは魔導士が倒れない程度のスピードで移動を続け、休憩をするときは全員がぐったりと体を休めていた。

 ここでも癒し手はその手腕を頼られたが、何故かアルに懐いてしまっていて魔導士全員が許可をもらいに来るのでひと悶着あった。

 アル曰く「誤解だ、俺は何も言いつけていない」のだが、魔導士が居丈高に物を言うのを自力で跳ね退けられるのに憧れるらしい。

 改善しなくてはいざというときに見捨てられるぞ、とラングが言えば、ようやく、ほんの少し前四肢を失うところだったことを思い出し、態度を改める機会になった。

 言いながら剣の柄に手を掛けたことが良い脅しになったようだ。

 道中、街を眺めている余裕はなかったが、半年強経ってようやく冒険者ギルドに足を踏み入れられた。


「【真夜中の梟】に送るのか?」

「そうだ」


 ツカサとエレナの居場所はわからない。

 だが、冒険者ギルドで調べた限り、【異邦の旅人】に関する死亡報告はなさそうだ。

 ヴァロキアの王女サスターシャが声明を出してくれたおかげで、各国、各地の冒険者ギルドが注目してくれているらしい。入場手続きの時にはギルドカードを見て自警団がざわついていた。

 ラングはさらさらと手紙を書き終えると受付に渡し、依頼した。

 二日ほどで街を出てしまったので返事は確認しなかった。

 魔導士たちが街で買い入れた携帯食料を食べる傍ら、ラングとアルは狩りを行い糧を得る。

 動物を吊るして血を抜き、皮を剝いで部位を分ける。川があれば血を抜くのも楽なのだが、下流に街があれば疫病のきっかけにもなるので場所が難しい。

 そんな工程を魔導士たちもあまり見ないようで、吐き気をもよおす者と、興味深げに覗いて来る者と分かれていた。空間収納のあるラングには素材や肉を持ち運ぶ余裕がある。だが、これは魔導士たちにも分けた。

 立派な鹿を一頭狩れば二日三日は食事が持つ。

 手間はかかるが経費は浮くし、何より旅の道中で胃袋を掴むのは主導権を握るのと同義だ。アルはラングの方針に異議を唱えずに協力した。

 大きな反抗も反乱も無く、強行軍の文句は出たが糧を分けてもらっていることで強くは出られず、どうにか王都へ辿り着いた。

 ヴァロキアとはまた違う城壁の形と色。ラングはふむ、とそれを見上げて心なしか楽しそうだ。


「新しい場所というのは心を躍らせるものだな」

「お? なんか珍しいこと言ってるじゃん、いつも澄ましてるのにさ」

「兄だからな」

「ははぁ」


 つまり、ツカサが思う存分はしゃげるよう、ラングは平静を保っていた訳だ。一緒に楽しんでやってもいいと思うけどな、とアルは胸中で独り言ちる。

 ただ、ラングがそうであってくれるからこそ、ツカサは安心出来ていたのだろうと想像もついた。


「せっかくだし二、三日滞在して疲れを癒そうぜ。あと路銀の相談がしたい」

「そうだな。アズリア方面へ行く隊商の護衛などがあれば一石二鳥なんだが」

「だなぁ」

「おい、アル」


 魔導士に声を掛けられ振り返る。

 すっかり手続きを済ませて王都に入った面々はパラパラと解散をし始めていた。その中で声を掛けて来たのはあの年嵩の魔導士だ。


「どうした? ワレス」

「導師様に会いに行くのだろう?」

「あぁ、うん、そうだった、それもあったな」

「なんだ忘れていたのか」


 肩眉を上げて呆れを示し、魔導士・ワレスは嘆息した。

 アルは気にした風もなく笑った。


「まぁ、じゃあ暇な時に」

「道中連絡を取っていたのだがな、戻り次第歓迎するそうだ」

「えー!」

「えー! とはなんだ! ラング殿もご足労をかけますが」

「待てよ! ワレス、なんで俺とラングで態度が違うんだ!」

「敬意の差だ」

「どういうことだよ!」


 アルがぎゃんぎゃん喚くので往来で目立ち、ラングは呆れて肩を竦めた。


「ラング殿はこう、落ち着いておられる」

「悪かったな落ち着きが無くて!」

「うるさいぞ、それで、いつ行けばいいんだ」


 ラングに肩を掴まれてアルはぶつくさ言いながら静かになった。


「今日はゆるりと体を休められよ、嫌でなければマナリテルの宿舎をお貸しするが」

「結構だ」

「では明日の正午過ぎ、鐘が二つでどうだろうか?場所はここから見える…あの濃い赤色のとんがり屋根がそうだ」

「わかった。道中ご苦労だったな」

「構わんよ」


 淡々とやり取りを行い、ラングは魔導士・ワレスに片手を挙げた。

 ワレスは帽子を取って会釈して、アルを向いた。


「西通りに良い宿がある、多少値は張るかもしれんが風呂があるぞ」

「お、ありがとうな!」


 ここまでの道程、土魔法や水魔法、火魔法を駆使させられて風呂を用意させられた魔導士たちは、ラングとアルが衛生面に厳しいことを知っている。それを踏まえた上での情報は有難い。

 にかりと笑って礼を言えば、アルの髪を魔導士たちが後ろからぐしゃぐしゃにした。


「また明日な」

「午後の鐘が二つだぞ」

「ありがとうな、助かった!」


 そんな声を掛けながら街に帰っていく背を眺め、アルはぼさぼさの頭のままで笑った。

 魔導士・ワレスも若人を連れて街に帰り、残されたのは【異邦の旅人】のみだ。


「随分と懐かれていたものだな」

「そうだな、俺も驚いてる」


 背負った槍で四肢を斬りつけ戦闘不能にした奴もいる。だが、こうして揶揄いを含めたスキンシップを取ってもらえた。それは嬉しくて、少しだけ複雑だ。

 

「西通りだってさ。とりあえず斡旋所行くか」

「あぁ、さすがにゆっくりしたいものだ。飯はどうする?」

「宿取って外いこう、片づけるのも面倒だろ」

「そうだな」


 アズファルの王都、ヴォレード。


 薄いオレンジの壁。レンガとそれを覆う漆喰の暖かな色味だ。石畳は馬車のせいで少し凹んでいるところもあるが、歩くのに支障はない。ヴァロキアの王都マジェタともまた雰囲気が違い、こちらは国が海に面しているからか明るい色合いで、空気も僅かに湿っているように思えた。もっと海岸沿いに行けば潮の香りがするらしい。

 門から進んで少し行けば宿の斡旋所があり、いつものように宿を取る。西通りで風呂があり、綺麗であることを指定すれば【宿り木】という宿を紹介された。

 西通りまでは遠いので市内馬車を勧められ、ラングとアルは素直にそれに従った。

 ガタガタと揺れる馬車だが足が速い。

 門からすぐは民の生活がよく見えた。活気に溢れた良い街だ。

 中心部に近づくと商人や冒険者、旅人が増えた。ここからは外向きの顔が見える。指示された通り中心部の停留所で降り、西を目指す。ゆっくりと日が沈み始め空がオレンジ色に染まっていく。アズファルの王都の家々と色が重なり、何とも情緒ある光景が広がる。

 その中で人々が食事をしたり買ったり、営みに僅かに目を細めた。


「ラング、あったぞ、【宿り木】」


 アルの声にそちらを見遣り、宿へ足を向けた。




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