第15話 恋

「はあー!久しぶりの日光ね!とっても眩しいわ」


 ダンジョンの出口でリリーサが、背伸びをしながら晴れやかに言った。


 俺は全然晴れやかではない、曇り模様の気持を抱えてため息を吐いた。


「……はあ」


 すると、この俺のため息を聞き取ったのか、リリーサがぐるっと後ろを振り向いた。


「どうしたアリオン?なんか元気がないみたいだけど?」


 ……いや、貴女のせいなんですが……。


 とは口が裂けても言えないため、俺は作り笑いを浮かべた。


「いえ、そんなことはありません」


 するとリリーサがにっこりと魅力的に笑った。


「そう!ならいいわ」


 こうして笑っていると、滅茶苦茶可愛いんだけどなあ。


 ちょっとその、性格がなあ。


 果たしてこの先どうなることやら。


 俺がそんなことをあれこれと考えていると、リリーサがまたもこちらに振り向いた。


「じゃあ、アリオン。また会いましょう」


 へ?


 俺、宮殿に連れて行かれるんじゃないの?


「あのう、宮殿には……」


「ええ。用意が出来たらすぐに来てね?」


 あ、そういうこと。


「あ、はい。じゃあ一旦家に帰ってもいいってことで」


「もちろんよ。宮殿に住まいを移すにしろ、まずはお母様に話をしないといけないでしょう?」


 意外とこういうところ常識人なのかな?


「そうですね。助かります。では、母に話をして、その上で宮殿の方へ伺わせていただきます」


「ええ。そうね」


 そこでリリーサが、俺から視線を外してネルヴァたちを見た。


「ネルヴァ、レイナ、貴方たちでアリオンの面倒を見てあげてね。それで、用意が出来たらちゃんと宮殿に連れてくるのよ」


 ネルヴァとレイナが顔を見合わせた。


 俺は何となく、ざまあみろと思った。


 すると、案の定ネルヴァたちは困り顔となった。


「あのう、我々剣聖と大賢者に、彼の引っ越しの手伝いをしろと?」


 よく自分で大賢者とか言えるよな。ネルヴァってもしかしたら、結構な奴なんじゃないか?


 俺がそんなことを思っていると、リリーサがその大賢者をバッサリと切って落とした。


「そうよ。貴方たちが引っ越しの手伝いをしてあげて。乗りかかった船でしょう。最後まで責任を持って頼むわね」


「はあ、まあ確かに乗りかかった船ではありますね。わかりました。ではそう致しましょう」


 あっさりとネルヴァが承知した。


 レイナも同じくといった感じだ。


 何か悪いな。


 自分で大賢者と言っちゃうところはどうかと思うが、確かに彼らは名にし負う剣聖と大賢者なわけだし、俺の引っ越しの手伝いをさせるのは、ちょっと気が引ける。


 だが二人もなにやら納得しているようだし、まあいいか。


 するとリリーサがまた俺の方を向いた。


「じゃあわたしは帰るわ。またね」


「あ、はい。ではお気を付けて」


 リリーサは魅力的な笑みを残して、去って行った。



「嵐のような人だね?」


 俺の素朴な王女に関する感想に、ネルヴァがすかさず同意した。


「そうですねえ。彼女に悪気はないんですよ。ですが思いが強いと言いますか、結果的に周りを巻き込んで暴風を起こしてしまうんです」


 するとレイナもうんうんとうなずいた。


「そうなんだ。本人は良かれと思って色々とするのだが、その途中でどうも暴走する傾向があるようだ」


 俺は納得した。


「確かに。今回なんかもまさにそれらしいし」


 するとネルヴァが俺の言葉を継いだ。


「ええ。初めはダンジョンに巣食う魔物を討伐してやろうと思ったんだと思いますよ。ですがいざ討伐してしまうと面白くない。そこで自分が魔物の親分になったら面白いんじゃないか……恐らくそんなところだったんじゃないでしょうか」


 俺はため息を吐いた。


「迷惑な人だなあ。しかもこれで終わりじゃなく、俺はこの後、母さん連れて宮殿に住む羽目になっちゃったし」


「そうですねえ。大変ですねえ。でもまあいいじゃないですか」


「他人事だと思ってるね?」


「いえいえ、そう言う意味ではありませんよ」


「じゃあどんな意味で?」


「確かに彼女と付き合うのは大変です。ですが、貴方の場合はそうでもないと思いますよ」


 うん?どういう意味だ?よくわからないな。


「俺の場合は違うって、どうして?」


「わかりませんか?」


 ネルヴァはそう言ってニヤリと笑った。


 よく見ると、横のレイナまでにやついている。


 何だこの二人、気持ち悪いな。


「何のことだよ?全然わからないよ」


 するとネルヴァがさらにニヤニヤしながら言ったのだった。


「彼女、貴方に気がありますよ」


 はあ?


 するとレイナまでもが同じような事を言い出した。


「間違いないな。あの反応はまさにそれだ」


「それって……なんだよ?」


 俺が咎めるような口調で言うと、レイナも顔をにやつかせて言う。


「それはそれだ。だが他の言い方をするならば、恋だな」


 こ、こ、こ、恋ーー!?


 な、な、な、何言ってんだレイナは。


「間違いないでしょうね。あれは恋する乙女のそれですよ」


 ネルヴァもかよ。


「あ、あれの何処が恋なんだよ」


「わかりませんか?まず貴方の傍にいたいから、宮殿に来いと言ったこと。次いで貴方の母上のことを、母親などと呼ばずに、お母様なんてとても丁寧に呼んだこと。それに貴方に嫌われないように時間的猶予を与えたこと。これらを総合的に判断しますと、王女が貴方に恋をしたということが判るという訳です」


「い、いやしかし……」


 俺が動揺しきっていると、レイナがとどめを刺しに来た。


「しかしもへったくれもない!これは事実だ。王女のことを良く知っている我々二人がそう思うということは、ほぼ百パーセント、そうなのだ!」


「いや、でも王女と俺じゃ釣り合いが取れないじゃないか」


 するとレイナがネルヴァにバトンタッチした。


 さっきからこの二人、ツープラトン攻撃を仕掛けてきている。


「確かに釣り合いは取れませんね。今は、ですがね」


 ネルヴァはそう言うと、レイナと共に俺を見ながら愉快そうに笑うのであった。

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