第2話 人の腐った臭いだな
団地という名前で呼ばれるのは、その一帯に6棟のマンションが立ち並んでいるからだ。本来の意味での団地とは違い、建物の並びはばらばらで、そのつくりも異なっている。
各々建物名がついているが、入居者でない者にとってはそこまで重要なことではないだろう。
宮下が管理するマンションには『
「……へー、つまりこの美空マンション以外は、別の会社が管理しているんですね。どうしてまとめないんでしょう」
「いわくつきなんだよ。どこも欲しがらないもんだから、ここだけは、うちが見てる。それだけのことだ」
「その、いわくって。今回の件とか、このお酒とか食塩に関係があるんですよね」
「清めの塩と
「いえ、そんな――」
「不動産会社なんてのは、そんな時代錯誤の賜物で成り立ってる商売だからな。自殺とか孤独死とか他殺とか、そういうのが続くんだよここは。今日のは孤独死のほうだがな」
ここに着くまでに、紗枝は本日の予定について聞かされた。
美空マンションの4階にある空き部屋で、高齢の女性が孤独死しているのが見つかった。というものだった。通報したのは隣に住む大学生で、入居者だという。
亡くなった老女はまったくの部外者で、不法侵入のうえでの孤独死だと聞かされている。
「迷惑な話ですね。ほんとうに」
「まったくだ。何度目だよ……。そこでいい。駐車場までは遠いから、
「ええ、いいんですか。警察いるんでしょ」
「交通課じゃないから、心配すんな」
「……わかりました」
「おい、せめてこれくらい羽織っとけ」
そう言ってセパレート型の作業着の上着だけを後部座席からとり、運転席へと放り投げる。
「え。嫌ですよ。真夏にこんなの着たら暑いじゃないですか……それに、なんかちょと変な臭いがしますし」
紗枝は言われた通りに路肩へと車を停め、渡された衣服を嗅いで口にする。
「好きにしろ。あとで後悔することになるだろうがな」
「……わかりましたよ」
車内を出て、照りつける太陽を憎らしく思いながら、紗枝は男性用サイズのそれを
*
「あ~やっと来ましたか宮下さん」
「ちょっと手間取っちまいましてね。で、403号室の様子は」
宮下と紗枝の二人がマンション共用部にあたる一階のエントランスに着くと、そこには私服姿でマスクをつけた初老の男性がいた。夏場というのに膝下まであるであろう長いコートに身を包んでいる。
先ほどまでの会話から彼が『交通課』ではない、警察官であることは紗枝にもわかった。
「ありゃ、そちらのべっぴんさんは?」
「そんな、べっぴんなんて……そんな、そんな」
「お世辞だ。恥ずかしいやつだな、うちの新人の……名前なんだったかな、ああそうだ。森脇だ。――でだ、この方が、さっき話した刑事さんの
岩瀬という刑事に対して深々と頭を下げる紗枝。
そんな挨拶もそこそこに、宮下はすでに階段を上り始めていた。紗枝は急いで宮下を追いかける。手にさげたビニール袋ががさがさと音を立てる。
「この塩ってどこで使うんですか?」
「帰るときだ。仕舞っとけ」
「じゃあ、このお酒は?」
「それも出るときだ! いちいち聞くな」
「手厳しいなぁ宮下さんは、女の子には優しくせな。いつまでも独身ってわけにもいかんでしょうよ」
そんな二人の会話に割って入り、茶化すように岩瀬は言うが宮下の新人への態度はいつものことで、いまさら改善することはないとわかっての言葉である。
まして、そんな宮下が今後も特定の女性と交際をするようなことはないだろうというのも、わかってのことだった。
「ううっ……なんですか、この臭い」
「人の
「おそらく、検死次第ではありますがね。仏さんの一部が丸ごと食いちぎられてましてね。まぁ、いつものことですわ」
現場となった403号室に近づくにつれ強くなる臭気に、紗枝は吐き気を覚えた。ハンカチで鼻先から口元にかけてを抑えて進む。
ここまでのものとは紗枝は考えておらず、いまになって通報をした隣室の大学生を
宮下は作業着のポケットからマスクを取り出して着ける。
事前にコンビニででもマスクを用意するように言ってくれればよかったのに、と恨み節が脳裏に浮かぶも、紗枝はそう口にできるだけの余裕はもうなくなっていた。
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