第41話 レッド・スコーピオンのその後
覚えているだろうか、逃げ出した冒険者のことを。
逃げ延び運よく生き延びた冒険者がいたことを。
王都マジェタでは、【真夜中の梟】が前線で魔獣を狩り始めてから戦況が大きく変わった。
大盾のエルドが敵を通さず、剣士のマーシが斬り込んで、斥候のカダルが細やかなフォローを入れる。その後ろでロナが絶対的な魔法障壁とヒールを行い、時に炎の魔法を撃つ、盤石の体制で狩りを進めたおかげだ。
【真夜中の梟】は徐々にマジェタの冒険者の狩場で中心となり、自然と各パーティが連携を取れるようになった。
王女サスターシャはこれぞ上位冒険者と称賛し、冒険者の士気を上げた。
【銀翼の隼】は独立パーティとしての方が火力が高い。パーティ内では連携も良い。【銀翼の隼】の戦い方は荒々しく、初見のパーティではついていけないので大型の各個撃破に回されていた。
適材適所、それでいい。エルドはサスターシャの采配に満足していた。
ギルドマスターのグランツは銀級の采配に充てられその辣腕を振るっていた。
この事態が落ち着けばギルドマスターの職を解任されるだろうが、今ここである程度リカバリーできれば立場は悪くならないだろう。後がないグランツは遺憾なく能力を発揮していた。
実際、サスターシャにはそういった、必死になってくれるだろうという思惑もあって充てられた職だ。
王女サスターシャの横顔は、やがて女王サスターシャと呼ばれるようになった。
王は娘の成長を喜び、己の体を厭う娘の想いもあり、すんなりとそれを通した。
ヴァロキアはまた新しい時代を迎えようとしていた。
そして、【真夜中の梟】がマジェタに到着してしばらくした後、【レッド・スコーピオン】のリーダーが国境都市キフェルで捕まった。
早々に見つかるかと思っていたが見つからず、すでにどこかへ逃げおおせたものと思っていた。
キフェルで捉えられた【レッド・スコーピオン】のリーダー・シュンは憔悴した状態でマジェタへ護送された。
帰還したシュンの姿はかつての金級でも英雄でもなかった。
鉄格子のついた馬車から降ろされたシュンは目をぎょろりとさせて周囲を見渡し、服は汚れ、以前に持っていた覇気というものが欠片もなかった。
オドオドした様子でグランツの前に差し出されたシュンは、今までのように一方的にわぁわぁ言いはしなかった。
「シュン、今までどこにいた」
「グランツ…」
問えば視線はグランツを向き、疲れた様子のシュンはへらりと笑った。
「やっぱこのイベントって強制参加なのか?逃げられないのかぁ」
「何を言っている?シュン、俺は責任を取るが、お前も責任をとるんだ」
「は?なんでだよ」
納得がいかない様子でシュンは不機嫌に顔を顰めた。
汚れた格好をしていても不遜な態度はそのまま、グランツは同様に顔を顰めた。
「
「それ、ツカサにも言われたけどだからなんなんだよ」
「シュン、責任を取ろうとは思わないのか?お前はここの冒険者なんだぞ!」
「知らねえーよ!バァアアカ!俺は人生楽しみたいだけだっつーの!NPCの分際でうるせぇんだよ!」
立ち上がりグランツに叫び返し、嘲笑をあげる。
いろいろと問題は多い冒険者だった。けれど、ここまで自分本位だとは思わなかった。
グランツは自身の見る目のなさを悔やみ一度強く瞑目した。拳を握り自分を抑えた後、目の前で喚き続けるシュンを見据えた。
「どうあれ、お前の冒険者証は剥奪する」
「はぁ!?なんで!」
「金級冒険者の責務から逃げたからだ。お前は王都マジェタ所属の金級、
だが逃げた、それも他の仲間を置いてだ!残された仲間がどれほど必死だったか、想像もできないのだろうな」
「するわけないだろ!俺が主人公なのに脇役のことなんて考えられるか!」
グランツは腹の底から怒鳴りたい気持ちを堪え、拳がぶるぶる震えるほど握りしめた。
シュンはその強さと便利なスキルのおかげで色々お目こぼしをされていた方だ。よくわからない発言も、人を人と思わない行動も、すべて実力があるから看過されていた。
だが、今回逃げ出したことで、冒険者ギルドが庇い立てする理由はなくなった。グランツももう庇えなかった。
「おかしいんだよ、俺がこれだけの力を持ってるのに、主人公なのに、あのガキがあんな」
「あのガキ?」
「ツカサだよ!なんなんだよあいつ、勇者パーティか!?っつかだったらツカサ捕まえればいいんじゃねぇかよ!」
ぎゃんぎゃんと騒ぐシュンに、周囲で喧騒の一部になっていた冒険者たちも静まってくる。
徐々に、徐々に、シュンの喚く声だけが響く。
雑魚がうるさいことを言いやがって、特別な存在の俺がどうしてこんな目に遭わなくちゃならない。
大きな声の独り言は周囲の冒険者の顰蹙を買う。
「リーダー」
冒険者の輪を押して前に出たのは傷だらけの青年だ。腹に巻かれた包帯には血が滲み、首から布で腕を吊っている。ヒールで怪我を治すのを後回しにされている証拠だ。
青年は肩で息をし、今にも飛び掛かりそうな様相にグランツがその肩を抑えた。
それを振り払い青年はシュンの胸倉を掴んだ。
「今までどこにいた」
「あ?なんだお前」
「今までどこにいたんだよ!」
「どこだっていいだろうが!」
「よくねぇんだよ!お前が!勝手にメンバーを連れて行って、何も言わずに消えたせいで!何人が冒険者出来なくなったと思ってる!」
「あぁ?」
青年の怒号が広場に響く。
遠くでは魔獣を狩る声が、音が響く。
「お前、もしかして俺のことわかってすらいないのか?」
シュンの様子に青年が呆然とし、それから怒りに任せて投げ飛ばした。
「おい!雑魚の分際で」
「雑魚かどうか試してやるよ」
「ひぃっ!?」
片手で剣を抜き、青年が据わった目でシュンを見据えた。
シュンはきょろきょろと周囲を見渡し助けを求めた。
「お、おい!助けろよ!こいつおかしいぞ!」
「いいや、正気だとは思うぞ。当然の反応だ」
グランツが苦々しく言う。
「シュン、バルトはお前のパーティメンバーだろう」
言われてハッとした。そういえばいたような気がする。
「な、なんだバルトかよ、悪い、ちょっと気が動転して」
「黙れ!」
片手で振られた剣は切っ先がぶれてシュンの横に落ちた。
地面を四つ這いで逃げ、この場から逃げ出そうとしたシュンを冒険者の垣根が許さない。
「お前が責任を放り出さなきゃ、俺たちが最前線で孤軍奮闘することもなかった。
ヒールが届かない即死だってしなかったはずだ!ほかの冒険者たちと手を取り合うことさえできれば!生きてたやつがいる!
俺の弟だって死ななくて済んだかもしれない!」
ぼろぼろと零れる涙を拭う余裕もなく、バルトは剣を持ち直してゆっくりとシュンへ足を進める。
「死んだ奴のことなんて知るかよ!お前が守れなかったから悪いんだろ!」
ざわ、と冒険者がどよめく。
比例してバルトは表情が抜け落ち、顔色を失う。
「ギルドマスター」
バルトの冷たい声が響く。
「合法で殺していい方法、ないか?」
「…一応は【レッド・スコーピオン】のリーダーで即戦力だ、今すぐどうこうは許せん」
バルトはぶるぶる震えた後、凄絶な声を上げて剣を振り下ろし、シュンの横へ再び刺した。
シュンはまた四つ這いで地面を逃げた。
「…お前の処遇はサスターシャ王女とも相談することになるが、まずはこの事態を収めるために働いてもらうぞ。遅れを取り戻してもらう」
「グ、グランツ、俺とお前の仲じゃないか!」
「だからこそもう、庇い立ては出来ん。今からでも前線に出てもらうぞ」
「そんな、無理だ」
「さぁ立て、おい!誰か奴隷証を持ってこい、逃げないように契約を」
「無理なんだって!」
シュンはガタガタと震えながら両手を差し出した。
その動作を見守っていたら、シュンの周りにどさどさと何かが現れた。
「うっ…」
腐った野菜、肉、装備はドロドロに汚れ、物によっては錆びて朽ちている。
腐臭を周囲にまき散らすそのゴミは、シュンが【収納】に入れていた諸々だ。
「出すだけなら、どうにかできる…でも、もう、入れられないんだ」
眉を八の字に寄せ被害者面でシュンは言った。
「魔法がなんにも使えねぇんだよ…」
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