第177話 エデストル紹介


 エデストルへと戻ってきた俺達は、冒険者ギルドで依頼達成の報告を済ませてから、ボルス案内の下街へと繰り出していた。


「いやぁ、うっはうはだったな! 随分と稼がせてもらったからよ、飯ぐらいは奢らせてもらうぜ!」

「飯屋も教えてほしいが、まずは街の案内を頼む。いい武器屋、道具屋、錬金術師屋のこの三つが知りたい」

「あっ、宿屋さんも知りませんか? 今泊まっているところ、一泊銀貨二枚と若干割高なんですよね」


 俺の言葉にヘスターがそう付け加えた。

 確かに、宿屋も安価で良い宿屋があれば教えてほしいところ。

 金が稼げることも分かったし、今の宿屋でもいいっちゃいいんだけどな。


「了解! それじゃ、エデストルの案内をさせてもらおうかね!」


 ノリノリのボルスについていき、エデストル巡りが始まった。



 まず最初に向かったのは、一番栄えているメインストリートから離れた裏道のような場所。

 雰囲気的には『七福屋』があったような、裏通りの更に路地と似たような感じ。


「こんな人気のないところに店なんてあるのか?」

「へっへっへ。ついてくりゃ分かるぜ」


 得意げにそう話すボルスについていき、一軒の石造りの店の前へと辿り着いた。

 壁の至るところが黒ずんでいるし、見るからに怪しい雰囲気の店。

 

 看板も出されておらず、店の中も一切見えないため、何の店か分からないのだが……。

 石造りの家には煙突があり、そこから黒い煙がもくもくと上がっていた。


「……ここ、武器屋か?」

「おっ、正解だ! ここはなぁ、知る人ぞ知る名店なんだぜ!」

「知る人ぞ知る名店……! なんか良い響きだな!」


 ボルスの言葉に心打たれたのか、目を輝かせながらラルフはそう呟いた。

 煙突があるということは鍛治をやっている可能性が高いし、ノーファストの『イチリュウ』のような店なのかもしれないな。


「そうだろ、そうだろ。店主はちょいと頑固だが、俺がいりゃ大丈夫だ!」

「良い武器があったら買いたいな! クリスの鋼の剣を見て、俺も新しい武器が欲しかったところなんだよ」

「タンクに専念するなら、剣はいらないんじゃないのか? 盾はオックスターで新調しただろ?」

「タンクに専念するって言っても、何があるか分からないだろ? この使い古した鉄の剣じゃ何もできない!」

「まぁ自分の金で買う訳だし、何に使おうと俺は構わないけどな」


 店前でそんな会話をしつつ、ボルスの後に続いて怪しげな石造りの店へと入った。

 店に入った瞬間にぶわっとくるような暑さと、油と鉄の臭いが襲いかかる。


 『イチリュウ』も似たような感じではあったが、一応奥が鍛冶場となっていて分けられていたため、ここまで酷くはなかった。

 武器も飾られてはいるけど、乱雑に置かれているし値札とかも一切ない。

 お店と呼べるのかどうかも怪しいほど、殺風景な武器屋だな。


「おーい! ケヴィンいるかー?」


 店に響き渡るような大声で、ケヴィンという名を人物を呼んだボルス。

 もちろん客も一切おらず、剣を打っていなかったこともあり、静寂に包まれる店内にボルスの声が響き渡った。


「チッ、相変わらずうるせぇな。誰かが入ってきたことぐらい分かるっつうの」


 奥の鍛冶場から姿を見せたのは、『イチリュウ』の店主と同じドワーフ。

 もじゃもじゃの髭に、ずんぐりむっくりな体型。

 若干髪の色が明るい気がするが、正直顔も強面で系統が似ているため、『イチリュウ』の店主と真横に並んでいても見分けがつかないと思う。


「相変わらずだな。ケヴィン!」

「おめぇもな、ボルス。んで、後ろの奴らは一体誰だ。……見たことねぇ顔だ」

「最近、このエデストルに移ってきたばかりの冒険者だ! 俺と一時的にパーティを組むことになって、今はエデストルを案内しているって訳」

「あー、確か二人とも病に伏せているんだっけか? ……俺はケヴィンだ。この武器屋の店主をやっている」


 そう自己紹介した、ドワーフの店主のケヴィン。

 『イチリュウ』の店主と姿かたちはそっくりだが、口調はかなり落ち着いている。


「俺はクリス。そっちがラルフで、そっちがヘスターだ」

「そっちの犬っころは?」

「スノーっていう名の魔物だ」


 動物が好きなのか、俺達には目も暮れずにスノーに寄って行ったケヴィン。

 スノーも寄ってきたケヴィンに飛びついて行った。


「魔物には見えねぇな。犬みたいだ」

「れっきとした魔物だぜ? さっき戦いっぷりも見たが、俺よりも何倍も強いぐらいだ!」

「へー。ボルスより強いってことは……相当やるじゃねぇか」


 撫でられながら褒められたことで、スノーは嬉しそうに顔を摺り寄せている。

 ずっと思っていたが、本当に人懐っこい性格をしているよな。

 初めて出会った時からそうだったが、魔物特有の人に対しての敵意が一切ない。


「とりあえず今日は紹介に来ただけだから、ケヴィンもよくしてやってくれ!」

「分かった。……そうだな。挨拶代わりにスノーの防具でも作ってやろうか? 無論、材料費ぐらいは貰うがな」


 スノーを撫でながら、唐突にそんな提案してきた。

 魔物用の防具なんて存在しないと思っていたから、頭の片隅にもなかったが……スノーの防具が作れるのか?


「スノーの防具なんか作れるのか?」

「当たり前だろ。まだまだデカくなりそうだから、伸縮性のある皮の防具で作ってやる。金額は銀貨五枚。……どうだ?」

「銀貨五枚なら是非頼みたい。ケヴィン、よろしく頼む」


 頭を下げてお願いすると、親指を立てて返事をしたケヴィン。

 スノーにも防具が着けられるようになるのは、非常に大きいな。


「あのー。俺も武器を一本見繕って欲しんだけどいいですか?」

「……ん? ちょっと今使ってる剣を見せてみろ」

「えーっと、今使っている剣はこれですね」

「…………質が悪いな。でも、大事に使っているのが分かる。ちょっと待ってろ」


 ケヴィンはラルフの剣を見たあと、鉄の剣を返すと鍛冶場へと歩いて行った。

 そして戻ってきたケヴィンの手には、一本の剣が握られていた。


「サイズも重さもほぼ同じ。材質は玉鋼の剣だ。値段は白金貨二枚。……どうする?」


 材質が玉鋼の剣か。

 見ただけで分かるが……相当に良質な逸品だ。


 白金貨二枚は高いようにも思えるが、あれだけの剣であれば安く感じる。

 だが、今のラルフの手持ちではどう足掻いても買うことはできないな。


「うおー! 凄い剣だ……。めちゃくちゃ買いたいけど……今の手持ちでは買えない」

「金が足らないのか。……それなら、こっちの剣はどうだ? 少し重たいが鋼の剣で、質も申し分ないはず。こっちは金貨五枚でいい」

「むむむむむ…………」


 右手に玉鋼の剣、左手に鋼の剣が持たれており、勧められたラルフは両方の剣を見比べながら頭を悩ませていた。

 間近で見比べると、どんな素人だろうが玉鋼の方が圧倒的に質の高い剣に見える。


 手持ちで買えるのは鋼の剣だが、ラルフが本当に買いたいのは玉鋼の剣。

 その葛藤が頭の中で行われているのだと思う。


「とりあえず今は我慢していいんじゃないか? ラルフが本当に買いたいのは玉鋼の

剣だろ?」

「そうなんだが……。今の剣はこの鉄剣だぞ?」

「別にラルフはタンクだし、早急に剣を新調しなくてもいいだろ。金を貯めてから、玉鋼の剣を売ってもらえばいい」

「確かに……。あ、あの! 玉鋼の剣ってすぐに売れたりしないですかね?」

「それは分からない。ただ、そんなすぐに売れるということはないはずだ。見て分かる通り、ひっそりと営んでいる武器屋だからな」

「それじゃ、金を貯めて玉鋼の剣を買わせてもらいます! 必ず金を貯めてきますので、もう少しだけ待っていてください!」

「……分かった。といっても、買いたいって人がいたらすぐに売ってしまうけどな」


 そんなケヴィンの言葉に、なんとも言えない表情をしている。

 とりあえず武器屋では、こんなところだろうか。


 ラルフは新たな武器を買うために金を貯め、その間にスノーの防具を作ってもらう。

 まさかスノー専用の防具、それも安価で作ってもらえるとは思っていなかった。


 長年、エデストルに住むボルス一押しの店だけあって、予想以上に良い武器屋だったな。

 店構えを見た時はどうなるかと思ったが、やはり何事も見た目で判断してはいけない。


「それじゃ……紹介も済んだし、もう行くわ! ケヴィン、色々と融通を利かせてやってくれ!」

「少しぐらいなら、まぁ良くするつもりだ」

「それで構わない! それじゃあな!」

「スノーの防具、よろしく頼む。適当な頃合いを見て、また改めて顔を出させてもらう」

「分かった。サイズ感は確認したし、任せておいてくれ」


 別れの挨拶を済ませたところで、俺達はケヴィンの武器屋を後にした。

 ……初っ端の店は大満足。

 はたして次は、どんな店を紹介してくれるのだろうか。


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