第42話 レッド・スコーピオンのその後 2



 シュンはすぐさまマジェタのマナリテル教へ連行された。

 

 事の次第を聞き、司祭が直接シュンを診た。

 手を握り魔力を流して様子を見る。それから、グランツとサスターシャを見上げて首を振った。


「どうなのですか?」

「以前のシュン殿を私は存じ上げています。遠目でも感じられるほどの強い魔力をお持ちでした」


 司祭はシュンの手を離し小さく嘆息した。


「魔力は、ありますが…これでは一般の方と変わりませんね」

「魔法の穴を開け直すことは?」

「無理でしょう、今、少しずつ流す魔力量を増やしましたが、ここまで反応が無いのは…見込みがない証拠です。素質があってたまたま魔力を上手く扱えない、ということであれば、苦痛を感じるはずですから」


 司祭の言葉に、あぁ、と落胆の音が響く。


 広場でのことからサスターシャへ早馬を送り、マナリテル教の神殿で合流した。

 その場で司祭による調査が入り、今に至る。


「つまり戦えないわけか」

「えぇ、武器が扱えればと思いますが、シュン殿は魔法一筋だったかと…」

「…困りましたね」


 サスターシャの言葉にグランツも腕を組む。

 シュンの魔法の威力はマジェタではよく知られている。シュンさえ戻れば狩りはさらに優位に、かつ、解体場に入らない物は収納に仕舞っておける、と考えられていた。

 そう、収納を頼りたかった。

 スムーズな狩場になりつつあり、今足りないのは解体できる人材なのだ。

 取り急ぎ見習いを現場に放り込み、実施訓練で解体を行い、小さな物から新人に任せる形式でどうにか賄っている。

 しかし【真夜中の梟】が合流したことで大型の安定討伐も可能になり、今は解体場に入らない魔獣の遺体はどうにかこうにか氷漬けで置いてあるような状態だ。

 加えて、解体した際に出る食べられない部位や使えない素材片などの処理にも時間が掛かっている。

 多くは廃棄だ。血も利用用途が無いのですべて棄てられるが、そのままだと臭うし腐る。

 こういう時ダンジョンは便利で、大きな都市の近隣のダンジョンには、中にゴミ捨て場があったりする。かくいうマジェタのダンジョンもそれを担っていた。

 今まではドロップ素材のみだったので、解体で出る廃棄物は皆無だったと言っていい。

 今は取り急ぎ穴を掘り、魔導士に高火力で焼かせて処理をしている。大量に水へ流せば汚染されることは過去のことから実証済みだ。

 シュンははっきりと言われてそれはそれでショックだったらしく、ぐったりと落ち込んでいる。

 しかし処遇に困る。

 本来であれば逃げ出せないように奴隷証を刻み、契約の下戦わせたり荷物持ちをさせるつもりだった。それが望めなくなればシュンはだ。使いどころが難しい。

 解体をさせるには技術もなく周囲が扱いに困るだろうし、放逐すればバルトのように恨みを抱くものに殺される。しっかりと責任を問いたいサスターシャからすれば、私刑はあり得なかった。


 しかし穀潰しにかける時間も費用もないのだ。


「致し方ありません、一先ず奴隷証を用い、雑務に従事させましょう。もしかしたら収納や魔法が戻らないとも限りません」

「では手続きをしますか」

「ど、奴隷なんて嫌だぞ」


 黙って聞いていたシュンが声を上げる。

 その言葉に呆れ果てた様子でサスターシャが眉間を抑える。


「シュン、貴方は金級冒険者としての責任も、クラン攻略した責任も、すべてを放棄して逃げ出したのです。冒険者規則により拘束と従事が課せられます」

「そんなの知らなかった!」

「ですが今は知っています」


 ぴしゃりと言い捨て、サスターシャは司祭から紙を受け取りシュンの前に持って行った。暴れようとするその体をグランツが背後から羽交い絞めにした。

 ぴたりとシュンの体に紙を付け、サスターシャは唱えた。


「奴隷証を発動、かの者を我が下で従事させる。逃げ出すこと、反すること、命を絶つことを許さぬ」

「ぎゃああああああ!いたい、いたい!」


 じわ、と紙が端から焼けていき、その度にシュンの体に激痛が走る。情けなく頭を振り乱し涙と鼻水を垂らし、痛みをシュンは紙が燃え尽きるころにはグランツの腕の中でだらりとぶら下がっていた。

 

「シュン、命じます。グランツの指示に従い雑務に従事しなさい」

「ひっ、うぐ、いや、いやだ…あぁぁ!?いたい!」

「学びなさい、気づきなさい、貴方は既に罪人なのです」

「俺が、何をしたって…!」

迷宮崩壊ダンジョンブレイクから逃げ出さなければ、こんなことにはならなかったのですよ」


 サスターシャは軽蔑の目を向けた後、一度瞑目してグランツを見遣った。


「後は頼みました」

「はっ」


 グランツは深く頭を下げてサスターシャの退場までそれを保った。

 扉の閉まる音を聞いた後、司祭とシュンと三人残った場所で、グランツは蹲る青年を見遣った。


迷宮崩壊ダンジョンブレイクのすぐ後、魔獣暴走スタンピードが起きた。その時に多くの騎士と冒険者が犠牲になった。それについてどう思う、シュン」


 問われ、シュンはグランツを見上げた。


「そ、それも俺のせいだっていうのかよ!クラン攻略を許可したのはあんたなんだ!悪いのはあんただろ!」


 グランツは瞑目した。


 今回のことはギルドマスターとしてやってはならないことであったと今は理解をしているし、人命を失わせてしまったことは多大な損失だ。

 冒険者は一朝一夕で育つものではない。

 首ではなく離任なのもある意味の温情なのだ。

 交易に関わっていた食料や名産も長く停滞し、商人ギルド内の採掘ギルドは一番被害を受けている。国からの補助がなければ従事者は飢えて死んでいただろう。

 それに連なる商いもそうだ。宝石商、細工師、交易商人など、多くの者の生活に影響が出た。

 そうした責任が栄誉には伴うのだと、グランツは知っている。ただ、いくら言葉を重ねてもシュンに理解させるのは難しい気がした。


「行くぞ、シュン。ここで蹲っている時間は無い」

「…腹が減った、なんか食い物くれよ…。キフェルからの道中だって碌なもの食ってないんだ」


 立場というものをわかっていないのは相変わらずだ。

 奴隷ではなく奴隷であることが温情だとも知らず、好き勝手なこという。

 

 奴隷証はまだ軽いものだ。ある程度の意思は許されるし、自由もあるにはある。

 奴隷紋は本格的に自由を奪うものだ。指示したことにしか体が従わず、本人の意思は関係が無い。死ぬまで動き続けろ、ということが出来るわけだ。

 ヴァロキアでは余程のことでなければ奴隷紋は許されず、奴隷証すら王家の許可がいる。

 今回のケースはおよそ十年ぶりのことだ。


 思い、グランツは言った。


「シュン、あまりに態度が悪いと奴隷紋に変えられてしまうからな。俺は庇わん」

「なんか違うのか?」


 きょとんとしたシュンに道すがら説明をしてやれば、またひと悶着あったがグランツはその首根っこを掴んで引き摺って行った。 



 ――― 【真夜中の梟】が【レッド・スコーピオン】のシュンを見たのはそれから六日後だ。

 クラン攻略をしたリーダーが捕まったと聞いて、ツカサやラングに報告するために様子を見に来た。


「ガキだな?」

「そうだな」


 ツカサもそうだが、特徴のある顔つきの、若く見える青年だ。

 エルドからすればツカサとそう変わらないように見える。

 シュンは解体して不要とされた部位が入った麻袋をぶつぶつ言いながら背負い、運んでは捨てていた。

 冒険者の中にはわざとぶつかって憂さ晴らしをする奴もいたが、それにも睨み付けるだけで反撃をしない。聞けば、珍しく奴隷証を使われていて、トラブルを起こさないように言い含められているらしい。


「魔法も、スキルも使えなくなったらしいな」

「ですね、王女様が収納を頼れないって困った顔してましたね」

「上手いこと狩場に仕上げてからは討伐効率良くなったしなぁ、おかげで今までになく稼げてるよな」

「休みも三日に一日入っても問題ないくらいだし、あの王女様はやり手だ」


 各々がサスターシャを褒め称え、手に持った昼食を進める。

 昼ついでにしばらく眺めていたが、同じことの繰り返しなので早々に飽きた。食事を終えると【真夜中の梟】は午後の狩りに戻った。

 ツカサへは自身たちの近況だけを伝えた。


 ――― 体中が痛い。


 疲れ果てて足が棒のようだ。

 シュンは今日の業務を終えてあてがわれた部屋へ向かう。

 クランハウスは没収されていて思うままに設えていたものはすべて自分の物ではなくなっていた。

 部屋に戻る。ベッドと机が一つ、タンスすらない狭い部屋。風呂もなく、二日に一度桶で湯をもらう。シュンはそう思わなかったが、自分で魔石を用意しなくていいのだから破格の対応だった。

 それ以外で体を拭いたければ外の井戸で水を汲み、外で体を洗うしかない。シュンにはただただ屈辱だった。

 だが、それをしなければベッドで眠れない。

 麻袋はビニール袋ではないので魔獣の血が滲む。手押し車で移動させても、臭いは付く。

 疲れた体をどうにか外まで運び直し、体を洗う冒険者に混ざって井戸から水を汲む。手押しポンプであったことは救いだ。

 冷たい水に体が震える。

 魔導士のパーティメンバーがいる冒険者は、桶の中の水を湯に変え気持ちよさそうにタオルを滑らせている。

 桶に手を入れ、ぽそりとファイアを唱えた。冷たいままだった。


「っなんなんだよ!」


 思わず桶を蹴り飛ばしてしまい、正面にいた冒険者に水が飛んだ。勢いがあったせいで盛大に水を引っ被った冒険者はゆらりと立ち上がった。


「テメェがなんなんだよ?あ?」


 ここで体を洗っているということは、問題がある冒険者か、それとも金銭に余裕がないか、小銭稼ぎか、純粋に宿が埋まっていて入れなかったか、だ。

 シュンは睨まれてさぁっと血の気が引いた。後先考えず感情を爆発させたせいで、目の前の男のパーティメンバーすらにやにやとシュンを見ていた。


「あ、あぁ、悪い、虫の居所が、悪くて」

「虫の居所が悪い、で水を引っかけられたってわけか?」

「それも濁った水だ、臭いぜお前」

「うるせぇ!だから水浴びに来てんだろうが!」


 げらげらと笑う品のない冒険者の声。

 魔法が使えればこんな奴ら。そう思っていたのが顔に出ていたのか囲まれる。


「お前、【レッド・スコーピオン】のシュンだってな?」

「そうだ…」

「魔法が強いんだってな?やってみろよ、水だってさっさと湯に変えられるだろ?」


 シュンは唇を噛んで俯いた。それが出来ないから先ほど桶を蹴飛ばしたのだ。

 周囲でにやにやと見ていた冒険者たちも、俺の水も頼む、と冷やかしを言う。

 なんでこんな目に遭わなくてはならないのか。

 シュンはどろりと恨みつらみの籠った目で、顔を上げた。


「燃えろ」


 周囲で嘲笑を上げ、囃し立て、井戸水をシュンにかけてくる冒険者たちにシュンの声は聞こえない。


「燃えろ」


 握りしめた拳がぎちぎちと音を立てた。今まで生きて来た中でここまで握りしめたのは初めてだった。


「燃えろ、燃えろ燃えろ燃えろ」


 鬼気迫るシュンの声に少しずつ冒険者の声が収まる。


「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ! 全員死ね!」


 まるで昼間のような明るさだった。


 カァ、と光った次の瞬間、派手な爆発音を立てて家屋が吹き飛んだ。

 ついでに冒険者たちも吹き飛んで肉塊になって飛び散った。

 爆風に煽られた家屋の破片が近隣の家に、宿に突き刺さり、運が悪かった人々は突然串刺しになったり破片がぶつかったりした。

 熱風は周辺の空気を焼き、近くを通りかかった人の肌を焼いた。


 あっという間に阿鼻叫喚だった。


「ああああ! いたい いたい いたい !」


 騒ぎに駆け付けた冒険者ギルドと騎士団は、爆発の中心地で奴隷証の痛みに転げまわるシュンだけを見つけた。


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