第43話 レッド・スコーピオンのその後 3



 あの爆発での死者は八十二人、負傷者は百十三人余り。


 シュンが滞在していた作業員用の家屋は全壊、それどころから周辺の作業員宿にも及んでいた。

 まっさらの更地が王都の一角に出来たことはただならぬ出来事を住民にも知らせた。

 運悪く高ランクの冒険者も巻き込まれ命を落としていたりと損失が激しかった。

 幸いなことに多くの高ランクの冒険者は逆側のエリアにまとまっていたため、その一人は本当にただ運が悪かったのだろう。

 魔力を暴走させたシュンは魔封じのアイテムをつけられ、奴隷証から奴隷紋に変えられ、王城の地下牢に幽閉されることになった。

 奴隷紋で食事と生理現象だけを許されたシュンは声を出すことも許されず、ただ食事と排泄のみが許された自由だった。

 んーんー、と何かを叫ぼうとして何も出ない。

 そのストレスは心身を蝕み、シュンは六日もすると人相がげっそりと変わっていた。


「困ったものです」


 どん、とエールのコップをテーブルに叩きつけサスターシャが言う。


 ワイワイガヤガヤ、階下の冒険者の一日を労う声が響く。

 エルドはカダルに視線を送り、肘で小突いた。カダルは一度深呼吸をしたあと、出来るだけ落ち着いた声で尋ねた。


「殿下、いかがしましたか?」

「【レッド・スコーピオン】のシュンが魔力暴走で死者を出しました」


 言い、またぐびりと飲んでコップを叩きつける。

 まるで冒険者のような態度に少しだけ親しみが増してしまったのは秘密だ。


「一度見に行きましたが、ただの子供のように見受けられました」

「見に行かれたのですか!巻き込まれなくてよかった…あなた方を失うのは痛手です」


 辛いと言わないあたりは為政者だ。


「それなりの人数が巻き込まれ、死んだとか」

「えぇ、雑務で小金を稼ぎに来ていた、もう前線で戦えない冒険者たちや、老後の資金の足しにしたい、そんな一般人もおりました。シュンがいたのはそういう、何と言いますか」

「弱者の集まる場所だったわけだ」

「そうです」


 人手が欲しい国は、そう言った少し金が欲しい人々にも場所と機会を与えていた。

 本来そういった施策は喜ばれるし、今の状況下で多くの者に富が行くのは歓迎をされる。単純にシュンが悪いが責任はサスターシャにある。


「まぁ、仕方ないことだろ?」

 

 エルドがずばりと言えば、サスターシャはわかっているのです、と小さく応えた。


「ですが、民を死なせてしまった」


 美しい瞳が悔しさに滲み、まずエルドが席を立った。


「私がもっとシュンの配置に気を遣っていれば」

「配置を決めたのはグランツだろう」


 カダルが言えば、マーシがロナの腕を引いて席を立った。


「あー王女様、あのー」


 エルドがゆっくり、ゆっくりと席を離れながら声をかける。

 いつの間にか離れていたエルドとマーシとロナに、サスターシャはきょとんと眼を瞬かせた。


「カダルを貸します、好きにしてください」

「おいエルド!」


 がたりと慌てて立ち上がったカダルの腕を戦装束のグローブが素早く掴んだ。

 そぅ、っとカダルがその腕の先を見遣る。


「お借りします!」

「殿下!?」


 カダルの叫び声は階下の冒険者の笑い声に掻き消された。


 食事も中途半端、酒も中途半端で出てきてしまったので、【真夜中の梟】の三人は別の店に入り直した。

 改めてエールや果実水で乾杯し、食事にありつく。最近は食事情が良くなってきたので安心して飲み食いが出来るようになった。


「カダル、どうすっかなぁ?」

「さてなぁ」

「お、大人の世界ですよね」

「ロナももうそろ大人の仲間入りしとくのもありだぞ」

「そんな!恥ずかしいですよ!」

「ははは!まぁロナは慌てることもない」


 エルドが笑いながら酒を煽る。


「…なぁ、カダルがいないところでこんな話をするのもあれだけど」


 マーシが身を乗り出して声を潜めた。


「ヴァロキアって別に、血統にケチつける国じゃないよな」

「そう、ですね」

「…カダルがそうなったら、どうするんだ?パーティ」


 三人がしんと言葉を失う。

 初対面からカダルに対するサスターシャの好感度は良い。

 いい男ぶりであるし、仕事ぶりも堅実。金級に上がる際にある程度の礼節も弁えているし、ただ、卑屈には決してならない。

 冒険者としての矜持もしっかりと持っている。

 あれがピシリと正装に身を包めばどこかの貴族か騎士には見えるだろう。


 カダル自身も、前線で泥にまみれ魔獣の血に顔を顰めず凛と立つサスターシャに悪い感情はない。

 最近はサスターシャがそっと腕に触れることに過剰反応もしなくなった。

 当初は斥候としての癖で腕を捻り上げてしまい、パーティ全員で土下座した。

 サスターシャの気配に慣れてきたというわけだ。

 エルドは少しだけ目を細めてちびりとエールを飲んだ。


「カダルが決めたことに任せるさ」


 寂しさの滲んだ声、マーシとロナは顔を見合わせる。


「あいつとは同郷でな、ちょっとしたことで村が滅びて、俺たちは生き残りだった」


 エルドが過去を語ることは少ない。

 マーシも茶化すことなく聞きに徹し、ロナも少し居住まいを正した。


 山賊や盗賊なんてざらにいる。

 冒険者資格を剥奪されていたり、真面目に働こうにも機会に恵まれず、やむを得ない理由で堕ちた者が多い。

 中には心底クズみたいなやつもいるが、大体はそうだ。

 そしてエルドとカダルの故郷はそういった一団に狩りつくされ、滅ぼされた。小さな村が滅ぶことも日常茶飯事、どこにでもある話だ。

 エルドは子供の時から体が丈夫だった。

 カダルは子供の時から隠れるのが上手だった。

 矢を射られ気を失ったエルドを、山賊が立ち去ったあとカダルが助けた。

 恐怖で縮み上がり、反撃できなかったことも、戦えなかったことも泣きながら詫びてカダルは親友エルドを助けた。

 エルドはぼんやりと子供であることが悔しかった。

 怪我を治したエルドとカダルは村中を墓だらけにして、僅かばかり隠し通せていた各家のへそくりを元手に街へ出て、冒険者になった。

 兄弟のように育ったこともあり、喧嘩もしたし一度離れたりもしたが、それでも自然と一緒に歩いていた。カダルは認めないが、感覚として、兄なのはエルドの方だ。

 

 ――― いろいろあった。


 ほかの人とパーティを組んで二人そろって身包みを剝がれたこともある。

 騙され、裏切られ、良いメンバーと巡り会えたと思ったらジュマの迷宮崩壊ダンジョンブレイクで死んでしまった。

 また二人になった。

 そしてマーシとロナが入った。

 酒は空、食事は手付かず、それでも誰も文句を言わなかった。


「俺とカダルはもしかしたら、この迷宮崩壊ダンジョンブレイクが終わったら引退するかもな」

「そんな、早いですよ」

「そうだぞエルド!」

「ありがとよ、ただまぁ、死にたくはないからな。後進を育てるのもいいかもしれん」


 マーシは首を傾げた。


「随分と明確な老後だな?」

「冒険者ギルドから打診が来てんだ、俺がギルドマスター、カダルが副でどうだ、と」


 ロナがびっくりして立ち上がる。


「そうか!グランツさんが退任したら後釜が…」

「そういうこったな。それに今回のことでのんびり過ごせるくらいは稼げてる」

「エルドもカダルも、名声は求めてない方だったもんなぁ」

「あぁ、生きる手段だったからな」


 頭の後ろで腕を組んで、マーシは仰け反った。


「俺どうすっかなぁ」


 解散の方向でも覚悟を決めた独り言だった。

 ロナはまだ動揺していたが、席に座り直した。


「ロナはどうする?【真夜中の梟】が解散するとしたら、だけど」

「え、えっと、そうですね、僕は…」


 ショックと動揺が抜けないが、ロナはもしを想定して考える。

 冒険者なのだ、もし、仲間が死んだら、もし、四肢を失ったら、考えておくことは大事だ。


「僕は…隣の大陸オルト・リヴィアに行きます、ツカサに会いに」


 思ったよりもしっかりとした声が出て、ロナは安心した。

 ぱっとマーシが破顔した。


「いいね!ノった!俺も行く!」

「その時はお前らに【真夜中の梟】の名前を譲ってやるよ」

「ありがとうございます、エルドさん!」

「おーおープレッシャー!」

「そういえばどうしてるかなあいつ、今どこだっけな?」

「手紙読み直します?待ってくださいね!」


 三人のテーブルは酒が追加され、食事はおかわりをし、賑やかな夜を過ごした。

 

 その夜、シュンが地下牢から忽然と姿を消した。


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